Stage4-18 失敗は成功の母

 アリスが間接キスで動揺し気絶するという事件が起きた昨日。


 事情を話すと三人とも「アリスさんにも弱点があるんだ……」となぜかホッとした様子だった。


 とはいえ、不測の事態でまたも告白をしかえすタイミングを失った俺。

 今日はカレンと並んで、ルルダーン工房へと赴いていた。


 昨日と同じように個室へと通されてユエリィの到着を待っている。


「悪いな。せっかくのデートなのに、いきなりここに連れてきて」


「ううん。私が一緒に見たいプラネタリウムの上映は夕方からだし、一度担当者の方も見ておきたいなって思ったから」


 そう言ってカレンは俺の右手を握る。。


「そういえばオウガからはデュード・ルルダーン氏の娘さんに担当してもらったとしか聞いていなかったね」


 そして、同じ轍を踏まないように学習した俺は事前に担当者が女性だと言うことは伝えていた。


 こういうのは隠すからやましいことがあると勘ぐられる。


 きちんと理由も揃えて理路整然と説明すれば、みんなちゃんと理解してくれる優しい子たちばかりなのだから。


「偶然が重なったおかげで担当してもらうことになった。もちろん実力は折り紙付きだから安心していい」


「オウガがそう言うなら安心だね。どんな人なんだい?」


「お待たせ! 今日も元気にやってきたぜ、少年!」


「こういう人」


「ああ……なるほど……」


 説明するよりも一目見た方が早いだろうと思っていたら、ベストタイミングでやってきたユエリィ。


 こいつ、日に日にテンションが高くなっているが大丈夫か?


 よく見たら服装も替わっていない。


 徹夜してハイテンションになっているんじゃないだろうな……。


「……と、おや。ガールフレンドを連れてきたのかい、少年」


「違う。ガールフレンドじゃない」


「オウガ……?」


「婚約者。フィアンセだ」


「オウガ……!」


「ただでさえ暑いのに熱いものを見せないでくれるかなぁ!」


 ユエリィが文句を言ってくるが大切なことだ。


 元気を取り戻したカレンは立ち上がると、公爵家の娘として礼儀正しく挨拶をする。


「彼の婚約者のカレン・レベツェンカです。夫がいつもお世話になっております」


「一分も経たずに結婚おめでとう! アタシはユエリィ・ルルダーン。見ての通り、機械技師として少年の義手制作を担当している」


「待て、ユエリィ。そこは流さずにもっと強くツッコめ」


「未婚だが、不倫関係はないから安心しな!」


「よかったです。これ以上、お嫁さん候補がいたら私も頭を悩ませるところでした」


「ちなみに、今は何人いるんだい?」


「私を含めて四人です」


「……今日からあんたは少年じゃなくてプレイボーイと読んだ方がいいかもな」


「……絶対にやめてくれ」


 ことあるごとにプレイボーイと呼ばれる姿を想像して、速攻で拒否する。


「それでドラゴン・バニッシャー二号はどこにあるんだ?」


「ああ、それなんだけど……今日はちょっと工房の方へ来てくれないかい? やはり魔石を使った魔導具となると、持ち運びも厳しくなる」


 魔石は貴重な資源だ。素材として使われた魔導具の価値は一気に跳ね上がり、上澄みも上澄みしか手に入れられないと言われている。


 俺は莫大な資金に物言わせて、魔石入りの魔導具を作成してもらっているがそれもユエリィの環境が特別だからできることだ。


「部外者の俺たちが中に入っていいのか? 技術を盗んでしまうかもしれないぞ?」


「それも心配ない。クソ親父の監視付きだから」


「なるほど。怪しい動きを見せた瞬間、終わりってわけか」


 デュード・ルルダーンはこの街のトップ。


 彼が許可を出したならば誰も文句は言わないし、彼が捕まえろといったなら俺たちは街から逃げることはできないだろう。


 しかし、あんな風に追い出した娘のためにわざわざ監視役を引き受けてまで俺たちを中に通すとは……。


 この親子喧嘩はもしかしたらとんでもないすれ違いかもしれないな。


 もちろん二人の間のことなので首を突っ込んだりはしない。


 外部が引っかき回してもいいことはないしな。


 ここは二人でちゃんと向き合わなければ。


「ここからは絶対に他の物に触らないこと。それだけ約束してほしい。破ったら二人は結婚できなくなる」


「死んでも守るよ」


 現状、最も効く脅しを受けたカレンの返事は早かった。


 工房へと足を踏み入れた俺たちは余計な勘ぐりを与えないためにも、ユエリィの後をピッタリ着いていく。


 工房は想像していたよりも遙かに綺麗にまとめられていて、呼吸もしやすい。


 見上げれば何台もの大きな換気扇が回っている。


 やはり一流の工房はちゃんと職場環境も整えられているんだな。


「ついたよ、ここがアタシの持ち場」


「へぇ、ここが……ちゃんと整頓されてるんだな」


「当たり前だ。商売道具をがさつに扱う奴はここに入ることすら許さねぇ」


 俺の言葉に反応したのは聞き覚えのある野太い声。


 なにかを成し遂げた人間は威厳と存在感を感じさせるが、彼もまたそちら側の人間なのだとすぐにわかった。


「……で、入り口で無愛想に突っ立っているのがアタシのクソ親父」


「……デュード・ルルダーンだ」


 改めて正面に立つと、その体躯の大きさに驚く。


 丸太のように太い腕。鉄骨のように固そうな胸筋。サメのように鋭い目。


 子供が見たら悪夢に出てきそうな見た目をしているが、彼が間違いなくエンカートンのトップ、デュード・ルルダーンだ。


「……お前がうちのバカ娘に依頼したっていう……」


「はじめまして、オウガ・ヴェレットです」


「カレン・レベツェンカです。お邪魔しています」


「ヴェレット……レベツェンカ……。なるほど、そら好きに作らせるわけだ」


 どうやらデュード氏の方は俺たちの正体をきちんとわかっているらしい。 


 貴族に興味がないと言っても世界の情勢には目を通しているようだ。


「坊ちゃん嬢ちゃんは道楽でうちのバカ娘のパトロンになってやっていると思ったが……どうやらそういうわけじゃなさそうだな」


 俺たちの名前を知っているということは【聖者】に就任したことも当然知っているだろう。


 その【聖者】が己の右腕となる義手を作れと依頼しているんだ。


 世界の命運がかかっていると言っても過言じゃない。


 決してお遊びでユエリィを指名したわけじゃないと理解してくれたはず。


「おいおい、クソ親父! 勝手に人の客と盛り上がるのはやめてもらおうか!」


「誰の工房使わせてやってると思ってんだ。さっさと出ていけって言ってんだろうが」


「アタシだって何度も親父の工房じゃなきゃいやだって言ってるだろ!」


「――ダメだ。それだけは許さん」


「……っ!」 


 断固としての拒絶にユエリィは顔を歪める。 


 ……なるほど。少しずつだが、デュード氏が考えていることがわかってきた。


「……なんだか空気悪い?」


「絶賛親子喧嘩中だ」


「そういう……本当に任せて大丈夫なの? 利用されていない?」


