Stage3-9 最高の忠臣
この長期休暇はマシロたちのためにもなる休みだが、俺にとっても非常に助かる休みでもあった。
なぜならば授業がない分、自分の鍛錬に時間をつぎ込むことができるからだ。
遊びが不要とは言わない。精神が疲弊していれば、トレーニングの効率もガクリと落ちる。だが当然、遊んでばかりでもいいわけではない。
何事もバランスが大切なのだ。スイッチのオン・オフができる者はメキメキと実力を付けていく。
今日もまた俺はアリスと対面し、拳を構えていた。
「「…………」」
すでににらみ合いの状態となって数分が経っている。
動きたくても動けない。今の状況を言い表すならば、それが正しいだろう。
ある程度の域に達すると対戦相手の動きを読み、それを潰すことができるらしい。逆につけいる隙を見つけたならば、そこへと鋭い一撃を放つ。
アリスによると経験を積み重ねた脳が思考と共に、攻撃の道筋を描くのだという。
故に俺は彼女を専属メイドにしたときから実戦練習の割合を大きく増やした。
おかげでずいぶんと一方的にいたぶられることは少なくなった。
それでも足下に及ばないのだが。
「ふぅ……」
そして、これは【限界超越】の稼働時間を延長させる訓練も兼ねていた。
【限界超越】の稼働時間は俺の魔力量に依存する。
つまり、長く戦うためにはできる限り消費の効率をよくしなければならない。
戦いながら魔力量の管理も行うのは骨が折れる。
ならば、たとえ意識を失ったとしても出来るように普段から慣らしておけば良いというのが、俺たちの出した結論。
全身へと流れる血流をイメージする。そこに魔力を織り交ぜて、肉体を強化する。
最小限の魔力で、最大効率を求めて。
集中を切らしてはいけない。
その一瞬が隙となって、彼女の一閃が俺を断ち切る。
「……素晴らしいです、オウガ様。以前よりも読みの精度が格段に増しております」
「アリスがずっと付き合ってくれたおかげだよ」
「いえ、私の手助けなど些細なもの。オウガ様が努力をされた結果でございます」
「……そうか、ありがとう」
アリスほどの強者に褒められると流石の俺も照れてしまう。
自分の努力を他人に。それも自分が目標としている人物に賞賛されると報われた気持ちになる。
そして、また頑張ろうと明日も鍛練を積む。
「ですので、今日からは私も一つ段階を上げようと思います」
「……っ!」
だからこそ、目の前の圧倒的暴力に屈せずに戦えるのだ。
出来ることをして、対抗してみせろ。
今までの糧は必ず無駄にはならな――
「……は?」
思わず声が漏れ出てしまうのも仕方ないだろう。
対峙しているにもかかわらず俺は目をこすってしまった。
目の前に剣を構えたアリスが四人もいたから。
「オウガ様。軌道が読めない場合、防御に全集中なさってください」
今までの記号の読み合いが役に立たないと即座に理解した俺は最大出力で全身に魔力を流し込む。
「参ります――【
刹那、前後左右に飛んだアリスの刃が一斉に体に切りつけられた。
「さすがです、オウガ様。アレを全て受け切るとは……これでオウガ様の命を狩れる者はずいぶんと減ったことでしょう」
「ノックダウンされかけていたら意味がないだろう……」
「そんなことはありません。きちんと意識を保たれていたではありませんか」
実戦練習を終えた俺はアリスに怪我の手当をしてもらっていた。
肉体を強化し、切り傷を負うことはないとはいえダメージは確実に体に蓄積していく。
特にアリスの攻撃は受けるだけでも衝撃がとてつもない。
今日は最後の一撃をもろに受けてしまったので、体に青あざが出来ていた。
「少なくとも私は最後の一撃……オウガ様の意識を刈り取るつもりで技を放ちました。どのようにお受けに?」
「……【限界超越】の応用さ。全体ではなく一部に限定して魔力を流すことで、より強度を増したんだ」
