第19話 十九日目

ゴゴゴゴゴ…


また地震だ。揺れの大きさは大したことはないのだが、かなり頻繁に起こっているように思う。

大きな地震の前触れでなければ良いのだが。


昨日クロが一緒に家まで来たので玄関に毛布を敷いて寝床を提供してやった。

どうやら気に入ってくれたようで、ぐっすり眠っている。


幸せそうに眠っているクロを横目に、身支度を整えて今日の活動の準備をする。


昨日も林に小鬼がいたことが気にかかる、やつらの行動範囲が広くなっているのか。

このままでは鉢合わせるのも時間の問題ではないだろうか?

上手く共存できなければ、我々か彼らかが活動範囲について妥協せざるを得ないだろう。

その対策も兼ねて、今日は田中さんに会いに行こうと思う。

一人ではやはり心配だ、相談したいのだ。


リュックに食料の干物と干し肉、水筒ペットボトルに飲み水を入れ持っていく。

念のために釣具も。

着火用のライターと武器になる槍も持った。

かなりの重装備だ。


以前林で迷った経験もある。

田中さんのキャンプのおおよその位置は聞いているが、ことあの林に関しては絶対というものは無いのだ。

一度も訪れていない場所に探索に行くのには、準備をするのが当然と言えるだろう。


さあ出発だ!


クロに声をかけるが、こちらを向いたかと思うとまた眠ってしまった。

どうやら今日の遠征に関しては興味がないらしい。

心細いが、一人で出発するほかないだろう。



……



何度も通った道だが、連日の人喰い小鬼との遭遇によって初めて歩くような不安感がある。


しばらく歩くと、違和感を覚えた。

昨日釣りをした沢がないのだ。

先日池が見つからなかったのも気のせいではなかったのではないか。


(どういうことなんだ…?)


沢も池も見つからないと、水の確保ができないし、魚も捕れない。

いや、問題はそれだけではない。この林に何が起こっているのか、嫌な予感がする、先を急ごう。


草木を掻き分け進む、同じような景色が続いている。

太陽の位置を見て考えると、方向は合っているようだが。

小一時間ほど林を歩いただろうか、少し開けた場所に出た。木が少ないので明るく感じる。


「ふぅー」


休憩しながら進むべきだろう。

倒木に腰を下ろして、昼食にする。メニューは干し肉だ。火を起こすほど長居するつもりはないので、そのまま食べるが、やはりちょっと炙った方が好みだ。


「ウゥゥー…」

「キーッキャキャッキャ!」


静かなランチタイムとはいかないようだ。

何かの唸り声や猿の鳴き声のようなものが聞こえてくる。


(落ち着いて休む事もできないなぁ…)


さあ、少し休んだらすぐに出発だ。



……



(見つけた。)


田中さんの家は林の中にあった。

場所も手伝って住宅というより、山小屋と呼んだほうが良さそうな外観だ。


「こんにちはー!」

玄関から声をかけるが返事はない、出かけているのだろうか。


「こんにちはー!」

何度か声をかけるが、駄目だ。


ガチャ…

鍵はかかっていないようだった、中に入って待っているべきだろうか。


「いませんかー?」


声をかけながら玄関に入る。

すると中から、小学生くらいの男の子が出てきた。明らかに日本人ではなさそうだ。

透き通るような白い肌で、白に近い金色の髪。その整った顔立ちの華奢な少年は、まるでフランス人形のようだった。

以前話に聞いた少年だろう、事前情報がなければ女の子だと勘違いしていたかもしれない。


「ハイ、います。少しまって、ください。」


彼は、たどたどしい日本語で答えた。


「わかりました、ありがとう。」


笑顔で答える、しかしどこの国の人だろう。


「君も、突然この世界に来たの?元はどこの国の人?」


「あっ、えと。わたしは原住民です。」


原住民、聞き慣れない言葉が彼の口からでてきた。なんだ原住民って。

びっくりだ。


「おぉーい、すまんな待たせた。」


その時奥の方から、田中さんが大きな声を出しながら歩いて来た。すると少年は田中さんの後ろにパッと隠れてしまった。


「さあ、入ってくれ。」



……



「そうかぁ。しばらくはこっちに泊まって、一緒に行動した方が良いかもなぁ。」


小鬼が近くにいることに対する対策だ。

俺も迂闊な単独行動は危険だと思っていたので、同意の意思を示すためにうなずく。


「小鬼はずっとこの林に出るんですか?」


「いや、もっと東に集落があったはずだ。わしの家が林の西の端だから、ちょうど反対側だな。集落の近く以外で見かけることは無かったがなぁ…」


やつらに集落の近くだけで暮らせない理由が出来たのか、なんにせよ近くで見かけたことは確かだ。


「「ふぅーむ…」」


二人して考え込むが、見つからないよう気をつけるくらいしか対策は思いつかなかった。

喰われるのはゴメンだ。


「あ、そうだ。さっきの男の子。」


「楓のことか?」


名前は超和風だった!


「あ、楓って名前なんですね。日本語を喋っていたからびっくりして。」


「世話してやってるうちにな、覚えようとしとったんで、ちょっと教えてやったんだが。今はもう家の本を勝手に読み漁って勉強しよるわ。」


「すごいですね。」


思ったことが口から出た。


「えらいわなぁ」


そういう田中さんは、目を細めて嬉しそうだ。

楓くんには家族同然の信頼があるんだろう、容易に想像できる。


「まぁ、とりあえず飯にするかぁ。」


「お世話になります。」



……



夕食は田中さんが作って、楓くんが食卓に並べている。俺は手持ち無沙汰で左右に揺れているだけだ!

楓くんの視線が痛い。


「さあ食べるぞぉ。」

食事の準備が完了して、食卓に3人が座る。いつ以来だろう、他人と食卓を囲んだのは。ちょっと嬉しくなってしまった。


今日の献立は、芋のような植物をふかしたものと、一ツ目イノシシのステーキだ。付け合わせに山菜のようなものがのっている。


芋を食べてみる。

感動だ、この世界でジャガイモに出会えるとは。厳密にはジャガイモではないんだろうが。同じようなものだ。


次にステーキは…

脂身が多いが、

全然しつこくなくさっぱりしている。


「美味いっ!」


「そうだろぉ?やっぱり肉はシシのが美味いよ。」


「おいしい。」

こくりと楓くんも頷いている。


今日も元気だ、ご飯がうまい。

心配事はいくつかあるが、明日また考えよう。

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