第3話 家族が笑ってる

 あたしは勉強机の前で、銅像みたいに固まっていた。

 ラジオではまだ、リノと“社長”“副社長”の二人が話している。


「ねえリノ、たぶん気のせいだと思うから、さ……ご家族の様子、ちょっと見てきたら? ……大丈夫だと思うよ?」


 “社長”もそう言いながら、自信なさげた。


「で、でも……ほんとに、ほんとにあの笑い声とわけのわからない言葉……ふつうじゃないんです。どう考えてもあれ、いつものうちの家のテンションじゃないです……」


「とは言っても、ご家族も、彼氏も一緒にヘンになるなんて、ありえないじゃない?」

 “副社長”も“社長”と調子をあわせてなんとか番組さえヘンな空気になってしまうことを避けようとしてるけど……やはり自信がなさそうだ。


「見に行くの、怖いんです……どう考えても、あれ、あたしの家族じゃないです……」

 リノの気持ちが、わかりすぎるくらいわかった。

 さっき聞こえてきた、



『ヤムヤムヨー!』



 という声……あれは確かに、中学3年生になるあたしの妹の声だ。

 でも、あれが妹の声だというのが信じられない。


 妹は大人しい子だ。

 あんなふうにヘンなテンションで叫ぶ子じゃない。


 それと同時に、あれはそら耳か聞き間違いなんじゃないか、という思いもある。

 そうであってほしい、という思いが強い。


 だから、だからこそあたしも……リノと同じように家族の様子を見に行けなかった。



「こうしたら……わかりますか? うちの家の様子……」


 と、リノがスマホをスピーカーモードにしたようだ。

 たぶん、部屋のドアの近くに移動したのだろう。



「聞こえますか……?」



 あたしはイヤフォンに指を当てて、耳を澄ませた。




“あっはははははははははっ…………ははははははっ……それ、それさっきのプノコヒーと同じじゃないか……はははははははははっ……はははは、ひー---っ!”


 男の人の声……たぶんリノのお父さんだろう。


“プノコヒーじゃないって、レーノク! きゃははははははっ! きゃー--はっははははっ、ははっ……ははっ……はははっ……”


 男の子の声……たぶんリノの弟だと思う。


“ふたりともっ……なんでそんなクノトンなの……そうよ、プノコヒーよっ……あはははははははっ……はー-っはははははっ……”


 女の人の声……これはリノのお母さんの声だろう。


 スマホのスピーカーごしだし、さらにラジオごしだし、はっきりと何を言ってるのかは聞こえない……というか、あたしにはそんなふうに聞こえた。



 あたしのウチは……?



 やはりまだ、リビングから笑い声が聞こえてくる。


 へんな言葉は……良かった。聞こえてこない。



 ただ、あたし以外の家族が盛り上がってるだけ?

 そうだといいのだけど……。



「たしかに……なんか、すごく盛り上がってるね……」




 いつものテンションを失った“社長”が言う。




「……それに、なに? “レーノク”とか“クロットン”とか……」


「ね、“社長”、“副社長”……ヘンでしょ? おかしいでしょ?」



 リノの声は悲痛だった。

 SNSで番組ハッシュタグを確認する。



『なんか社長、焦ってなかった?』

『あれ、リノの家もともとヤバいんじゃない?』

『放送事故ww』

『てかうちの家族もやたら笑ってる。洒落ならん…』

『クロットン?さっきオカンが言ってたけど?』

『レーノクって言った?おねーちゃん言ってた…』



 うそでしょ。


 じゃ、うちの家族も、妹の声も……気のせいじゃないってこと?



 その時だった。




 ドンドンドンドン!




 激しくドアを叩く音がした。



「ひっ!」


 椅子ごと自分の部屋のドアに向き直る。

 椅子の上で、あたしはぴんと背筋を伸ばしていた。


 両脚をそろえて前に突き出し、足の小指は丸まっている。




「開けて! 開けてリホちゃん! あ、あっははははっ! あはははっ! 開けてっ! 開けてったらっ! ……あーはっははははっ! ははっ! あははははっ!」



 しばらくして……それがあたしの家で起こっていることではなくて、イヤフォンから聞こえてくるリノの家での出来事だと気づいた。


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