第2話 本職~薬の章~
温かい風を浴びながら歩くこと約十分、ムーン・ディライトは二階建て正方形の建物の前で立ち止まった。
白い壁に等間隔に赤い横線が引かれている特徴的な外装をジッと見つめたムーンは、「はぁ」と息を吐き出す。
それから彼は、目の前に見える扉を開け、薬の館へ足を踏み入れた。扉が開くと同時に、少女が「いらっしゃいませ」と挨拶を口にする。多種多様な薬草などが埋まった棚の間を進み、真っすぐ進むと、会計機の近くに赤髪のツインテール少女の姿が見えてくる。
黄緑色のローブを身に纏う彼女の両耳は少し丸みを帯びた三角形のような形をしていた。一方で、その少女、ホレイシア・ダイソンは突然現れた幼馴染の少年と顔を合わせ、首を捻った。
「えっと、ムーン。仕事どうしたの?」
「ああ、仕事に必要な薬品を受け取りに来たんだ。これが欲しい」
そう言いながら、ムーンはなぜかソワソワと体を動かすホレイシアに紙を渡した。
そこに書かれた薬品に目を通したホレイシアは、首を縦に動かす。
「分かった。今すぐ準備するからここで待ってって。この時間なら誰も来ないから、会計機の前から離れても大丈夫……」
「ちょっと待て」
言い切るよりも先に、ムーンが右腕を伸ばし、ホレイシアの右手を掴む。突然のことにホレイシアはドキっとして、顔を赤くした。
「ムーン?」
「さっきから気になってたんだが、ホレイシア、お前……仕事中は顔晒してるんだな!」
「なっ、何言ってるの?」
胸のドキドキを止めることができないハーフエルフの少女は、幼馴染の少年の手を払いのける。
「だって、普段はローブのフード目深に被って、顔隠してるだろ? だったら、外でもその顔見せた方がいいと思うぞ!」
「別に……この薬屋に来るの常連さんだけだし、顔隠して接客なんてできないよ。お客さんに失礼だから。さぁさ、そんなことより早く準備しないとね♪」
笑顔になったホレイシアが店の奥へと消えていく。そんな幼馴染の少女の後姿を見送ったムーンは、咄嗟に紺色の長ズボンのポケットから白いお守りを取り出した。
縦十センチ。横四センチの小さなお守りをジッと見つめた彼は、右手の中にあるそれを優しく握る。
「いよいよ明日かぁ。楽しみだな」
ボソっと呟いた少年の胸が躍る。それは国内で十万人しか所持していないお守り型のチップ。そのうちの一人に選ばれていたムーンは、明日、錬金術を凌駕するという異能力を手に入れる。
そのあと、彼はホレイシアと……
ドキドキとワクワクで胸がいっぱいになったムーンは自然と笑顔になった。
それから五分ほどでホレイシアが紙袋を抱えて戻ってくる。
「お待たせ。紙に書いてあった薬草、全部入れといたよ」
「ああ、ありがとうな」
「じゃあ、お仕事頑張ってね」
笑顔で右手を左右に振るホレイシアの前で、ムーンは何かを思い出したように手を叩く。
「あっ、ホレイシア、悪い。忘れてた!」
「えっ?」と驚く幼馴染の少女と顔を合わせたムーンが首を縦に動かす。
「明日、大切な話があるからいつもの公園に来てほしい。時間は、漆黒の幻想曲が始まる五分前だ」
伝えたいことだけ伝えると、ムーン・ディライトは紙袋を書けたまま薬の館を飛び出した。
「大切な話……」
薬の館の会計機の前に残されたホレイシアは、頬を赤く染め、ボーっとした視線を前に向けた。
大切な話。その言葉だけで彼女の頬が熱くなる。
明日、ムーンは自分に告白するつもりなのだろうか?
