万引き
連喜
第1話
最近よく眠れない。
しかし、平日は週5日、会社に行かなくてはいけない。仕事内容はけっこう込み入っていて、責任が重い。
取り敢えず起きて、会社に行く。
生活があるからやめられない。
偉そうに生活と言ったって、扶養親族がいるわけじゃない。
両親は亡くなってしまい、結婚もしていない。
だから、何とかなっている。ギリギリ間で寝ていて、形状記憶のシャツに着替えて、飛び出していくだけ。家を出るまでそんなにかからない。髭は週1回しか剃っていない。頭がぼさぼさでも、とりあえずエレベーターの中で整える。
途中で会社の近くのコンビニに寄る。
体が勝手に店に吸い込まれて行くようだ。
その店は、オフィスビルの中にあって、客はサラリーマンとOLが主だ。
俺はぼんやりした頭で、その日のおやつを買う。
午後は眠くなるから、食べて眠気を紛らわす。
眠気覚ましのガムは、ボトルで家から持参している。
毎日、食べたいお菓子を買う。それも、単調な日々に変化をつける秘訣だ。
コーヒーは会社の給湯室で無料で飲めるから買わない。
昼休みは休憩室で仮眠。
他にも寝てる人がいるから、静かだ。
女性たちからはキモイと言われているが、気にしない。
俺は行きつけのコンビニで、お菓子と飲み物を選んでセルフレジに行った。コーヒーばかりだと胃が荒れるから、紅茶も買う。そして会計。
***
会社のデスクについて一息ついた。
あれ、この新聞。
俺買ったっけ?
スポーツ新聞なんか買ったことないのに。
レシートを見ると金を払っていなかった。
俺は焦った。結果として万引きしてしまったことになる。防犯カメラに映ってるかもしれない。午前中はそのことで頭がいっぱいだった。
俺は昼の時間に、金を払い忘れたと言いに行った。
お店の人も『わざわざありがとうございます』と言ってくれた。
次の日も同じコンビニに行った。緊張感がないから、払い忘れるんだ。そう思ったから、俺は有人レジで金を払った。現金を持ち歩かないからカード払いにした。
変な客だと思われたかも知れない。
若いお兄ちゃんだったけど、ナンパ目的とか、
会話を求めてると思われただろうか。
会社のデスクについて、ちゃんと金を払ってるから確認した。オッケー。よし、今日は大丈夫だ。
同じ日、トイレに行った時にコロナだし、石鹸で手を洗った。
でも、そこのトイレはペーパータオルがない。
ポケットに手を突っ込んだ。
俺はポケットで手を拭く癖がある。
すると、何か入っていた。俺ははっとした。なぜかピーチミントのガムだった。一度も買ったことがない味で、しかもBTSのパッケージだ。
また、やってしまったんだ!
万引き常習犯じゃないか。
俺は落ち込んだ。
最近、無意識に万引きしてしまうようになった。
スーパーでも、ドラッグストアでも。
毎日何が盗んでいる。
わざとじゃない。
気が付くとカバンやポケットに入っている。
それ以上に、たくさん買い物をしているが、小さな物でも取られたら店にとっては損失だ。
俺は上場会社の管理職だ。逮捕されたらニュースになるかもしれない。
まずい。
どうしよう・・・。
もう、店舗での買い物をやめた。
全部、ネットで買う。
買えないものは諦める。
***
ある朝、俺は無意識にコンビニに入っていった。
そして、まるで夢遊病者のように、新聞を小脇に挟んで、陳列棚からお菓子を取って、そのまま店を出ようとした。
俺の意識の中では、買いたかった物がなかったことになっていた。
「すみません!」
誰かに手首をつかまれた。
「部長!」
「え?」
そこには、おしゃべりで有名な、総務のお局がいた。
「お金、払ってないんじゃないですか?」
そんなに大きな声で言わなくても・・・。
俺は終わったと思った。他の人も見ていた。
「あ、ちょっとぼーっとしてて」
俺はお局と一緒に歩きながら、最近、気が付いたら店の物を勝手に持って来てしまっていると話していた。
なぜ、話したのかわからない。
その日だけだとしらばっくれればよかったのに。
何となく誰かに聞いてほしかったんだと思う。
俺は本当に終わってしまった。
俺は彼女に脅されている。
毎朝、コンビニ前で彼女と待ち合わせて、一緒に店に入る。
俺が金を払ったかどうか、彼女が監視している。
「よし。行きましょう」
俺ままるで見守りが必要な老人のようだ。
お局は独身で、1年中、男と物色していた。
それは薄々わかっていた。
気が付いたら俺の家にいるようになった。
お局に結婚を申し込まれた。
***
俺は警察に自首した。
何を取ったか覚えていないし、店に謝罪して、示談になった。
会社に事情を話して休職したから、お局は逃げて行った。
役職は課長代理に降格になった。
俺は毎日コンビニに行く。
かばんはリュック。
ポケットは糸で閉じている。
脇に何か挟んでないか店の人に確認してもらう。
「悪いね」
「いいですよ。いつもいっぱい買っていただいて、ありがとうございます」
レジの人とも顔見知りだ。
気が付くと、お菓子を10個くらい買っている。
一人で食べられるわけがない。
会社の若い子たちに配る。
でも、時々、支払いをしないで店から出ようとしてしまう。
俺は若年性の痴呆症だった。
人格も志向もどんどん崩壊していく。
もはや、いくら金を使っているかもわからなくなっていた。
万引き 連喜 @toushikibu
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