観音通りにて・遣り手

美里

逃亡者

悟が観音道りまで流れてきたのは、14の冬だった。

 スニーカーが破れていた。破れ目から覗く靴下は血にまみれていて、もう一歩も動けそうにはなかった。

 コートは着ていなかった。首元がよれたトレーナーだけを素肌に身に着けていた。

 それでも寒くはなかった。もっと寒い思いをしてきたばかりだった。

 観音通りまで行けば食ってはいける。

 悟にそう教えた叔母が死んで、一ヶ月あまりが経とうとしていた。

 叔母は北の町で氷漬けになって死んだ。

 ストリッパーだった叔母は、ルビーを模したイミテーションの衣装だけを身に着けて、ストリップ小屋のすぐ裏手で雪と氷に固められて冷たくなっていた。それをはじめに発見したのは、帰ってこない叔母を探しにやってきた悟だった。

 誰も足を踏み入れていない真っ白な雪原に、真っ赤なイミテーションはひどく目立った。それを身にまとう叔母の身体は、薄い水色に透き通ってうつくしかった。

 叔母の死は、事故死と結論付けられた。大量の酒を飲んで泥酔した叔母が、服を脱いで涼みに外に出てそのまま凍死したのだと。

 叔母の他に身寄りがない悟は、孤児院に入れられることが決まったのだが、それが嫌で歩いて観音通りまで逃げてきたのだ。

 だからといって、14歳の少年に観音通りで生きていく術がわかるわけでもあるまい。

 彼は一人、街灯と街灯の間の暗がりに身を潜めていた。

 叔母は観音通りがどのような場所で、なにをしたら食ってはいけるのかまでは悟に教えなかった。それでも小一時間ほど通りの様子を眺めていれば、嫌でも見当はつく。

 街灯の周りに立っているのは若くてうつくしい女たち。彼女たちは銘々華やかに着飾り、声をかけてくる男たちとともに長屋の一室に消えていく。

 街灯から離れたところに立っているのは、若くもうつくしくもない女たち。彼女たちは、そぞろ歩く男たちの腕を引いては押しのけられてを繰り返す。

 ここは売春通りだ。

 それを察した悟は、硬直したままじっと冷たいアスファルトに腰を下していた。

 その悟に声をかけてきたのは、ちんどん屋みたいに派手な身なりをした男だった。

 「こんなとこでなにしてんだい。」

 柄物のTシャツの上にこれも柄物の着物をだらりと羽織り、低い位置で占めている帯もこれまた極彩色だ。派手なそのいでたちの上に乗っかっている顔立ちは大きな目と金色に染められた髪が目立ち、両耳には赤い針金を折り曲げたような、大きなピアスがぶら下がっている。

 悟は寒さも忘れてそのド派手な男のいでたちに目を奪われた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る