幼馴染は壊れない

月之影心

幼馴染は壊れない

 空は青く高くなり、吹く風は火照った肌から熱を奪っていく程に涼しい。

 ともすれば、昼間でも半袖では少し肌寒く感じるようになってきた。

 まるで秋が冬と手を繋いでやって来たようだ。







「ねぇ光希こうきぃ。」


「ん~?」


「今日友達と話しててね、”調整”を間違えて”調教”って言っちゃって”女王様”に認定されちゃった。」


「ふ~ん。」


「女王様とお呼び!」


「呼ばねぇよ。」


「それでさ。」


「うん。」


「英語の宿題見せて欲しいんだけど。」


「女王様からどう繋がったんだ今の話は?」




 人の机を使って黙々とノートを埋めていく幼馴染の美織みおり

 そう言えばいつの間に俺の部屋に入って来たのだろうか?

 読書に夢中になるのも程々にした方が良さそうだ。







 朝目覚めて、眠気や気怠さ以外で布団から出たくないと思うようになったら冬の到来を実感する。

 そろそろ暖房器具を出さないといけない季節。

 炬燵が先か、ストーブが先か、実に悩ましい。




「おぉっ!炬燵だっ!」


「お邪魔しますくらい言えないのかよ。」


「ねっ!?ねっ!?入ってもいいっ!?」


「どうぞ。」


「……」


「何か言えよ。」


「温かくない……」


「そりゃ誰も入ってないんだからスイッチ切ってるさ。」


「せっかく目覚めた炬燵への冒涜だ。」


「今は宿題やってんだよ。俺は全部終わらせてからのんびり入る派なの。温かくなりたければスイッチ入れればいいだろ。」


「いいのっ!?」


「いつも勝手にスイッチ入れて入るじゃん。」


「ふへへへっ……」




 やっぱり炬燵は最強。

 (と言いながら筆者自身の部屋に炬燵は無いのですが……)







