ショート・ストーリー

おかお

1. 死ぬ前からウケている

原案:即興小説トレーニング(2022/11/1)

お題:哀れな音楽 制限時間:1時間



 時代に埋もれていく音楽を作ろうと思う。今までは表現したいものがあり、その手段が音楽だった。しかしそんな音楽はいつだって評価されなかった。リズムも構成も和音も今っぽくないからだ。


 時代に埋もれていく音楽とは何か。僕の中でのそれは、時代背景に沿わせた音楽のことを指す。例えば大きな大会があったら、その直前で応援ソングを作ればいい。そうすれば応援ソングが書ける人間として、何かしらの大会とタイアップした楽曲を制作できる確率は跳ね上がる。流行に沿った音で音楽を作ればいい。そんな自暴自棄なコンセプトで作られた僕の新曲『ファイナル』は、今までの僕の経歴では考えられないほどのヒットを記録した。他の音楽家が音楽を売るためにどんなコンセプトを用いているのかは知らないが、僕はこういう作り方をするのが一番良いということが分かった。


 『ファイナル』は卒業式で歌われることを想定して作った楽曲だ。中高生の心に刺さるような青臭い歌詞。おかげ様で、発表後二か月と経たず混声合唱用に編曲された。女声合唱用の編曲も行われている最中だ。卒業式で歌われる定番になるのにはもうあと数年かかるだろうが、そう遠い未来の話ではない。一度定番になってしまえば、しばらく食うものに困ることはないだろう。マネージャーのお気楽な声が思い出される。


 周りの人間は、この話をすると決まって、「最初からそのように作っておけば」と言う。そして「もっと若いうちから売れることができた。作詞も作曲もやっているというマルチさと若さとが相まって、カリスマになることができ、ブランドになったはずだ」と続ける。『ファイナル』で売れた後の僕は、半分くらいその言葉に納得している。売れる前の僕が眉をひそめる。「カリスマになることは僕の人生の目的ではない。僕そのものを知ってもらうことが僕の人生の目的なのだ」と続ける。彼の顔は空洞になっていた。空洞にはどんな若者の顔を当てはめてもぴったりはまるような、楕円の空洞だ。真っ黒な空洞はそのうちぐるぐる回転し始めて、中心も底も見えなくなった。


 次の曲を作らないといけない。ヒットした曲の次に出す曲は肝心だ。ここでつまらない曲を書いてしまうと、あっという間に人気は萎んでしまう。足元を見られる。下手したら『ファイナル』が卒業式の定番曲になるという道さえ潰えてしまう。「人気アーティスト」になりたい人間はたくさんいる。人気におもねた曲を作ってしまえば、世間に食われてすぐに終わる。人気に寄りかからないが人に許容される曲を作ることが求められている。それは針に毛糸を通すことのようにも感じられる。



 「萩羽良君、根詰めすぎよ」


 何度チャイムを押しても返事は帰ってこない。ドアノブを回すとドアは開く。ため息をついてドアを開けて部屋に入った。美樹は左手に食料や生活必需品が沢山入ったビニール袋を持っている。部屋には明かりが点いておらず、その上カーテンが閉められているので、昼か夜か分からないほど暗い。パソコン周りだけが煌々と輝いており、美樹はそこを目印にして進んでいった。1DKのアパートの中は異臭が充満している。大体の異臭は下に堆積しているのだが、それでも体積の軽い異臭は鼻をつき、無視できないほどであった。ドアを開けたことでようやく異臭の一部を追い出すことができたらしいが、それにしても男臭かった。


 パソコンの前では黒い塊が横になっていた。タオルケットにくるまっていて、頭だけがこちらから見える。周りにはカップラーメンのごみが山積みになっている。これが臭いの根源か、と呆れる。寝息は間隔が不均等で、時折言葉にならない言葉を口走っている。熱があったら大変だと思い、美樹が額に手を伸ばしたところで、萩羽良は突然目を開き起き上がった。あまりの勢いで彼の額と美樹の手のひらがぶつかり、美樹が萩羽良の額をビンタしたような形になった。


 「なんで連絡してくれないの」

 「部屋見れば分かるでしょ」


 萩羽良の頬はこけていて、髭は生えっぱなしになっていた。パソコンの明かりに照らされて見える肌の色は、外に出てもいないのに黒くなっている。これが『ファイナル』を創り出した『ハギワラリョウ』という「アーティスト」である。萩羽良が頭を掻くと、ふけがフローリングに落ちた。


 「そうだ、新曲聴いただろ。『ファイナル』だよ」


 焦点の合わない瞳だったが、感想を尋ねるときだけはぴったりと目線が合う。美樹はそんな萩羽良のまっすぐな部分に惚れ込んでいた。音楽に関して、この人にどんな嘘をついても無駄だと思わせる。


「昔の曲の方が好きだったな」


 瞬間萩羽良の顔が歪む。怒ってるのか泣いてるのか、はたまた笑っているのか分からない。


 「皆良いって言うのに」

 「萩羽良君っぽさがない気がする。借りてきた言葉をコラージュした感じ。でも、この分析ってアマチュア過ぎるよね。いい曲だったよ。世間に萩羽良君のことが知られるのは嬉しい」

 「何のために社会に迎合したのか分からなくなる」

 「いつからそんなに賢そうな言葉を会話で使うようになったの。賢いを『さかしら』って言ったり、使うを『用いる』って言いたがるタイプの人間になるつもりなの。似合ってないわ」


 美樹がまくしたてると、萩羽良は曖昧な笑顔を見せた。そしてブランケットにくるまり、ゴミ溜めにゆっくりと横たわった。腐った食べ物だけをゴミ袋に詰め、もってきた食料を冷蔵庫に詰めた。その旨をメモで残し、部屋を立ち去った。



 ハギハラリョウの曲は次もそれなりに大衆にウケた。彼は卒業だけではなく、夏も秋も冬も豊かに語ることのできるアーティストであった。安定したヒットを出し、「有名アーティスト」の看板を背負うにふさわしいアーティストとなった。彼にとって看板は空気のようなものだった。

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