第7話 アルバース邸の朝

 ポールに案内された部屋は驚くほど広かったが、統一感のある落ち着いたインテリアのおかげで居心地は良さそうだった。


「ここがナタリア様のお部屋です。どうぞごゆっくりお過ごしください」


 一礼して去っていくポールを見送ってからソファに腰かけると、気が抜けたのか疲れがどっと押し寄せてきた。


(今日は色々なことがありすぎたわ。クロード様が私を選んだ理由……気になるけれど、今はそれより休みたい)


 ナタリアは気力を振り絞って寝る準備を済ますと、気を失うようにベッドで眠りについた。




 

 ナタリアが目を覚ましたのは、日が高くなってからだった。


(完全に寝坊だわ! もう朝食の時間を過ぎているのではないかしら?)


 慌てて着替えて廊下に出ると、通りかかった侍女がナタリアに近づいてきた。


「おはようございます、ナタリア様。お食事の支度が整っておりますよ」


「おはようございます。申し訳ありません、寝過ごしてしまって……」


「謝らないでください。ゆっくり休まれたようで安心しました」


 にこやかに答える侍女に案内されてダイニングルームに入ると、一人分の食事が用意されていた。


「あの、クロード様は?」


「クロード様は既に食事を終えられて出かけています。昼前には戻ると思いますので、昼食はご一緒に食べられますよ」


「そ、そうですか……」

 

(クロード様を待ち望んでるみたいに思われてるのね。確かにこんなにも広い部屋で一人で食べるのは寂しいけれど……)


 ナタリアはぼんやりと考え事をしながら食事を口に運ぶと、あまりの美味しさに目を丸くした。


「美味しいっ……!」


 おもわず声が出てしまい、慌てて口を抑えた。


(危ない……誰かにこんな独り言を聞かれたらはしたないわ)


 一口ごとに美味しさをひっそりと噛み締めながら食事をしていると、廊下のほうが騒がしくなっていることに気がついた。


(何かしら……)


 ナタリアは急いで食べ終えると、扉を開けて廊下を覗き見た。


「ナタリアは私達の娘よ! 結婚前に籍を移すなんて聞いてないわ!」


「そうよ! お姉様はグラミリアン家の一員なのよ? いくら婚約者だからって勝手なことしないでちょうだい!」


(お義母様とエマ……!? 一体何をしに来たの?)

 

 玄関ホールで義母とエマがクロードに大声で喚いていたのだ。


「クロード様! 一体何があったのです?」


 ナタリアが慌てて三人のそばに駆け寄ると、クロードが少し驚いた顔をした。


「ナタリア……騒がしくしてすまない。君には全て終わってから話そうと思ったんだが……」


 クロードが言い淀んでいると、義母が口を挟んだ。


「あなたを養子に出すと言われたのよ! それもあのヴィルト男爵家よ!」


「ヴィルト男爵家……お祖父様の養子?」


 ヴィルト男爵家はナタリアの母親の実家だ。ナタリアの祖母は既に亡くなっているため、今は祖父だけがヴィルトの姓を名乗っている。


「ナタリアはグラミリアン家からクロード様に嫁ぐのよ。そうでなきゃ意味がないじゃない!」


「そうよ! なんのためにお姉様がお嫁に行くことになったと思ってるのよ!」


 ナタリアが黙っていると、義母とエマは好き勝手言い始めた。


 クロードはその様子を眺めていたが、しばらくすると口を開いた。


「先程からお二人は何を言っているのですか?」

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