迷宮サバイバル八日目(後半)

姿勢を低く、見つからないように建物に近づいて行く。前傾姿勢を取ると、ずしりと腹の傷が疼くがそんな事に構ってはいられない。


「はぁー、はぁー」


じっとりと脂汗が滲む。

目を凝らすが建物内の様子は、外からではよく見えない。


「お兄さん?」


ぼそぼそと囁くような声で心配してくれる彼女。その声を手で制して告げる。


「うん、大丈夫。ちょっと静かに」


そう促して、耳をすませる。建物内から聞こえてくる、声。


「○○△▲!!」


小鬼の声だ、争っているような語気である。なにが起こっているのか。

可能な限り気配を消して、足を踏み入れる。


「んっ」


ゆみちゃんが顔をしかめる。

腐った何かが焼ける匂いと、鉄錆の匂い。嫌な感じがする。


ガッ!カァーンッ!


木や金属が打ち合わせられたような音が響く。


そこで見たのは、屍小鬼と寄生蜘蛛、それらと小鬼が争っている姿だった。

彼らも寄生されるだけの存在では無かったようだ、仲間の仇を討とうと言うのか?

数で勝る屍小鬼と寄生蜘蛛、そこに武装した小鬼達が入り混じっている。


小鬼は声をかけあい、何かしらの意思の疎通を図っているように見えるが、そこまでの知性があったとは。

しかし俺たちにとって、この状況は好都合だ。争いの合間にクロを見つけ出そう。


彼女の方を見て、目で合図をする。ぐっと頷くゆみちゃん。

どうやら、作戦は理解してくれたようだ。



……



「◼️◻︎△△!!」


ばぁっと血を吹き出して倒れる屍小鬼。

それを横目に見ながら、殆ど四つん這いになって、見つからぬように木箱の間を進む。


最後に墜落したのを見たのは、この辺りだったと思うが。

そんな事を考えていると、少し先の木箱の間からパッと青白い光が見えた。


「あれっ!」


そう言って指を指す。壊れた木箱が積み重なっているようだ、埋もれて動けない状態なのだろうか。


「見えてる、クロだ」


「行こう」


返事をする代わりに、そちらに向かって歩いていく。


「クロ!」


その姿が見えた時、パッと駆け寄るゆみちゃん。後ろを警戒しながらついていく。

潰されてはいないようだが、木箱の隙間に挟まって、身動きができないらしい。


「クロ、大丈夫?今助けてあげるからね」


顔をあげてこちらを見ると、くっと首を垂れて目を瞑るクロ。


「っく……!」


彼女が素手で上の木箱の残骸を退かそうとするが、重すぎる。ビクともしない。


「借りるよ」


横に置いているゆみちゃんの剣を持ち、瓦礫の間に差し込む。


「持ち上げるから、引っ張り出してやって」


「はいっ!」


ふぅぅっと息を吐きながら、テコの原理を使って隙間をこじ開ける。

ググッと力を込めると僅かに浮いた。


「〜〜〜〜〜っ」


ズッズズ……


クロの前足の付け根から、抱えるように引っ張る彼女。

まだか、想像以上に重くて、肩が持たない。


ズズッ……


「良いよ、お兄さん。出てこれた!」


「っく、はぁ」


瓦礫を元の位置にゆっくり戻す。

傷口が開いた気がする、安全な場所に出たら包帯を巻き直した方が良いだろうな。


クロの方を見る、消耗しているようだが大きな外傷はない。内臓に損傷が無ければ自分の足で歩けそうだ。


「はぁ、はぁ、クロどうだ?行けそうか?」


彼に声をかける。

片目を開けてこちらを見た後、よろめきながらも立ち上がった。

ゆっくりと歩き始める。


「クロっ!良かった、心配したよ!」

「良し、良い子だ」


後は脱出するだけだ、脱出して田中さん達と合流する!



……



カチカチカチカチ


最悪だ。


目の前には屍小鬼、ぽっかりと空いた空洞の瞳がこちらを捉えている


静かにナイフを構える。

クロは消耗しており、戦える状態ではなさそうだ。


どうするか……。


ゴッ!


決めかねていると、突然打撃音と共に倒れる屍小鬼。その後ろに居たのは棍棒と盾のようなもので武装した小鬼だ。

それがやつの後ろから忍び寄り、一撃したらしい。


ちらり、とこちらに視線を送る小鬼。

俺達に緊張が走る。

しかし、ふいっと明後日の方向を向くと、それは走り去って行ってしまった。


「……助かったのか?」


「びっくりした!」


脅威は去ったようだ。

急いで出口に向かう、もうすぐそこだ!


光の射し込む森へ、一歩を踏み出す。


「出れたっ!」


まだ安心は出来ないが、解放感から大きな声で喜びを表現するゆみちゃん。


「うん」


短く返事をする、さあ。みんなの元へ。



……



「帰ってきタ!」

「おぉ!来たか!」


木々の間から楓くんが手を振って居るのを見つける。


「帰ってきたよー!クロも無事!」


手を振り返して返事をするゆみちゃん。


「生きてて良かっタ!」


あぁ、そうだ。


かけがえのない仲間が、いや家族と言っても良い。それが揃って、ここにいる。

それが何より嬉しい。本当に良かった。


「帰ろうか」


無事を喜びあったあと、田中さんがそう声をかける。


そう、帰ろう。

俺達の居場所へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る