第9話
次の日の朝はカラリと晴れていた。台風がかすめた事が嘘のようだった。赤レンガ小道では、皆が店の前に出て、各自の店先を掃除している。赤茶色の路面が黄緑と薄黄色で斑になっていた。観音寺のイチョウの葉が随分と散って、路面に張り付いていたからだ。大内住職と他の僧侶さんたちも出てきて、商店街の人たちと一緒に赤レンガの上を掃いた。
俺と陽子さんは、登校する美歩ちゃんを見送った。
隣の「モナミ美容室」の前では、ワイシャツ姿のおじさんがデジタルカメラで割れた廂を撮影していた。信用金庫の角を曲がって、大通り沿い行くと、すぐ隣にある「ウェルビー保険」の新居浜さんだ。以前は喫茶店だった建物を借りて保険の代理店をやっている。
写真を撮り終えた新居浜さんは、横に立っていた萌奈美さんに言った。
「家主さんの方で保険を使って修繕してくれるそうですから、見積もりが済むまで少し待って下さい。業者さんの方には電話してあるそうですから、すぐに来ると思います。阿南さんのご負担は何もありませんから、心配は要りませんよ。保険で全部賄えますし」
当たり前だ、萌奈美さんは何も悪くないのに、金なんか払えるか、と俺がふて腐れていると、新居浜さんは「しかし、破片が下の窓を直撃しなくてよかった。この辺に落ちていないという事は、どこか飛ばされたのでしょうからね」と言った。俺は「いや、ちょっと待て。妙じゃないか、小さい破片は落ちているのに、大きな破片は落ちていないぞ。しかも、割れているのは真ん中部分で、側面も左右も割れていない。この割れた部分の大きさからして、何かが飛んできて当たったとすると、結構大きな物のはずだが、それも落ちていない。窓ガラスに当たった形跡も無し。何か不自然じゃないか」と口を挿んだ。
「入り口の真上ですから、念のため養生してもらった方がいいですね」
「おい、無視するな。俺は人為的な毀損行為の可能性を指摘しているんだぞ。保険会社としては重要な事実だろうが!」
「ああ、家主さんは、廂ごと取り替えると言っていました。全部プラスチック製の物にするって。色は阿南さんの方で決めてもらっていいそうです」
「だから、その前に警察に現場検証してもらった方がいいんじゃないか。建造物損壊罪のおそれもあるだろう」
「本社の方から調査人が来ると思いますが、この状況なら心配はいりませんよ」
俺の話しを聞け。聞いてくれ。
「いろいろありがとうございました」
萌奈美さんは新居浜さんに深々と頭を下げた。新居浜さんは得意気な顔で帰っていった。
陽子さんが萌奈美さんに声を掛けた。
「大変だったわね。他は大丈夫だった」
「ええ。でも、割れたのが外のルーフでよかったです。店の中に被害が出なかったですから。不幸中の幸いでした」
そこへ土佐山田さんがやってきた。
「大通り沿いも何軒かやられたみたいだよ。本屋の看板のネオンとか、雑居ビルの玄関ライトとか。ほら、そこの床屋の赤青のくるくる看板も割れちゃってる」
「そんなに被害が出たのか。確かに風は強かったが、立っていて飛ばされる程の強さではなかったぞ」と俺が言うと、陽子さんが「土佐山田さんの所は角ですから、破片とかいろいろと飛んできて大変だったんじゃないですか」と尋ねた。
九州男さんは手を振る。
「いや、ウチに飛んで来たのは、イチョウの葉っぱくらいのものでしたよ。どこも大きな破片は落ちていないそうですから、きっと遠くに飛ばされたんでしょ」
「他のお宅に当たっていなければいいけど……」
萌奈美さんは愁眉を寄せた。
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