Stage4-17 メイドじゃないアリス
義手の進捗も確認でき、その出来も良かったのは朗報だった。
これならば思った以上に早く義手は完成するだろう。
一つ安心した俺は意識を切り替え、これからのデートに集中することにする。
四人とのデートが決まった時点で、俺はそれぞれの要望に沿ったデートを心がけた。
マシロは一緒にお買い物。レイナは宿でゆったりと。カレンはプラネタリウムを見に行きたいらしい。
そして、唯一のおまかせがアリスである。
彼女だけは「無知ですのでオウガ様にお任せできれば……」と伝えられた。
つまり、今日のデートの評価は完全に俺の行動に左右される!
そう考えると失敗できない気持ちが強くなってきたな……。
「珍しいな……」
待ち合わせ場所であるエンカートンの時計台を見れば、約束の時間からは五分ほど過ぎていた。
真面目な彼女が遅れるなんて何かあったのか……? と心配に思っていると、遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「た、大変申し訳ございません、オウガ様! 遅れてしまいました!」
声がする方へ目をやると、そこにはいつものメイド服と違って私服姿のアリスがいた。
彼女は俺の元までやってくると肩で大きく息をしながら、謝罪の言葉を並べる。
「申し訳ございません! お恥ずかしながらハイヒールに慣れておらず、何度も転びそうになってしまい……」
「…………」
「……オウガ様?」
「……すまん。つい見とれてしまって……」
アリスのイメージといえば、やはり真っ赤なメイド服に黒のエプロンだ。
だが、目の前の彼女はオフショルダーの白ニットを着て、下もベージュ色のロングスカートを履いている。
普段なら滅多に見られない彼女の健康的な肩と鎖骨のラインが出ており、それだけでも大満足。
ピッタリのサイズを着ているので普段以上に彼女の鍛え上げられたボディラインが浮き出ているのもあって、俺の視線は奪われてしまっていた。
「……うん。とても似合っている」
「そ、そうでございましたか……。マシロさんたちにお手伝いしていただいてよかったです……」
なるほど。それで俺は外に出ているように言われたのか。
何かサプライズはあるんじゃないかと思っていたが、こちらもまた求めているもの以上をお出しされた。
「あまりこういった服は着慣れないため、変な気分です。いつもよりも視線も集まっているように思いましたし」
同意見だ。おかげで俺にも嫉妬の視線が背中に刺さりまくっている。
見るな、見るな! アリスは俺のお嫁さんになってくれるかもしれない女性だぞ!
「それだけアリスがきれいになっている証拠だ。マシロたちには感謝しないといけないな。そして、そんなアリスとデートできる幸運にも」
ゲスな男たちの視線に晒されないようにこの場から離れたかった俺は彼女の手を握る。
これまでアリスはメイドとして接してきたので、こうやって手を触れあわせて行動するのは初めてだ。
チラリと彼女を見やれば、アリスの顔は真っ赤に染まっていた。
「オ、オ、オ、オウガさま……」と壊れたレコーダーのように言葉を詰まらせている。
そんなウブな彼女の反応を見ると、俺の緊張もほぐれていく。
俺がしっかりエスコートしなければ、という気持ちが強かったが、二人で楽しめたならそれでいいんじゃないかという心持ちに変わる。
「お昼はまだだろう? 少し歩いたところに落ち着けるオープンテラスのレストランがあるらしい。そこで少し休んでから回ろうか」
「は、はい! お任せします!」
彼女と出会ってから見たこともないくらいぎこちない様子を楽しみながら、俺はアリスと隣で並んで歩き始めた。
事前の予約を済ませておいたおかげで目的のレストランは無事に入れた俺たち。
前菜の色鮮やかなテリーヌも運ばれて、今から食事……というところなのだが。
「ナイフが右……フォークが左……あ、あれ? 逆だったか?」
テンパっているせいで、アリスが面白いことになっていた。
元々彼女はこういったマナーが不得意だったが、モリーナの徹底的な教育により俺のメイドとして合格点を与えられるほどまでに成長した。
だが、今はその際に身につけた知識が全て頭から飛んで行ってしまっている。
