人による人のための人の物語
カタルカナ
プロローグ
第1話
遅刻か――目が覚めて最初に頭に浮かんだのがその言葉だった。
目覚ましを付けなくなってから日に日に起きる時間が遅くなって現在八時。
俺はベッドから起き上がり、カーテンを開け、光を浴びた。清々しい朝だ。
「いただきます」
食卓には二人。弟たちは先に出ている。父親は知らない。夜勤上がりで寝ているか、休みでなにか雑事をしているか、別にどうでもいい。母親は隣でテレビを見ながらご飯を食べていた。俺は卵焼きを口に運んだ。
「冷た。昨日のやつ?」
「そう。冷蔵庫に入れてたやつ。温めれば?」
「いい。大丈夫」
そう返事をしながら、俺の視線はテレビに吸われていた。日常に申し訳程度に紛れ込まされた人死のニュース。若い男女グループがドライブ中に飛び出しを避けようとして起きてしまった死亡事故のようだ。ふと思い、俺はカレンダーを見た。
――俺も、もう免許を取れる年齢か……どうしたものかな。
などと考えてはみるものの、俺は鼻で笑った。
「やっぱり、どうでもいいんだよな」
よぎった思考を放り、肉巻きを口に運んだ。咀嚼の度に豚の油がジワっと口の中に広がりご飯が進む。茶碗を置いた時に「ふぅぅ」と息をはいた事で呼吸を思い出した。
なぜか心拍数が高いのを感じた。
「そういえば最近こんなニュースあったよね?」
嫌なタイミングで母が話しかけてきた。
「どうしたの? そんなびっくりしたみたいにして」
俺は「いや、別に」としれっとすると「あ、そう」と母は話を始めた。
「生きたまま海老とか生き物を煮るのが禁止になったニュースって知ってる?」
テレビの方を見ると海の幸の特集がされていた。そこからの連想という脈絡らしい。
「へぇ、なんで?」
「痛覚のある海老とかを生きたまま調理をしたりするのがダメになったんだって。船で生きたまま氷に入れるのもダメみたいでさ、これって人間のエゴだよね」
「どうすりゃいいんだよ。それ」
拡大解釈のしすぎ、もとい暴走し逸脱した人間により引き起こされたであろう事例の話だった。この手の話はちょくちょく聞くが、幾ら人間が幻想の中で生きているといっても空想と現実が区別できていないのは流石に「オイオイ」と言いたくなる。
ちゃんと見ろよと、内心ため息を吐いた。母は言った。
「いただきますって言うしか無いのにね」
俺は頷いた。
「感謝の気持ちが分かんなくたってせめて形だけでもやるべきだよな」
いただきますっていう言葉が自分たちへの慰めにも聞こえるかもしれないけど、この身の程を知るためには良い言葉だと思う。所詮人間は生物なんだから。
そうじゃなけりゃ頭の沸いた人間になってしまう。
「漁師の出費がかさんだりするのかな?」
「そうかもね」
命に触れる最前線にとばっちりが行くのか。
――そんな下らねぇ事する前に手を合わせろよ……
そもそも、痛覚もそれに共感する感情も生き物の所詮は機能な訳で、命ではないんだ。
生き物の命よりもそれを頂く人の命よりもそれに含まれる機能のほうが大切って優先順位がおかしいだろ……何を大切にしてぇのか分からねぇ。
その思い上がりを改めずにいたら結果的に命が粗末になっちまうよ。
――ていうか、テメェが生きてるのは良いんだなぁ。
言葉もまともに使えない癖に、陸でもねぇ解釈ばかりしやがってからに……迷惑な話だ。
生き物なんて死んで当たり前なのは誰でも知っているだろ。
命は使って、死んでこそ世界に貢献するんだ。
だからよぉ、何様だよ人間?
「フッ」
俺は嗤った――誰目線で言ってんだよ。
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