 街が色とりどりのイルミネーションで輝き出す。

 早くもクリスマスの飾り付けがあちこちで見掛けられるようになってきた。

 一年前のドキドキは、今年は無いだろうな。




「光希はクリスマスどうすんの?」


「まだ11月だぞ。何も考えてないよ。」


「予定無しってこと?」


「今のところはな。」


「そっか。私も予定無いんだよねぇ……」


「冬休みの宿題出るだろうから片付ける時間に充てればいい。」


「去年はそんな鬼みたいな事言わなかったよ。」


「そりゃぁ……な……」


「また一緒に出掛ける予定立てる?」


「あ~……ん……いや、やめとく。」


「そっか。」




 去年のクリスマスは美織とイルミネーションを見に行って楽しかった。

 プレゼントを交換し、ちょっと背伸びしたレストランで食事をした。

 海沿いの公園で並んで座った時の寒さは今もハッキリ覚えている。







 日を追う毎に気温は下がり、無意識の内に温もりを求めるようになる。

 それは暖房器具の温もりもだし、人肌の温もりもである。

 でも、羽毛布団の温かさは尋常じゃない。




「光希はさぁ……彼女作ろうとか思わない?」


「……えっと……真剣に言ってる?」


「私はいつも真剣だよ。」


「はいはい。」


「で、どうなの?」


「真剣に言ってるなら真剣に答えるけど……思うよ。」


「そっか。実は私もなんだよね。」


「何が言いたいんだ?」


「別に……」


「全然エリカ様っぽくないからな。」


「あのさ……」


「何?」


「もっかいやり直す気とか無い?」


「真剣に言ってんの?」


「勿論……冗談に決まってるじゃん。」


「いつも真剣じゃなかったのかよ?」




 変わりやすい事の例えとして『女心と秋の空』なんてのがある。

 元々は『男心と秋の空』だったらしい。

 変わったのは女性の地位が認められるようになった大正デモクラシーの頃とのこと。







 元旦の『旦』は初日の出を現わしている漢字だそうな。

 空気の澄んだ清々しい年初の日の出を拝むとそれだけで気が引き締まる思いだ。

 今年も一年、平和な年でありますように。




「あけおめぇ~!」


「んぁ?あぁ……あけおめ……」


「雑煮は食ったか?」


「まだ。」


「御節料理は全種類食ったか?」


「まだ。」


「未成年だからお屠蘇はNGだぞ。」


「うん。」


「よし!おばちゃん光希の母がもう準備出来てるってさ。」


「はいよ。てか何で元旦早々美織が起こしに来るんだ?」


「そんなの気にする間柄じゃないでしょ?」


「はいはい。」




 元旦くらいのんびり寝かせてくれぃ。

 平穏な正月は今年も無理そうだ。







 人間関係、良いに越した事はない。

 それが例え恋人だとしても、長い時間を掛けて培ってきた関係はそう簡単に崩れるものではない。




「おぉ!美織ちゃん!ささ!こっちに座りなさい!」


「ありがとうございます!お義父さん光希の父!」


「勝手に義父呼ばわりすんな。」


「お?何だ光希?お前、美織ちゃんと付き合ってんじゃないのか?」


「付き合ってよ。」


「え?美織ちゃん、そうなの?」


「あ~はい……そういう事です。」


「えぇ~っ!?じゃ、じゃあ美織ちゃんがうちの娘になるって話はぁ?」


「いつ、だれがそんな話したよ?」


「マジかぁ……ヘコむわぁ……元旦からヘコむわぁ……」


「何で親がヘコむんだよ。」


「そうだ!それなら儂が美織ちゃんと……」


「お父さん?正月早々板井先生外科医のお世話になりたいのかしら?」


「マ、ママっ!?いつの間にっ!?」




 毎年正月が平穏で無くなるのは、この父親のせいでもあったりする。

 決してこの父の背中を追うようなことはしないと固く誓おう。







 誇る者、落ち込む者、相反する感情が入り乱れるバレンタインデー。

 『悲喜交々ひきこもごも』というのは、一人の中で様々な感情が渦巻いている様を言うそうで、大勢の感情が入り乱れている様を言うのでは無いと最近知った。




「義理チョコであることは百も承知だが、まさか箱剥き出しのままのポッキーとは恐れ入った。」


「包み紙なんて無駄の極み、ECOへの反抗、SDGsに対するテロだ。」


「去年はハートだらけの真っ赤な包装紙でラッピングしてた記憶があるんだが。」


「去年はSDGsなんて無かった。」


「あったよ。」


「取り敢えず食べようじゃないの。」


「ってオマエが食うんかい。」


わふぁひふぁ私がひょほおチョコのひゅいひぇやい付いてないおぅおふふぁふぇ方を咥え……」


「何言ってんのかさっぱり分からないけど。」


ふぉへふぉへほれほれ


「ん……(ぽきっ)」


「(ぼりぼりぼりぼり……ごくんっ)ヘタレめ。」


「うるせぇわ。」




 その唇の柔らかさも、頬に掛かった吐息の熱さも覚えているから。

 人は、忘れられないから忘れようとするんだと気付いた冬の、元恋人たちの一日。







 『人生の岐路』

 それは様々な世代で何度でもやって来て決断を迫ってくる。

 まるで決断しなければ一歩も先に進ませないと言わんばかりの顔で。




「光希はもう志望調査出した?」


「うん。昨日出した。」


「やっぱ第一志望はA大?」


「うん。」


「さすがだねぇ。幼馴染として鼻が高いよ。」


「はいはい。人の心配より自分の心配しろよ。」


「私は大丈夫だよ。」


「へぇ……」


「何よ?」


「いや、美織の”大丈夫”が大丈夫だったことあったっけ?と思って。」


「失礼な。私だってやる時はやるんだぞ。」


「はいはい。」


「全然信じてない顔してる。」


「信じるに足る実績が思い出せないから……」


 ちゅっ


「へ?」


「やる時はやるって言ったじゃん。」


「そういう”やる”じゃねぇわ。」




 迫られた決断の内、どれが一方通行で、どれが往復出来るのか。

 多分、思っているほど一方通行って少ないんじゃないかと思う。

 『人生の岐路』に立っても、一度で決断する必要なんか無いんだ。







 多分まだ、俺は美織のことが好きなんだと思う。

 美織も、多分まだ俺のことが好きなんだろう。

 でもお互いに戻ろうとはしていない。

 寧ろ、前に進んだ先の何かを探しているんじゃないだろうか。

 それが見付からなければ二人の線は永遠に平行線だけど、見付かれば交わるに違いない。


 壊れたのは『恋人』という関係で、『幼馴染』は壊れることは無い。

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