そんな期待を胸に抱えた彼女の真横から、黄緑色のローブで身を隠す赤髪の女エルフが声をかける。
「ホレイシア。もしかして、ムーンくんが来たのかな? 私が地下で薬品を生成していた間に」
ギクっと背筋を伸ばしたホレイシアが、体を右に向け、女エルフと向き合う。
長い耳を尖らせた女性は、肩の高さまで赤色の後ろ髪を伸ばしている。ホレイシアが左右の髪を胸よりも少し高く垂らしたエルフの女性から視線を反らす。
「おっ、お母さん。どうして分かったの? さっきムーンが来たって」
「その横顔、見てたら分かるわ」
「別に、お父さんの刀鍛冶工房で必要な薬品を受け取りに来ただけだよ」
「あら、お仕事中のホレイシアに会いに来たのかと思ったわ。まあいいけど、ホレイシア。明日、例の薬草採取よろしくね」
「うん」と短く答えた娘は母親の前で頷いた。
十分ほどの道のりを歩き、紙袋を抱えたムーンが刀鍛冶工房に戻ってくる。熱気が籠る工房の出入口の扉の前で黒いローブを着たペイドンが座禅を組んでいる。
「ペイドン。貰ってきたぞ!」
紙袋を右手で持ち上げたムーンが気を集中させているペイドンの元へ歩み寄る。顔を上げたペイドンがムーンの姿を認識すると、すぐに立ち上がった。
「思ったより早かったな。気合も十分溜まったし、そろそろやるか! ムーン。少し手伝え!」
「ああ、分かった」と答えたムーンが、ペイドンと共に刀鍛冶工房の中へ入っていく。
猛暑が襲う刀鍛冶工房の中で、ペイドンはニノから預かった黒剣を横に寝かせた状態で灰色の石の上に置いた。そんな彼の傍らには黒いローブで身を包むムーンの姿がある。
「ムーン、袋の中から薬草を取り出して、緑の葉っぱを細かくちぎって剣の刀身にふりかけろ。その間に俺は準備を進める」
「ああ、分かった」と元気よく答えたムーンが指示に従い、袋の中から緑色の茎に数十本の葉を伸ばした薬草を取り出す。その葉を数十ミリの大きさに細かくちぎり、黒サビが目立つ剣にふりかける。
その間に、ペイドンは目の前にある灰色の石板に白いチョークで魔法陣を記した。
東に煆焼を意味する牡羊座の紋章。
西に水を意味する下向きの三角形の紋章。
南に融解を意味する蟹座の紋章。
北に分離を意味する蠍座の紋章。
そして、中央に火星の紋章を記した後で、一呼吸置いたペイドンはムーンを手招きする。
「ムーン。細かくなった薬草を落とさないように、そっと剣を持ち上げて、この石板の上に置け。刀身を真横に向けて、ゆっくりな」
「ああ」と短く答えたムーンが刀身を真横に向け、ゆっくりと動き出す。そうして、彼はペイドンの近くに置かれている石板の上にそっと剣を真横に寝かせた状態で置く。
その瞬間、刀身の上でぼこぼことした青白い泡が弾け消えた。湯の沸騰と同様の現象が三分間続き、依頼人の剣は本来の鉄色を取り戻す。その様子を近くで観察していたペイドンは首を縦に動かした。
「成功したようだな。ムーン、次は水で薬草を洗い落とし、いつものように剣を研いでいこう!」
そして、一通りの作業が終わり、約束の時間の十分前になると、ムーンたちは刀鍛冶工房から出て、向かいにある事務所に向かい歩き出した。すると、出入口の前でニノが佇んでいる。彼女を見つけたムーンは急ぎ足で彼女の元へ駆けよった。
「ニノ。待たせたな。ついさっき終わったところだ。この剣を見てくれ!」
ムーンはそう言いながら、ペイドンが手にしている剣を指した。ペイドンが持っている剣は本来の色と切れ味を取り戻し、ピカピカに輝いている。
依頼人の少女の前に立ったペイドンは、彼女の前で剣を差し出した。
「依頼通りの仕事をした。受け取れ。代金と交換だ」
「はい。ありがとうございます」と笑顔で答えたニノが三枚の紙幣を渡す。それを受け取ったペイドンはニノに剣を渡した。
それから、会釈したニノがムーンたちから遠ざかっていく。その後ろ姿を見送ったムーンは、強く首を縦に動かした。
「やっぱり、この仕事辞めたらダメだな」
先ほどの依頼人の少女の笑顔を頭に浮かべたムーンの右隣に立ったペイドンが腕を
「そういえば、副業でギルド活動するんだったな。新しいことに挑戦することは有意義なことだ」
「ああ、ありがとうな。副業認めてくれて。改めて、感謝する」
隣にいるペイドンと向き合ったムーンが両手を合わせる。それに対して、ペイドンは白い歯を見せ笑った。
「別にいいさ。感謝しているのは俺の方だ。娘を外の世界へ連れ出そうとしてくれて、ありがとう。まあ、明日、ホレイシアがどんな答えを出すかは父親の俺も分からないがな」
「大丈夫だ。ホレイシアならきっと……」
真剣な表情になった少年のローブを温かい風が揺らし、薄暗くなった空に月が昇りだす。
刀鍛冶の少年、ムーン・ディライト。薬屋の娘、ホレイシア・ダイソン。
ふたりがヘルメス族の少女と出会い、最強の副業ギルドを結成するまで、残りあと一日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます