第6話 彼の気持ち

 予想とは違う優しい声に思わず顔をあげると、真剣な目をしたクロードが真っ直ぐこちらを見つめていた。


「辛いことを話させてすまない。けれど、もう心配する必要はない。向こうの家と縁を切ろう。この家の一員になるのだから問題はない」


「縁を切る?そんなことが可能なのでしょうか……」


「大丈夫だ、手続きをしておく」


 クロードはナタリアを安心させるようにはっきりと頷いた。そして、すぐに執事を呼びつけて手続きするように指示をした。


「今日はもう疲れただろうから、今後のことは明日以降に話そう。僕はまだ仕事があるから失礼するよ。何かあったら彼に声をかけて。執事長のポールだ」


「ポールと申します。よろしくお願いいたします。ナタリア様」


 深々とお辞儀をしたポールは、先程真っ先に荷物を運んでくれた執事だ。やはり執事長だったようだ。


(もう少しクロード様とお話したかったわ。聞きたいこともあったのに……)


 ポールに挨拶をしつつ退室していくクロードを目で追っていると、目の前にティーカップが差し出された。


「何かご不明なことがあれば、何なりとお聞きくださいね」


 柔らかく微笑むポールは、ナタリアの心を見透かしているようだった。


「どうしてクロード様は……急に結婚相手をお探しになったのでしょうか?」


 少し踏み込んだ質問だったにも関わらず、ポールは柔らかい表情を変えることなく口を開いた。


「来月、東の国との交渉を任されることになったためです。あちらの国は結婚していないと一人前とはみなされません。ですからクロード様は交渉役を辞退しようとしたのですが……」


 言葉を濁すポールの様子を見るに、辞退出来なかったのだろう。おそらくクロードの結婚を促したいという国王の思惑が働いたのだ。


 貴族である以上、東の国との交渉以外にも結婚している方が円滑に進むことは多い。


「それで急いでお探しになっていたのですね。……ですが、私のような者が結婚相手ではクロード様の評判に悪影響ではないでしょうか? 私は社交界での交流もなく、人脈もないですし」


 ナタリアの声はだんだんと小さくなり、最後には消え入りそうだった。ポールと話しているうちに、ナタリアは自分が情けなくなっていたからだ。


 クロードが噂通りの冷血な婚約者だったら、こんな気持ちにはならなかっただろう。だが実際は非常に優しい人だったのだ。


(私は自分が家を出ることだけを考えてきたのに、クロード様は私のことを気遣ってくれた。私が彼にしてあげられることは何もないのに。私って本当に価値のない存在ね……)


 ナタリアが黙り込んでしまうと、ポールは真剣な眼差しでナタリアを見た。


「……確かにクロード様は早急に婚約相手を探しておいででした。しかし誰でも良いと考えていた訳ではありませんよ。どんな理由でナタリア様をお選びになったかは、私には分かりません。ですが、ナタリア様は望まれてここにいるのです。それだけは心に留めておいてくださいませ」


(私はクロード様に望まれているの? 今日初めて会ったばかりなのに?)


 ポールが嘘をついているようには見えなかったが、にわかには信じがたかった。


「出過ぎたことを言いました。……さて、そろそろナタリア様のお部屋にご案内いたします」


 ポールは雰囲気を変えるようにぱんっと手を合わせると、再びにこやかな笑顔でナタリアを部屋まで案内した。


 どうやら先程までの雑談は、部屋を準備するための時間を確保するものだったようだ。本当にスマートな人だとナタリアは感心した。

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