焦りに焦っているアリスを見続けるのも一興だが、だんだんと涙目になってきているのでこの辺りで助け船を出すとしよう。
「アリス。俺の手元を見てごらん」
冷静に考えれば俺と同じようにすればいいはずだと気がつく。
指摘された彼女はさらに顔を真っ赤にさせ、ついには両手で隠した。
「……穴があったら入りたいです」
「クックック。アリスの新しい一面が見られて俺は嬉しいよ」
「うぅ……面目ございません。せっかくのオウガ様とのお時間なのに気を遣わせてしまって……」
アリスは申し訳なさで胸が一杯らしく、なかなか手の仮面を外してくれない。
こんな失敗は可愛いものだが、アリスは元々が恋人ではなくメイドのマインドなので、ご主人様である俺に迷惑をかけることへのふがいなさの方が勝るのだろう。
このままではせっかくのアリスの顔が見られない。
というわけで、顔から両手を引き離す呪文を唱えることにした。
「アリス。あ~ん」
俺はテリーヌを小さく一口分、切り分けると彼女の口元へ持っていく。
「……っ!」
ピタリとアリスの動きが止まると、わかりやすく少しだけ指と指の隙間が広がった。
「アリスが食べてくれないなら仕方がないか」
「うぅ……」
「ん? やっぱりアリスが食べてくれるのか?」
「……っ! ……っ!」
物惜しげな声を出したと思えば、今度は打って変わって首をブンブンと左右に振る。
こうなんというか……遅れた思春期がやってきたみたいで面白いな。
アリスの表情は手で隠れていて読み取れないが、肩ががっくりと落ちているのでショックを受けているのだとわかる。
普段の俺との関係を尊重してくれるアリスの気持ちも尊いが、ここで一歩踏み込まないときっとアリスが望んだような関係にはなれない。
だから、彼女が進めるように今度は俺がサポートする。
「……アリス、今はデート中なんだ。メイドじゃなくて、俺に手紙をくれたアリスとして出かけているんだろう?」
「そ、それはそうなのですが……」
「だったら、自分のしたいように振る舞っていいんだよ。俺にふさわしいとか、そんなこと気にしなくていい」
「オウガ様……」
「そうだな……その『様』も取ってみようか」
「むむむりです! オウガ様はオウガ様ですので!」
……首が一回転しているんじゃないかと錯覚するくらいの速度で首を振るので、流石にそれは勘弁してあげよう。
俺はもう一度、彼女に切ったテリーヌを差し出す。
「アリス」
「は、はい……いただきまひゅ!」
フォークに刺さったテリーヌを仇と言わんばかりに睨みつけるアリスは意を決して食いついた。
「……美味しいです」
「クックック、そうかそうか。なら、ここに来て正解だったな」
「はい……! ありがとうございます、オウガ様!」
一度乗り越えてしまえば緊張はずいぶんと落ち着いたみたいで、彼女も自分の手元の料理に手をつけ始める。
いつものアリスに戻ったみたいだと安心した俺も食事を再開する――のだが、テリーヌを口に入れた瞬間、カランとなにかが落ちた音がする。
見やればアリスの手元からフォークとナイフが抜け落ちていた。
「い、い、今のは間接キスなのでは……?」
……確かに。アリスに指摘されて初めて気がつく。
だけど、間接キスくらいで動揺するなんてことは……いや、まさかな……。
嫌な予感がした俺はすぐにアリスの様子を確認する。
赤くなりすぎた頬はオーバーフローしたのか、徐々に白くなっていく。
……血の気を失ったような真っ白に。
「……オウガ様……すみません。私の気がこれ以上持ちません……」
「アリス! アリスゥゥ!?」
この日、俺は初めて彼女がノックダウンするところを目撃した。
◇ サポーター限定の近況ノートで先行公開を試験的に始めました。
一話分、先読みできます。
また、皆様いつもコメントや♡、☆などありがとうございます!
忙しく返信できておりませんが楽しく読ませていただいております。
義手のギミックなど面白いアイデアや予想を書かれていて、ニヤニヤしていました笑
執筆業の本当に励みになっています……!
これからもお付き合いよろしくお願いいたします!
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