第18話 英雄の帰還

丸一日過ぎたころ、ミユキが目を覚ます。


「え?」


起きてすぐ目に飛び込んできた景色にミユキは言葉を失う。


魔物の死体が山のように積まれていたのだ。


そしてすぐに気が付く。その死体の山の前で血塗れのまま立ち尽くしている男に。


「ロイド!」


焦ってミユキはロイドの元に駆け寄る。ロイドは虫の息で立ち尽くしていた。自分の血と返り血で何よりも紅かった。


「気を失ってる。ニニカ!ニニカ!」


焦ってミユキはニニカを起こしに行く。


「ん?なに?ミユキちゃん。むにゃむにゃ」


「いいから起きて!早く起きて!ロイドが大変なの!」


「え?ロイド君が?」


目をこすりながらゆっくりと起き上がったニニカだったが、ミユキの顔を見て一瞬で事の重大さに気付く。あの凛としたミユキが涙を目にためながら縋るような顔でこちらを見ていたのだ。


「ロイド君はどこ!?」


「こっちよ!」


ミユキはニニカをロイドの元へと連れていく。そしてニニカは絶句する。


「そんな、、、」


「どう?治せそう?ねぇ、ニニカ!」


ミユキがニニカの肩を掴む。


「生きてるのが不思議なぐらいの傷だよ。全力を出すけど五分五分だと思う。覚悟はしておいて」


「そんな」


ミユキの顔が更に青ざめる。


「あとボクはさっき結構魔力を使ってしまったから、魔力を分けてほしい」


「もちろん!全部持っていって!」


ミユキはその場で全魔力をにニニカへと渡す。


「はぁはぁはぁ、どう?」


「まだ足りない。ミユキちゃん他にも誰か起こしてきて!」


「わかった。今全員起こしてくるわ!」


「お願い。じゃあ始めるよ」


―闇魔法 冥界からの追放―


ニニカは目を閉じて集中しだす。


「皆起きて!」


ミユキは必死に生徒会の人間たちを起こそうとするが誰も目を覚まさない。


「お願い起きて!ロイドが大変なの!お願い誰か起きて!」


誰も目を覚まさない。それでもミユキは叫び続ける。喉を潰しながら。


「お願い!このままじゃロイドが死んじゃう!」


この声に応えた男がいた。


「今なんて言った?よく聞こえなかった」


ゲイル・リチャードだ。彼は一番重傷だったがミユキの声に反応して目を覚ました。


「ゲイル!助けて!ロイドが死にそうなの!」


「ロイドが!?」


傷だらけの身体を無理やり起こしてゲイルは立ち上がる。


「ミユキ、俺を早くロイドのところまで連れていけ」


「わかった」


一人では歩くこともままならないゲイルはミユキの肩を借りる。


ロイドの前ではニニカが辛そうな顔をしながら魔法をかけ続けていた。


「チ、いや、ニニカ。俺は何をしたらいい?どうしたらロイドを助けられる」


「はは、やっと名前で呼んでくれたね。ボクに魔力をちょうだい。出来るだけ多く」


「全部くれてやるよ」


ゲイルは迷うことなく全魔力をニニカに流し込む。


「ありがとうね」


「はぁはぁはぁ、これでロイドは助かるのか?」


「正直まだわからない」


ニニカは険しい顔でそう言った。


「くそっ!」


悔しがるゲイルだが、辺りの違和感に気付く。見渡すとおびただしい数の魔物の死体が積まれた山がいくつもあった。


「おい、ミユキこれはどういうことだ?」


「私もニニカも倒れてたから何が起こったのかはわからないけど、きっと再び召喚された魔物たちをロイドが一人で退治したんだと思う。命がけで」


「くそがぁ!」


ゲイルは自分の拳を思いっきり地面に叩きつける。


「何をやってるんだ俺は!あいつの横で戦うためにやってきたんだろ!何を守られちまってんだよ!」


ゲイルはさっきロイドと一緒に戦うことができたことに満足感を覚えていた。しかし終わってみればまたロイドにすべて任せてしまった。それが何よりも悔しくて、情けなかった。


「ロイド君、絶対に死んじゃだめだよ!それだけは絶対に許さないから」


ニニカは必死に回復魔法をかける。だがミユキとゲイルの魔力を貰ってもロイドを回復できる気がしなかった。


「大丈夫。ボクがなんとかする」


突如ニニカの魔法は勢いを増し、ニニカが鼻血を流す。


「ニニカ何をやってるの?」


「魔力はもうない。だから生命力を魔力に変換してる」


「そんなことしたら!」


「うん、生命力が底をついたら死んじゃうね。だからこれはボクとロイド君の勝負なんだよ。ボクが死ぬのが先かロイド君が生き残るのが先かのね!」


「おい、ニニカ。生命力もお前に渡せるのか?」


ゲイルがボロボロの身体を引きずりながらニニカに聞く。


「出来るけど、君だって命の危険があるよ?」


「知るかよ、こいつがいないと生きてる意味なんてねーんだよ。ほら、好きなだけ持っていけ」


「ニニカ!私の生命力も使って!私もゲイルと同じだから」


「ありがと。全くロイド君は幸せ者だね。だから絶対死んじゃダメなんだよ?」


ニニカはロイドに話しかけながら自分とゲイル、ミユキ、3人分の生命力さえもロイドに流し込んでいく。




真っ白な世界。いや、時々真っ黒にもなる世界。世界のように見えない世界。生命を感じない世界。眩しすぎる世界。何も見えない漆黒の世界。etc.