これまでは鋼のような硬さだったが、それ以上の硬度を得られたと思う。通常時でさえフルパワーの魔力を使えば【超伝導雷魔砲】を防げるのだから、一部に集めれば当然か。
しかし、今のでわかったが一カ所に集中させるのはあまりよくないな。
ズキズキと腕が痛む理由はアリスの攻撃だけじゃない。体全体に流す普段の使い方とは違って、体への負担も大きくなるみたいだ。
その分、少量の魔力でもアリスの攻撃を防げるというメリットもあるが。
「それで両腕だけ【限界超越】をかけて、山勘で急所を守ったら当たったんだ。まぐれだろう。再現性がなければ成功とは言わん」
「さすがはオウガ様。いつまでも高い志を忘れぬ素敵な姿勢です」
……アリスは将来良い教育係になると思う。
自分の成果が褒められると、やはり嬉しい。
もっと頑張ろうと、努力を続けるモチベーションを与えてくれる。
「じゃあ、今度は俺からの質問だ。……最後の技、どういう仕組みなんだ?」
「【残影空々】ですか? 殺気と人間の恐怖への限界を利用したものです。」
「殺気?」
「はい。正確には殺気を当てて相手に幻覚を見させて正常な思考を奪う技です。人間は自分の命の危機を感じた際に、最悪のイメージを鮮明に描いてしまう。恐怖によって、そのイメージが具現化してしまうのです」
「……つまり、さっき俺が見た景色は」
「オウガ様の描いた最悪のイメージというわけです。実際に攻撃していたのは一人だけ……ちなみにどのような光景が?」
「……アリスが四人同時に攻撃を仕掛けてきた」
「私は五人ほど見せるつもりでした。つまり、一人分だけオウガ様は私の予想を超えて強くなっている。ずいぶんと成長されました」
「その割には本物一人にもあまり勝てていないが」
「オウガ様の剣として私もまだまだ追い抜かれては困りますから」
つまり、先ほどの【残影空々】で俺に向けた殺気は本気ではなかったということだ。
もし彼女が本気で俺を殺すつもりだったなら、きっとアリスは四人どころかもっと増えていたと断言できる。
手加減された殺気にあてられて生まれたイメージだったから四人まで相手できると判断した。
「……世界は広いな」
「オウガ様はその広い世界を手中に収める方だと私は信じております」
「……クックック。嬉しいことを言ってくれる。お前には俺がそんな器の男に映ったか、アリス」
「出会ったあの日から、ずっと。……オウガ様が私を信じてくださっているのも、私の振るう剣にこれまでの軌跡を見たからだと考えています」
……確かに。最初こそ実績と置かれている立場から考えて彼女を選んだ。
しかし、それ以降は別だ。直に見たアリスの実力と、その剣のすごさを身をもって知ったからこそ彼女を信頼している。
「……そういうお前もあの日から一度も疑いを持たずに俺を信じてくれていると思うが?」
「まさしく同じなのです。毎日特訓をするたびにオウガ様の拳の努力の跡を、信念の強さを。そして、込められた想いを私は心に刻まれています。だからこそ、オウガ様ならば世界を救えるのだと大きな声で言えるのです」
……その信頼があるからこそ、俺もこんなに辛い鍛練を頑張れているのかもしれない。
裏切りたくない。
腹の底のどこかで、そんな気持ちがやる気を湧かしているのだろう。
……滑稽だな。悪に染まったつもりが、人の性根というのはそう簡単に治らないらしい。
「オウガ様が育つ過程をそばで見させていただく。これ以上にない幸せな経験をさせていただいております」
「……ならば、アリス。最後までそばで見届けろ。お前の信じた男がどこまで至るのかを」
「はい、必ずや。約束いたします」
……フッ、彼女の迷いない返事は気持ちがいいな。
「今日の朝食後、レイナと共にフローネについて父上と会議の予定がある。マシロとカレンがさみしい思いをしないように付き添ってやってくれ」
「かしこまりました」
文句の一つも言わず、俺の忠臣は頭を垂れた。
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