第36話 英霊祭

「アニキ!おそこのフワフワしたのが食べたいでやんす!」


「綿あめか。ほら、金やるから買ってこい」


「アニキと一緒に食べたいでやんす!」


「ちっ!めんどくせーな」


そう言ってゲイルは2人分の金を渡す。


「アニキ大好きでやんす!」


嬉しそうにサスケは駆けだして行く。


ゲイルとサスケも二人で夏祭りに来ていた。





この夏祭りは正式には『英霊祭』と呼ぶ。今は亡き過去の勇者たちが年に一度、イームスの王都に帰ってくる日と言われている。


祭りを見渡せる高台。そこには学園長の招待席があった。


学園長の横にはロイドが座っていた。というか呼ばれていた。


「今回はよくやってくれた」


「俺一人じゃ無理だった」


「そうか」


「勇者は守り合う。勇者は一人じゃない」


ロイドは優しい顔で持っていた酒を飲み干す。


「最強の勇者になるんじゃなかったのか?」


「もちろんなるさ。俺の夢だ。だが最強だけじゃ守れない」


「なるほどなるほど」


ニヤニヤしながらヴァンクレストがロイドの顔を覗き込んでくる。


「なんだよ?」


「なんでもないわい!」


ヴァンクレストは嬉しそうにロイドの肩を抱く。


「、、、そうかよ」


照れくさそうにロイドが答える。


「ちゃんと勇者になれたんじゃな」


「まだ途中だよ」


「そうか、、、。そうかそうか!ははは!いい日だ!飲め飲め!」


急に陽気になったヴァンクレストはロイドのグラスに酒を注ぎ込む。


「いきなりなんだよ!」


「儂の勇者を思い出してな」





「アニキ!これは何なんでやんすか?」


「今日は一年で一番月が近づく。強い月の光は普段は見えないものも照らすんだよ」


そこら中に光の粒が浮かび上がり、幻想的で美しい光景を生み出す。


この光の粒は空気中に漂うマナなのか、オドなのか、精霊なのかわかってはいないが、この日だけ見られるこの光景を英霊たちだと人々は考えた。これが英霊祭の成り立ちである。


「アニキ!とっても綺麗でやんす!」


「そうか」


「でもアニキは光にならないで欲しいでやんす」


サスケは俯きながらゲイルの袖を掴む。


「俺が光なんかになるかよ。俺は炎だ」


「そ、そうだったでやんす!」


サスケは不安を打ち消すようにゲイルに思いっきり抱きつく。


「ちっ!」


嫌そうな顔をしながらもゲイルはサスケに何も言わず、抱きつかれたままでいた。





「みんなありがとう!あともう少しだった!でも泣いちゃだめよ!来年こそは優勝を勝ち取るんだから!」


画風が変わってスポ根少女漫画のようになったニニカが最高のパフォーマンスをしたメンバーたちを労う。ちなみに泣いていたのはニニカだけだ。


「皆ありがとう。わしの人生にこんな友達との思い出ができるとは。感謝する。この思い出を生涯大事にしていく」


そう言ってジロウは頭を下げる。


「なに言ってるんだよ、ジロウちゃん!もう来年の大会へ向けての戦いは始まっているのだよ!」


ニニカはまだ熱かった。ウザかった。


「ジロウ、あなたの自由はロイドが勝ち取ったんだから、これからもずっと私たちは一緒よ」


「ジロウちゃん!いつでもウチに遊びに来てね!」


「、、、そ、そうか。そうなるのか」


ジロウの目から涙が零れ落ちる。


「ジロウちゃん!次こそ勝とうね!」


「いや、ニニカ、わしの涙はお主の暑苦しくてウザいのとは違う」


「違うの!?てか暑苦しくてウザい!?ガーン!!!」


「これからも友達と一緒にいられる未来が今のわしにはあるのかと思うと、どうしても涙が止まってくれないのだ」


泣きじゃくるジロウをニニカは優しく抱きしめる。


「これからはこういった当たり前が続いていくんだよ」


そう言ったニニカの顔はどこか寂しげだった。





祭りを精一杯楽しんだ面々は各々帰路についた。


「待ち伏せかい?」


家に向かって歩いていたニニカの前にロイドが立っていた。


「うーん、そうなるか」


ロイドは酒瓶を煽る。


「何か用があったのかい?」


「、、、一つだけ言いたくてな」


「なんだい?」


酒瓶に残った酒を飲み干してロイドはニニカを真っすぐ見る。


「こういった当たり前はお前にも続いていくんだからな」


「え?」


「さっき他人事みたいにジロウに言ってたから、念を押してやろうと思ってな。じゃあ言いたいこと言ったから帰るわ」


「ちょっと待ってよ!」


言うだけ言って帰ろうとしたロイドをニニカは呼び止める。


「なんだ?」


「、、、きっとそればっかりは無理だよ」


無理やり作った笑顔でニニカは答える。だがそれをロイドは鼻で笑って見せる。


「はっ!くだらないな。そもそもお前らが俺から『無理』を奪い取ったんだ。今更遅い。じゃあな、おやすみ」


ロイドは背を向けたまま手を振りながら帰って行く。


「、、、いつだって君はボクにボクを諦めさせてはくれないんだね」


ニニカはロイドの後ろ姿を眺めながら呟く。





「所長!被験体215号がいなくなりました!」


「何をやってるんだ!アレは人の目に触れさせてはいけない!さっさと見つけろ!そして見つけ次第殺せ!脱走の意思がある物なんてバグでしかない!」


所長であるルスタ・オスレは大声を上げる。それもそのはず彼がというかこの研究所が任されている研究は絶対に知られてはいけないものだ。王にさえも詳細は隠されている。この研究所を運営しているのは王の弟であるベンズ・イームス公爵だ。


深夜で王都が眠りにつこうとしているころ、イームス王都の外れに隠されている研究所では騒がしく動き出していた。





「お兄ちゃんもうそろそろ帰った方がいいんじゃないのかい?」


その頃ロイドは酒場で飲み潰れていた。


「マスター、聞いてくれよ。酔った勢いでとんでもなくカッコつけたこと言っちまったんだよ。今日の記憶を俺は失いたい。金ならあるんだ、じゃんじゃん酒くれ!」


「わかったけど閉店までには帰ってくれよ?」


ロイドはニニカに言った言葉と最後の去り際が恥ずかしくなってきて、急遽遅くまでやっているバーに入り、記憶を消そうとしていた。


空が白みだしたころロイドは酒場から追い出される。閉店時間から2時間もダラダラ粘ったんだから当たり前の結果だ。これが勇者だとは誰も思わないだろう。


「クソ!こんなに飲んだのにあの恥ずかしい記憶はしっかりある。こびり付いてやがる」


フラフラしながらロイドが歩いていると目の前から一人の少女が走ってくる。そしてその少女は何人かの男に追われていた。


目が半分ぐらいしか開いてないロイドだったがさらに目を細めて目の前の少女を見る。


「ん?ニニカ?」


ニニカと同じ紫の髪の色をした耳の長い少女。だがニニカよりもずいぶん若く5,6歳の幼女であった。


「、、、少し違うか」


「はぁはぁはぁ!」


「待て!被験体215号!!!」


必死に逃げる少女と必死に捕まえようとする男たち。


「、、、ふぅ、とりあえずどっちが正しいかはわからないが、ガキの方を助けとくか。勇者だし。ニニカ似でもあるし」


ドス


ドス


ドス


酔っぱらっていたロイドは何となくの感じで男たちを殴って気絶させ、ニニカ似の少女を守る。


「サンキューブラザーと感謝の意を表明します」


自分を助けてくれたロイドに少女は淡々と礼を言う。


「ああ、いいよ。なんか酔った勢いで適当にやっただけだから。明日には忘れてる。じゃあ気を付けて帰れよ」


そのまま帰ろうとするロイドの袖を少女が掴む。


「どう考えてもここは保護するところだろーがと進言します」


「礼儀正しいのかどうかわからねぇ奴だな。まあいいや。来るならついて来いよ。俺はもう一刻も早く寝たいんだよ」


こうしてロイドはニニカに似た少女を家に連れて帰るのであった。

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