第4話 クロード・アルバース

 翌日、ナタリアは大きめのカバンを一つだけを手に持ち、アルバース邸の門を叩いた。


(本当に最低限の荷物も揃えられなかったわ……。衣服が数枚と、日用品が少し。あと、本が数冊だけ。旅行に行く人だって、もう少し荷物を持っているでしょうに)


 昨晩ナタリアが荷造りをしていると、エマがちょっかいをかけてきて、高価な服やアクセサリーを根こそぎ持って行ってしまったのだ。


「お姉様にはこんなもの必要ないでしょう? これから『あの』クロード・アルバース様に嫁ぐのですもの。こんな安物ではなくて、もっと高価な物を買っていただけるわ。だから、これは私が貰ってあげます」


 抵抗しようにも両親ともにエマの味方なのだから、諦めて全て渡してしまったのだ。


 ナタリアは度々エマに自分のものを奪われていたので、もう慣れてしまっていた。


(元々そんなに高価な物もなかったけれど、これでは平民と変わらないわ。クロード様は、こんな私と本当に結婚してくださるのかしら)


 万が一、追い返されたときの想像をしてナタリアはため息をついた。


 気持ちを切り替えようと周囲を見渡すと、丁寧に整えられた庭や、その奥の大きな屋敷が目に映った。


(立派なお屋敷ね。我が家の二倍はありそうな広さだわ。同じ伯爵家なのに、こんなにも違うものなのね……まあ、我が家は貴族の中でも貧しい方だから、比べるのも失礼かしら)


 ナタリアがぼんやりと屋敷を眺めていると、ぞろぞろと使用人らしき人達が出迎えてくれた。


「ようこそ、ナタリア様。お待ちしておりました。お荷物を……」


「ナタリア・グラミリアンです。よろしくお願いいたします。あ、荷物はこれだけです」


 カバンをひょいと持ち上げてみせると、使用人たちは少し困惑していた。嫁入りに来た伯爵令嬢の荷物がカバン一つしかないなど、通常ではあり得ないからだろう。


「……左様でございますか。ではお荷物をお預かりします。さあ、こちらにどうぞ」


 動揺をほとんど見せずに丁寧に対応してくれた使用人は、おそらく執事長だろう。まだ若そうだが、毅然とした佇まいの人物だ。貴族の品格は使用人にも表れるのだとナタリアは関心した。


(私が使用人の真似事をしていたグラミリアン家は、品格も残念ってことね)


 広い応接室に通されソファに腰掛けると、長旅の疲れがどっと押し寄せてきた。柔らかいソファの座り心地が、ナタリアの眠気誘う。


(こんなにも質の良いソファに座るのは、久しぶりだわ。あぁ……眠ってしまいそう)


 しばらくナタリアが一人で待っていると、コツコツと足音が近づいてきた。そして応接室の扉が開かれた。


(クロード様かしら? お会いするのは初めてだから緊張する……。どうにかして結婚してもらわないと! グラミリアン家にはもう戻りたくないもの)


 眠気を追いやりながら気合を入れて振り返ると、そこには精悍な顔立ちをした青年が立っていた。


「クロード・アルバースだ」

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