迷宮サバイバル五日目(中)
しばらくの休息。
ふと左腕を見るが既に出血は止まっているようだ。布に染み付いた血も固まって、ぱりぱりになっている。
……こんなに早く、血は止まるものなのだろうか?
これまで大きな怪我を負った事がないので、感覚がわからないが、人体って凄いな。
恐る恐る、キツく巻いていた布を剥がし、新しい布で巻き直す。
「血止まりましたネ、良かった」
包帯代わりの布を巻くのを、手伝って貰っている時にそう声がかけられた。
「うん、ありがとう」
にっと歯を見せる。
不安感はある。しかし、前向きにいこう。
さて、くるりと屍小鬼の死体に向き直る。
「確かめたい事がある」
……
布切れをマスク代わりに顔に巻き、死体の解体を始める。血液から感染症などがないようにと、気休め程度の配慮だ。
解体と言っても、食べる訳ではない。頭をちょっと割って、中身を確かめるだけだ。
頭の天辺にナイフを当てて、後ろから薪でコンコンと叩いて頭蓋を割る。コレは獣だ、と思っても、少し抵抗がある作業だ。
楓くんに向こうに行ってるように告げるが、平気な顔で、手伝いまスだそうだ。
こういう所は、日本人的感覚からは遠く感じる、カルチャーショック。
左腕を庇いながら、作業を続行する。
楓くんの助けもあり、思ったより綺麗に割り開ける事ができた。
「これか」
「こレは……!?」
頭蓋骨の下に硬い膜に包まれている器官が現れた。恐らく、この膜の中に脳が収まっているのだろう。
それは良い。
異常なのは、その脳にめり込むように、拳大の蜘蛛のような虫がいた事だ。
脚は退化しているのか、頭胸部と腹部だけのように見える。
ナイフによって傷つけられ、既に絶命しているそれは、緑色の体液を滲ませていた。
間違い無い、寄生する生物だろう。
取り出そうとするが、どうやら紐のような細かい何かが、脳内部に絡みついているようだ。
ぐぐっ……ぷつっ
慎重に切り離しながら、それを取り出す。正直、気持ちの良いものではない。最悪の気分だ。
さすがの楓くんも作業中にダウンして、少し離れたところで深呼吸している。
「ふぅー……ふぅー……」
俺も脂汗をかいている、慣れない作業に手が震える。取り出しが完了してすぐに地面に座り込んだ。
……
地面に転がった寄生生物を、ぼーっと眺めながら考える。
恐らくこいつが、小鬼の行動を操っていたのだろう。
小鬼本体の目玉が無いところを見ると、寄生生物の感覚器官が、その代わりになっていたのか。焚き木を食ったり、奇怪な行動はそのせいだろうか。
ある種の虫は、赤外線を見る事ができるらしいが、こいつも熱を探知しているのかも知れない。
脅威は屍小鬼だけでなく、この奇怪な生き物にもあるという事だ。
こいつが、どんな経路で体内に入っているのかは分からないが、不用意に物を口に入れないように注意しよう。
何度かゆっくり呼吸して、冷静さを取り戻す。心が落ち着いて来た所で、動き出す事にした。
「さて、コイツをもう少し調べるか」
気が進まないが、仕方ない。
地面に転がっているそれを裏返して、観察する。
「あぁ……」
少し後悔した。
腹側には卵らしきモノがびっしりくっついていたのだ。
ある時期が来たら生まれて、獲物を内部から食い破るのだろう。容易にそんな想像が出来た。ナイフで卵は外して地面に埋める。
出てこないように、念入りに踏み固めた。
脚の代わりに長い紐のような触手があり、植物の根を連想させる。これでは歩行するのは難しいだろう。
見た目は脚のない蜘蛛と言った形だが、糸は出るのだろうか?こちらは確認する術はない。
今回の調査で分かった事は、二つだ。
一つ、小鬼は蜘蛛みたいな寄生生物に操られていて、いつか食い破られて死ぬだろう事。
二つ、屍小鬼は視力が弱く、熱で探知している可能性がある事。
全て予想ではあるが、敵の生態が少し見えて来た気がする。
もう精神的には限界だが、いつまでもここに居るわけにもいかない。
出発の準備をしよう。
……
てきぱきと楓くんと共に、出発の準備をこなしていく。
天井から滴る水滴を集めて、それを煮沸消毒し、水筒を満たした。
焚き火はもう殆ど熱を持っていないが、跡には土をかけておく。熱を探知するのであれば、そうしておくべきだろう。
武器も作った、丈夫な木の枝を使って、槍を作ったのだ。
身長ほどある太くて真っ直ぐな枝の先端を、ナイフで削って尖らせただけのものだが、寄生生物の体を貫く位は可能だろう。
最近出番の多いナイフの手入れをしている時に、楓くんの視線に気がついた。
(……?)
彼はじっとこちらを見つめて言った。
「そういえばお兄さンって、よく見ると瞳の色、左右違いますよね」
突然の、そして予想外の言葉に驚いた。
「いや、そんな事無いと思うけど……」
聞いたことの無い事実だ。
「右目の方だけ、ホラちょっと薄いデスよ」
「えぇ?」
拭って綺麗にしたナイフの刃を鏡代わりに、自分で確認してみる。
あまりわからないが、若干右目の方が色が薄い気がする。
「うーん、ちょっとだけそうかも?」
「でしょウ!何かカッコイイですね」
何がカッコ良いのか分からないが、褒められて悪い気はしないな。
「そうかなぁ、まぁ、ありがとう」
うんうんと何か納得したようだ。
ご機嫌になった彼は、テントを崩す自分の仕事に戻る。
完全に野営の跡を始末した後、俺たちは出発したのだった。
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