「問題ない。片方はツンデレみたいなものだから」


「そんな風には見えないけど……」


 こそこそとカレンと話している間もデュード氏とユエリィの言い争いはヒートアップしていく。


「いつまでそんな態度をしていられるかな! ほら、これを見ろ!」


 そう言ってユエリィが大切に抱えて持ち運んできたのは、以前のドラゴン・バニッシャー一号と同じフォルムの義手だった。


 材料に魔石が加わった故の変化だろう。


「さぁ、少年! これに魔力を込めてみてくれ! 間違いなく全力を出しても耐えきれるはずだよ!」


「わかった」


 俺はユエリィから受け取ると、昨日と同じように【魔力回路】を義手になじませて一定の割合ずつ流し込んでいく。


「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十……」


 十割……つまり、全身に均等に魔力を張り巡らせる【限界超越】までは耐えきれる計算になる。


 まずは第一関門突破といったところ。


 事前に俺の技について聞き及んでいるユエリィもまだ義手の様子の経過を観察していた。


「カレン。少しだけ離れておけ」


「う、うん……」


 俺の忠告を聞いたカレンは数歩後ろへと下がり、ユエリィも溶接面を被った。


 ここからは【限界超越・剛】を試す。


 十割の魔力を一点に集中させる。それもゼロから百へ。


 この魔力の負荷に耐えきれなければ実用には至らない。


 魔法が使えない俺がフローネと戦うためには必要になる技だから。


「ふぅ…………」


 長く、深く息を吐いて集中力を高める。


 あの日以来、久しぶりの使用だ。


 失敗しないように自分の中でタイミングを見計らい――


「――【限界超越・剛】」


 義手の指先へと全ての魔力を注ぎ込む。


 その瞬間、指のパーツが魔力の奔流に耐えきれず、根元からボトリと床に落ちた。


「あっ……」


 ユエリィの声が無音の鍛冶場に響く。


 残念ながら実験は失敗に終わった。まだ義手には改良の余地がある。


 二回目の改良で、ここまでの結果を出せるだけでも素晴らしいと称えられるべきだと思う。


「……俺の方では異常はなかった。以前と同じ感覚で魔力を送り込めている。やはり魔石が混ぜ込んである分、一号よりも魔力の動きが鮮明にイメージできたよ」


「……あ、ああ。……フィードバック、助かるよ……」


 感想を伝えて、壊れたドラゴン・バニッシャー二号を彼女に渡す。


 呆然としている中でも彼女は使用者の声を忘れないようにメモしていた。


 だが、彼女の目標はデュード氏を超えること。


 父親が見ている前での失敗は避けたかっただろう。


 自分はこんなにも成長したんだぞって見せつけたかったに決まっている。


 でなければ、あんなにも悔しそうな表情をするわけがない。


「……これでわかっただろう? お前はうちでは雇わない理由が」


「…………っ!」


「せめてもの情けで鍛冶場を貸してやっているが、それもこの依頼が終わるまでだ」


「……なんでだよ! アタシは親父みたいになりたくて……っ!」


 ポタポタと涙を流すユエリィ。


 しかし、自分を見つめるデュード氏の顔を見た瞬間、彼の視線に耐えきれずに工房の外へと走り出していった。


 怖かったんだ。


 彼から向けられる視線に失望の感情が見えたかもしれなかったから。


 ここで追いかけるのはお門違い。


 これは彼女自身が乗り越えなければならない問題だから。


「オウガ、大丈夫だった?」


「ああ、特に不調はないよ。だから、この後のデートもちゃんといける」


「そういうことじゃないよ、もう……」


 心配してくれていたカレンはパシンと俺の肩を叩いた。


 冗談交じりの返答に余裕があるんだと安心した様子。


 重たくなっていた空気もほんの少しだけ弛緩する。


「……オウガ・ヴェレット」


「なんでしょうか」


「そちらが望むなら俺が義手を最優先で作ってもいい。必要なんだろう、戦いの前に」


 まさかの世界最高峰の機械技師であるデュード・ルルダーンからの提案。


 こんな場面、誰だって迷わずに首を縦に振る。俺だってそうした。


 ユエリィと出会う前ならば。


「いいえ、俺が依頼したのはユエリィ・ルルダーンです。彼女に作ってもらいます」


「ここで断ったら次はないぞ? いいんだな?」


「返事は変わりません。それに……あなたの娘さん。次は間違いなく完成させてきますよ」


「どうかな? あの様子だと自分から依頼を放棄するかもしれんぞ?」


「心にも無いことを言うのはやめておいたほうがいい。すぐにわかります」


 これ以上の長居は不要だ。 


 ユエリィもいない以上、俺たちが残っていても意味がない。


 デュード氏に礼をして、カレンの手を引く。 


「……【聖者】よ!」


 工房を出る直前、鼓膜を揺らす大きな声で称号を呼ばれる。


 ……その名前で呼ばれるのは嫌なんだけどなぁ。


 振り返った俺は次に続く言葉を待った。


「……せいぜいこき使ってやれ」


「言われなくとも、俺が死ぬまでそのつもりです」


「……ふっ」


 俺の言葉に込められた意味を理解したのか、デュード氏はほんのわずかにニヤリと笑った。





 ◇ 義手とかの名前はちょっとダザい厨二な感じが好き ◇



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