無人島サバイバル四日目(前半)

日の出と共に目が覚めた。


空腹や渇きは確かに存在するが、その感覚はもはや良く分からない。今はとにかく身体がだるくて力が出ないのが問題だ。


「……ふっ、ふぅ」


やっとの事で、身体を起こして立ち上がった。

カラカラに乾燥した唇や手が、現状の異常事態を表している。

鏡が無いから確認はできないが、酷い顔をしているのは想像に難くない。


今日は、昨日見えた煙を目指して歩いてみよう。希望がある限り、生きる事を諦めない。

まだ動ける、流木の杖に体重を預けつつ、ゆっくりと歩き始めた。



ざくり、ざくり



まったく。


湿度が高く、蒸し蒸しとした気候にも関わらず、俺は干からびて命の危機だと言うのはどう言う事だろう。

空気はこんなにも潤っていると言うのに。



……



少し歩いて、休憩を繰り返す。


森林ゆえに歩きにくいと言うこともあるが、飢えと乾きで想像以上に体力が無くなってしまっているようだ。


汗をかかないところを見ると、体温調節が上手くいっていないのかもしれない。


そもそも、この三日間で口にした食事も生魚一匹だけだ。ガソリンが無ければ車は動かないし、ご飯を食べなければ人は動かないんだろう。

疲労困憊ながらも、こんなふざけた事を考えていられるのだから、俺はまだまだ大丈夫だ。


ふっと近くの枯れ木に目を落とすと、樹皮の間に芋虫みたいなものが蠢いているのを見つけた。カブトムシの幼虫に近いデザインのアレだ。


おっ、ラッキー。


それを見て、そう思った。

以前林でもこの手の虫は食べたが、この生活に馴染んで来ているのだろうか。

わりと引き返せないレベルまで来ているのかもしれない。


木の皮を剥いで出て来た二、三匹をそのまま口に放り込む。


ぶちゅっと口の中で潰れる感触と、腐った木の味。意外かも知れないが、身はクリーミィで美味しいんだろうと思う。


しかし彼が食っていただろう木の味が最悪なんだ。本当に、腐った木の味が全てを破壊している。

空腹ならなんでも美味しいと言うのはウソだな、食べられるけれど全く美味しくはない。



休憩がてら栄養補給を終えた後、再び歩き始めた。



……



「この辺りだったか……?」


もう煙は上がっていないが、昨日見えた煙は、この辺りだった気がするが。

がさりと薮を分けると、そこからはもう海が見えた。


そして、砂浜の手前の少し開けた場所に、それはあった。


これは完全に、人の痕跡だ。


焚き火の跡である、コの字に石を組んでその上に金網まで置いている。


杖を持つ手に、無意識に力が入った。


何者だろう。おそらく人間だろうが、小鬼のような知恵を持つ生き物の可能性もある。

付近には人影は無いが、じりじりと警戒しながら焚き火の跡に近づいていく。


炎は既に消えているが、燃えさしがまだ燻っている、昨晩まで燃えて居たのだろう。これを上手く使えば、もう一度火を起こす事ができるはずだ。


火、これは大きな収穫になる。


そして、目を奪われたのは見知ったスポーツドリンクのラベルが貼ってある500mlのペットボトルだ。


飲みさし(飲み残し)だろう、中身は少し減っているが、まだ半分以上残されている。


もう痛んでダメになっている可能性も高いが……。しかし焚き火の跡から、同様に比較的新しいモノの可能性もある。


俺は、ペットボトルを初めて見た人間のような慎重さで、中身を眺めながらゆっくり封を開けた。


シュっと小さな音を立て、殆ど抵抗無く開栓された、それは少し濁った白色で、甘い匂いがする。


ごくりと喉が鳴った。


遠ざけたり、近づけたり、まじまじと観察する。何かが浮かんでいるような事もない、これは飲める、絶対に飲めるはずだ。きっと飲める。


我慢できない。


意を決して、液を口に含む。

常温でぬるいが、変な匂いもせず……むしろ、いや最高に美味い!


殺人的な美味さだ。

久しぶりの糖分と水分に、身体が喜びで悲鳴をあげている!


ぐっぐっぐっ


一気に、全てを飲み干した。


「うおおっ……!」


思わず、小さく唸った。全ての細胞がこの「飲む点滴」を歓迎しているっ!

最高だ、俺が欲しかったモノが、身体が欲しているモノが全てここにある!


久しぶりのブドウ糖に軽くキマってしまったところで、はっと気がつく。


いつまでも、こんな場所に居るわけにもいかない。何が潜んでいるともわからないし、監視されている可能性すらある。


長居は無用だ。


回収できるものは回収して、この場を離れよう。金網と焚き木の燃えさしをいくつか拾い集める。当然、空のペットボトルもポケットに詰めて持っていく。


「……ん?」


ポケットの奥から、糸くずと共にいくつかの貝が出てきた。この間拾ったものだが、すぐに痛んでしまったのか、恐ろしい異臭を放っている。勿体無いが、これは食べるのは難しいだろう、焚き火の跡に捨てておいた。


貝はすぐに食べないとダメだな。



手早く荷物をまとめた俺は、水場の近くの拠点に戻る事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る