迷宮サバイバル一日目(中)
グラッ
体重を預けるつもりだった右足が、突然その仕事を放棄した。
体重をかけたレンガの一部が砕けて落ちたのだ、かなり脆くなっている部分もあるみたいだ。
「見た目より脆いな」
転がり落ちた破片が、後方でからからと乾いた音を立てていった。
意図的に下を見ないようにしながら、窓を目指して登るようにする。
ヒトの身体能力について、他の野生動物に比べ脆弱だと評価されている事があるが、それは違うと俺は思う。
他の生き物と比べても長時間走る事だったり、肩が回るから物を投げる事には秀でているのだ。
それに、今回のように崖のような壁を登る力も、脊椎動物ランキングでは上位では無いだろうか。
(一位はヤギさんかなぁ)
……なんてふざけた事を考え始めた時に、二階の窓に到着した。二階というよりは三階くらいの高さがあったが。
「ふぅー」
息を整えて、中を伺う。
窓にはガラスが入っていたんだろうが、しかし今はその姿はない。
内部に散乱した白っぽい破片が、その名残だろう。
中には誰も居ないようなので侵入する事にした。
辺りを見回す。埃っぽい臭いがすでに生活感の無さを表している。
薄暗い室内には灯りは無く、あるのは打ち捨てられた壊れかけの家具だけだ。
アンティーク感漂う木製のテーブルはしっかりと立っているが、ベッドなどは足が折れてしまっている。
挙句に部屋の隅に大きな蜘蛛の巣だ。
両手を広げたよりも大きな巣で、これだけは最近の建築である事が伺える。
「ごほっごほっ」
どうやらここは、誰かが放棄した住居と考えて間違いなさそうだ。
時代がかった調度品からは、年季を感じる。
ここには、もう何も無い、もう少し踏み混んで探索していこう。
奥の扉を開けて、外を伺うと正面には壁。
左右はすとんと長い通路になっており、通路の脇に同じようなドアがいくつも並んでいる。
これは、ドア一つ一つが部屋になっているのだろうか。
そうすると、これは集合住宅のような建物だということか。
「なるほどな」
そうであれば階段を見つけて一階部分に辿り着き、外に出る事も可能だろう。
水筒の水を少し飲み、下り階段を探して歩き始めた。
……
(甘かった……)
そう、簡単に脱出できる“だろう”。この“だろう”が浅はかな考えだったのだ。
ここは何処ともわからない異世界の地。
見知った顔で、油断するものから死んでいくのだ。
集合住宅のようだ、と感じていた構造だが。実際は全く違う。突然数段しかない階段が現れたり、通路が二股に分かれた場所などもある。
扉の先に一歩も部屋が無く、中庭の壁面に直接繋がっているドアまであった。
この建造物の意図がわからない。
部屋のない扉に至っては落ちかけた。これは俺を殺す為の罠なのか。
今のところ他の生き物には出会っていないが、何かいると見て気をつけて探索する方が良さそうだ。
それにしても、部屋にも窓が少なく薄暗いのが精神的に辛い。特に通路には窓が無いため、何か灯りになるものを探さないと、足元も良く見えない。
それでもなんとか歩けているのは、壁の隅などに仄かに光るコケのようなもののおかげだ。
何度目かの扉を開ける事にした。
かちゃりと扉が抵抗なく開いた。今までの半分以上の扉が開かないものだ、鍵がかかっていたり、歪んで開かなくなってしまっていたりするからだ。
ここはどうやら、また住居のような構造になっているようだ。
手前には火を扱うためであろう、石造りのかまどがあり、奥に大きい部屋が一部屋見える。
奥の部屋は始めの部屋よりは随分、綺麗な印象を受けた。蜘蛛の巣も無く、埃っぽい臭いも気にならない。
大きなテーブルと椅子が、いくつかセットになって並んでいるようだ。
窓もあるが、こちらもガラスは入っていなかった。外を覗くが、見知った中庭が見えるばかりだ。
「はぁー」
椅子に座って考える、ゆみちゃん達は無事だろうか。
考えても仕方ないか、動き続けて疲労も溜まっている、大休憩を取る事にした。
スープの缶詰を一つ開けて食べて、午後の仕事のエネルギーを得たのだった。
……
台所には薪がいくつか積まれていた。
燃料に使うために置いてあったのか、火が手に入るのは大きい。
手頃な大きさの薪の先に、中庭で採った木の皮をいくらか巻きつけ、松明を作る。
メタルマッチで火をつけてみると、めらりと火が灯った。
周囲が温かな色に塗りつぶされる。この火の明るさというのは、とても心強い。
念のために薪を何本かをリュックに入れて、もう少し探索する事にした。
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