魔法少女、はじめます。ーユメクイと甘くない私の使い魔ー

夏生ゆう

学校の王子様

 この本をお読みの貴方にトクベツに、魔法を使うコツを教えます。


 もし貴方がおまじないをしたいなら、満月の夜がいいでしょう。

 満月の晩は、月の魔力が強くなる。

 貴方が満月の夜におまじないをしたならば、きっと月が魔力を貸して、貴方の願いを叶えてくれることでしょう。


『どうかお願い。この願いを叶えてください』

 

 今夜もまた、誰かの願いの声が響いています。

 みんなには、絶対秘密の願いごと。

 貴方も、一度くらいはやったことがあるでしょう?

 だっておまじないは、強くなるための魔法なのですから――……。



★☆★☆★



 月曜日の朝はゆううつだ。

 だって今日も明日も学校に行って、勉強をしなきゃならない。


「朝早起きするためのおまじないは、夜寝る前に『私は何時に起きる!』って、三回声に出すこと。これでちゃんと、その時間に起きられるんだよ!」


 だから月曜日、一人で起きる方法をクラスメイトの真衣ちゃんに聞いてみたら、何故かおまじないを教えられた私は、反応に困ってしまった。


「声に出すだけなんて……それだけで、本当に起きられるの?」

「うん。起きられるよ! だから今日の夜、絶対試してみてね!」

 苦笑いする私に、真衣ちゃんは自信満々に言うとにっこりと笑った。


 私――朝霧ひなは、花咲小学校の四年生だ。

 私たちのまわりには、たくさんの『おまじない』が存在する。

 たとえば、消しゴムに好きな人の名前を書いて、誰にも見られずに使い切ったら恋が叶う、とか。

 裏山のおばけ桜の下でキスをしたら、二人は永遠に結ばれる、とか。


 でも私は、『おまじない』を信じてはいない。

 だってもし同じおまじないをして恋が叶ってしまったら、好きな人が沢山の女の子と付き合うことになってしまうから。


 ――私は、おまじないなんて信じない。


 私が、心の中で言葉を繰り返して窓の外を眺めると、白い鳥が一斉に中庭に降りていくのが見えた。


 ばささささっ!!


 鳥たちは、中庭にいた少年へと集まっていく。

 雪のような銀色の髪の毛に、海の宝石アクアマリンのような青の瞳。

 葵くんが動物と触れ合う姿は、まるでおとぎ話から出てきた王子様みたいに綺麗だった。


「葵! 中庭に鳥を集めるなとあれほど!!!」


 鳥に囲まれた葵くんに、ジャージを着た先生が鼻息を荒く駆け寄る。


「すいません……」

 葵くんは沈黙ののち、手に持っていたパンを先生に差し出した。


「………葵? 鳥に与えていたパンを俺に差し出すな……?」


 頭を抱えたまま怒りに震える先生を前に、葵くんは何も分かっていなそうな表情をして、こてんと首を傾げた。

 葵くんは相変わらず天然というか、やっぱりちょっと変わっている。


 葵くん――こと、白瀬葵くんは小学五年生で、私の一つ上の上級生だ。


 私が葵くんに出会ったのは、この学校に転校してからすぐのこと。

 両親の仕事で引っ越してきた私は、転校してすぐ怪我をしてしまい、保健室に行こうとして校舎で迷子になってしまった。

 困っていた私に、道案内をしてくれたのが葵くんだった。


 涙目でうつむいていた私に、葵くんは不思議そうな顔をして声をかけてくれた。

 天使様に出会ってしまった!

私はその時驚いてしまって、すぐに返事ができなかった。


 そして葵くんは、馬鹿みたいに目をパチパチさせて、何も喋れずにいた私の怪我に気付くと、手を引いて保健室まで連れて行ってくれたのだ。


 あの日は私たちのために、みんなが道を開けてくれた。

 葵くんに手を握られて廊下を歩いているとき――私はまるで、物語の主人公にでもなってしまったみたいな気分だった。

 それ以来、特に話したことはないけれど……。

その出来事は、私にとって宝物のような思い出なのだ。


「葵様だ! かっこいい〜!」

「ちょっと抜けてるところあるけど、そういうところも素敵だよね!」


 私が思い出にふけっていると、隣のクラスの女の子たちの声が聞こえてきた。

 この学校で男の子はみんな「くん」付けで呼ばれているけれど、葵くんだけは、女の子達から「様」付けで呼ばれている。


 葵くんは、この学校の『王子様』なのだ。

 私なんかに手の届く人じゃない。

 そうは思いながらも、私がこっそり眺めていると、先生の怒鳴り声のせいで鳥が空に飛び立つのが見えた。

 葵くんの澄んだ空みたいな青の瞳が、私たちが居る窓の方へと向けられる。


「……あ」


 その時、きらりと光る宝石みたいな瞳が私を映したような気がして、私は勢いよくしゃがみこんだ。


 ――嘘。もしかして今、目があった?


 そんなはずはない、と思う。

 けれど葵くんの瞳に、一瞬でも私が映ったかと思うと、私は胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。

 顔が熱い。心臓が、バクバクと音を立てる。

 そんな私を見て、真衣ちゃんがにっこり笑って言った。


「おやおや? もしかして、恋の悩みもお抱えかな?  なら私が、その恋叶えてあげる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る