ずっと気になっていた木の実を食べてみた

うまチャン

プロローグ ついに食べる時が来た……!

 ――――食べてみたい、どうしても食べてみたくて仕方がない!

僕は小さい頃からずっとそう夢見ていた。

街を抜け、獣道を抜け、いきなり草木が枯れて森が開けた場所に着けば、僕がずっと気になって仕方がないそれがある!


「あった! ずっと夢見てきたんだ……! 今日は絶対に食べるって決めたんだ!」


 僕が見上げた木には、濃い紫・緑色が混ざり合いながらゆっくりと渦を巻いている毒々しい色の実をつけている。

見た感じはオレンジと同じくらいの大きさかな?

名前は『シュドハドフの木』と言うらしい。

村の人達は見た目から、食べてはいけないし近づいてもいけない木として言い伝えられてきたらしい。

でも、おばあちゃんの話だと、おばあちゃんが僕と同じくらいの歳の時に生え始めたみたいで、意外に新しい言い伝えだった。

うーん……ちょっと残念な気持ち。


「ふふっ……ふふふ……じゅるり……も、もう我慢できない。さっさと食べちゃおう!」


 僕は自分の欲求に勝てず、急いで木をよじ登った。

この木はねじれていて、しかも凹凸がないツルッとした幹だから登りづらい。

それでも僕はめげずによじ登った。


「よいしょ、よいしょ……と! あった……!」


 僕は遂にその実にたどり着いた!

口角から涎が滴ってくるくらい食べたくて仕方がない僕は、すぐにその実に手を伸ばし、枝がついているところをねじって採った。


「おー……。こ、これが噂のシュドハドフの木の実……!」


 流石に木の上で食べるのは何かと危険だから、降りて食べることにしよう。

シュドハドフの木はそこまで背丈は高くないから、飛び降りても大丈夫だ。

綺麗に着地して座ると、僕はちょこんと座って木の実を眺めた。


「ほおー……! じゃあ、いただきます!」


 僕はわくわくしながら、木の実の皮を剥き始める。

皮は結構分厚くて、さらに硬いから爪を立てて剥かないといけない。

そして、めくるのに指が痛くなるくらい力が必要だ。

 手に汗が滲むくらいに苦労しながら皮を全部剥いていき……そして遂に、果肉の全貌が明らかになった。

果肉も皮と同様、毒々しくて強烈な色だ。

普通なら誰もが嫌がるだろうけど……僕にはそんなの関係ないね!

ずっと……ずっと夢見てきたんだ!

木の実を食べるということに、ずっと夢見てきたんだ!


「――――はむっ!」


 僕は果肉を大口で一口食べた。

――――うん、結構美味しいぞ!

ちょっとオレンジっぽいて酸味の強い味だ。

全然食べられる!


「はむっ、むぐっ! ぷはっ! 美味しかった……。ふふふっ……遂に夢が叶ったぞ!」


 そう思った瞬間だった。


ドクンっ!


「かはっ……! く、苦しい! あっ、はっ……!」


 急に動悸が始まったかと思えば、今度は心臓が苦しくなった。

誰かの手で握りつぶされたような、そんな感覚だ。

苦しさのあまり、体全体から汗が吹き出した。

 死んでしまうのかな……。

でも、僕の夢は達成できた。

だから何も悔いはないから、死んじゃっても大丈夫だよ……。

お父さんとお母さんには馬鹿だと思われるかもしれないけど、それでいいんだ……。


「げほっげほっ……!」


 僕の体はどんどん蝕んでいく。

食道から何かが込み上げ、僕は吐いた。

口からは、黒に近い赤い血が大量に出てきた。


「あっ……」


 そして、僕はのたうち回った挙げ句に意識を失った。

意識を失う瞬間、最期を迎えてしまったのだと確信していたけど……実際は違った。

この出来事をきっかけに、僕……トネリコ・ライルキ13歳の人生はガラリと変わることになる。









◇◇◇








「――――リコ……! ――――ネリコ! トネリコ!」


「う……あ……」


「トネリコ! ああ、無事で良かったわ!」


 遠くから誰か僕を呼んでいる声がした。

その声はどんどん大きくなっていって、僕は意識を取り戻した。

見慣れた天井と、泣きながら僕を抱きしめるお母さん。

どうやら僕は家まで運ばれたみたいだ。


「体調は大丈夫なの? お向かいさんに急に呼ばれて出たら、気を失ったトネリコを抱きかかえていたからびっくりしたのよ!?」


「そ、そうなんだ……」


 僕が意識を失っているうちに、結構大騒ぎになっていたみたいだ。

何だか申し訳ないな……。


「――――ああ、本当に良かったわ。もし大変なことになってたら――――っ!?」


「えっ? どうしたのお母さん。急に驚いて……」


「ど、どうしちゃったの……? どうなってるの……?」


「えっ?」


 僕の顔を見て怯えるような表情を見せるお母さん。

なんだろう……。


「お母さん、僕の顔に何かあったの?」


「――――目が……トネリコの目が……」


「僕の目? 鏡持ってきてもらっても良い?」


 僕は自分の目を見るために、お母さんに鏡を持ってくるよう頼んだけど、お母さんは顔を青くしたまま立ち上がることすら出来ないようだった。

 仕方がないから僕はベットから立ち上がり、小物置きから鏡を取り出した。

そして、鏡を自分に向けて映すと……。


「えっ……? どうなってるの……?」


 そこに映ったのは、片目が奇妙な色に変わった僕の顔の全体像だった。

本来の僕の瞳の色は、髪色と同じ藍色。

でも左目はシュドハドフの木の実と全く同じ、毒々しい色をした眼に変わってしまっていた。

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