第18話 『一蓮托生』の裏話 その6 京極隆の設定など

 かつらが恋する青年、京極きょうごくたかし。彼の設定は『令和2年、それぞれの秋』に書いたものしかなかったので、『一蓮托生』では一からの設定となった。

 元軍人で捕虜収容所帰りという設定から年齢は1922年(大正11年)生まれの25歳とした。かつらの兄、羊太郎ようたろうより二歳上である。羊太郎のイメージをかつらがダブらせることから長身にした。


 『一蓮托生』本編では、隆の両親は関東大震災後上京したと語られたので、隆が生まれたのは東京以外の土地だったことになる。弟のやすしは東京生まれだ。靖の設定は康史郎こうしろうに弟を思い出す隆を描きたくて追加したが、名前は「たかし」と対比させた洒落である。彼がどこかで生き残っているかどうかもかなり悩んだが、今のところ東京大空襲で親子3人は行方不明、推定死亡扱いとなっている。


 隆の職業は印刷工だが、横澤よこざわ家を直す等、手先の器用さを生かす職業にしたかったからだ。隆の卒業した「蔵前くらまえの工業高校」のモデルである「東京都立蔵前工業高等学校」もうまや橋近くにあり、両国りょうごくでかつらと出会うシーンに説得力を持たせることが出来た。


東京都立蔵前工業高等学校

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E7%AB%8B%E8%94%B5%E5%89%8D%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1


 この工業高校出身という設定から隆の軍隊での階級も工兵となった。眼鏡をかけているので最前線の仕事はしにくかったかもしれない。

 捕虜になった場所をどうするかも悩んが、廣本ひろもと伍長とのエピソードを作るため、南洋に出征したことになった。島の場所について細かく設定しなかったのは、元ネタのない架空のエピソードだからだ。しかし、南洋の戦況悪化時に上官から玉砕を命じられた部隊のエピソードは兵士の回想録等で残されている。


 隆の住んでいる『墨田川館すみだがわかん』はアパートと言うよりドヤ街の簡易旅館をイメージしている。当時の東京は住宅難で、狭い部屋に家族や親戚が肩を寄せ合って暮らしていた。帰国した隆もなんとか眠る場所を確保できて安心しただろう。


 隆の服装は作業服と軍服を着回している設定だ。サラリーマンではないので背広は持っていない。軍服については南洋から復員したこともあり、防暑衣ぼうしょいという南方向けの軍服を着ていた。冬はコートや冬用の肌着を着てしのいでいたと思われる。

 軍服の仕様についてはレプリカを販売している店舗や、当時の軍服をコレクションしている人のサイトが大いに役に立った。康史郎が羊太郎のズボンをはくシーン等にも生かされている。


日本陸軍 防暑衣 (実物)│ナナシノミコト

https://nanashinomikoto.com/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e9%99%b8%e8%bb%8d-%e9%98%b2%e6%9a%91%e8%a1%a3-%e5%ae%9f%e7%89%a9


ミリタリーショップ 中田商店 日本陸軍 軍服 軍装 装備

https://www.nakatashoten.com/contents-japanriku03.html


 隆は喫煙者だが、たばこの銘柄は設定していなかった。当時の大衆向けたばこの代表「ゴールデンバット」などを吸っていたのだろう。山本やまもと隼二しゅんじにたばこを勧められるシーンがあるが、彼はちょっと高めの「ピース」が似合いそうである。

 現在とは違い、たばこは嗜好品として市民権を得ており、『一蓮托生』でもあえて喫煙シーンを描写した。かつらが隆とたばこを口実にしてキスシーンに繋がるのは、そういった面も含めて隆を受け入れたいというかつらの気持ちを伝えたかったからである。

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