まあそのうちのどれか。それかこの中にはないどこか。


とにかくそんなところに俺はいた。


―おい、小僧―


―ん?ってお前は!―


何もなかったはずの世界に突如巨大なサイが現れる。見慣れたサイだ。というかちょっと前まで一緒にいた。


―儂の名はベヒモス。さっきお前が殺した魔物だ―


―恨みでも晴らしに来たのか?―


―逆だ。礼を言おうと思ってな―


―礼?―


―儂はネロという小僧に調伏され使い魔にされてしまった。だがお前に殺されたことで奴との隷属関係はリセットされた。ありがとう―


―殺してくれてありがとうと言われてもな―


―気にするな。儂は神獣だ。殺されたぐらいで死にはしない。しばらく眠りにつけばそのうち復活する―


―めちゃくちゃだな。神獣―


―だがその前にお前に礼を渡しておこうと思ってな―


―何かくれるのか?―


―お前は今のままじゃ死ぬからな。儂に僅かに残った生命エネルギーを全部お前にやろう―


―いいのか?―


―ああ。復活が数百年遅れるぐらいだ。大したことではない―


―さすが神獣。大したことねーんだ―


―受け取るか?―


―ああ、貰うよ―


―では戦え、若き勇者よ。また会おう―


―わかった。ただまた会うのは無理かな―


―どうしてだ?―


―どうしてってあんたが復活するの数百年後なんだろ。さすがに寿命が尽きてるよ―


―そうだった、我らと違い人間とは廻る者だったな。では貴様の生まれ変わりに会うとしよう。ではさらばだ―


―え?生まれ変わり?てか言いたいことだけ言ってどっかいきやがった。これだからじじいは。・・・ありがとよ―





「はぁはぁはぁ」


ニニカは全力を出し切って倒れそうになっていた。


「どうなの!?ニニカ!」


「ごめん、ボクの魔法じゃダメだった」


力を使い果たしたニニカの前には心臓が動きを止め、死体となったロイドが横たわっていた。


「ごめん。ごめんなさい、ロイド君」


ニニカは泣き崩れる。


「そ、そんな」


「くそがぁ!!!」


三人が絶望したその瞬間。



ドン!



ロイドから金色の光が立ち昇る。


「な、なにこれ」


「ロイド?」


「どうなってる!」


光が収まるとロイドの頬に赤みがさす。


焦ってニニカはロイドの胸に耳を当てる。


「う、動いてる。ロイド君の心臓が動いてるよぁぁぁ!!!」


「え?」


「本当か!ニニカ!!!」


「うん、うん。なんでかわからないけどロイド君は生きてるよ!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でニニカは2人に振り返る。


「よ、よかった」


ミユキは安心してその場にへたり込む。


「ちっ!クソが!」


ゲイルはそう言ってそっぽを向くが、その言葉には嬉しさがにじみ出ていた。。





ロイドは学園の医務室で目を覚ました。


傍にはニニカとミユキ、そして壁際にゲイルがいた。


「ロイド!」


ロイドが目を覚ましたのを見てミツキがロイドに抱き着く。


「心配かけたな」


「死んだかと思った。怖かった!怖かったよぉ!!!」


ミユキはロイドの胸の中で泣きじゃくる。


「バカが!」


ゲイルはそう言い捨ててその場を去っていく。だがその顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。


そんななか一人だけ素直に喜べない者がいた。ニニカである。本来なら今すぐロイドに抱き着きたいところだ。だが自分の魔法はロイドを救えなかった。それは間違いない。ロイドが助かったのは何か別の力。


『君はボクが守るよ』


約束を守れなかった。


落ち込んでいるニニカにロイドが声をかける。


「ようニニカ、ありがとうな」


「違う。ボクの魔法では君を助けることはできなかった。ボクは約束を守れなかった」


「そうか。じゃあ次はちゃんと守ってくれよ」


そう言ってロイドはニニカの頭に手を置く。


「ボクは約束を守れなかったんだよ!?」


「だから次は守ればいいだろ。俺なんて約束を破ってばっかりだ」


「そうだよ、ニニカ。ロイドなんて私との約束破りまくってたんだから!」


「悪かったって」


「今度こそ守ってよ」


「ああ、絶対に守る」


ミユキは嬉しそうに笑う。


「あははは!そうかそうか。じゃあボクも次は絶対守ってみせるよ」


ニニカは泣きながら笑った。


「お帰りだね、ロイド君!」


「ああ、ただいまだ」

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