第2話 パパも、ママも、弟も、彼氏もヘン

「ヘンって……どういうふうにヘンなの……?」


 と“副社長”。ちょっと、予想外の展開に困惑している様子だ。

 あたしも、なにか違和感を感じた……なんというか、切実な感じが。

 思わずイヤフォンを耳に詰め直す。


「ヘン、というのは家族……というのはパパとママと、弟なんですけど……それだけじゃなくて……その、彼氏もヘンなんです……」

「え? 彼氏も?」


 彼氏。リノには彼氏がいるのか。

 あたしはちょっとうらやましくなった。

 と同時に、変な反感をリノに抱いた。


「具体的にどうこう、ってわけじゃないんですけど……さっきからなにかおかしいんです……うまく伝えられるかどうかわかんないんですけど……」

「どんなとこが……おかしいと思ったの?」


 “社長”もリノの深刻な様子に、ちょっといつものノリを忘れている。


「なんか、ふつうは、うちの家……あんまり団らんとかない感じの家なんです……べつに仲が悪いとかそんなんじゃないんですけど……いちおう、晩ごはんは一緒に食べたりするんですけど……ご飯が終わったら、それぞれの部屋にこもるかんじで……」


 うちもそうだ。あたしには弟じゃなくて、妹がいる。

 彼氏はいない……好きな子はいるけど。

 まあ、それはそれでいい。


 で、どうヘンなのリノ?


「それが、どうヘンなの? いつからヘンなの?」


 確かになんか、わざとらしくもったいぶってたラザニアマンと、リノの調子は明らかに違う。「ホントにこの話をしていいの?」って気持ちが、遠慮がちなしゃべり方と、ひそひそ声から伝わってくる。


 この子、ほんとに何か怖がってる。

 あたしはリアルにそう感じた。


「いつからというと……この番組が始まったくらい、夜10時くらいからです……ふつうはうちの家、いつもその時間になると……パパもママも、弟もそれぞれの部屋にいるはずなんです……でも、なんかいま……リビングのほうから笑い声が聞こえてきて……」

「えっ……それが“ヘン”なの?」


 “社長”はそう言うが、あたしにはなにが“ヘン”なのかは理解できる。

 あたしだって、この時間でリビングから笑い声が聞こえてきたら“ヘン”だと思う。


「つまり、この時間に……家族がリビングで揃って笑ってる、ってこと? 平和な風景だと思うけど……」


 “副社長”もリノが感じている“ヘン”さを理解できていないようだ。


 SNSで番組ハッシュタグを確認してみた。


『それ、普通じゃね?どこがヘン?』

『わかる。それヘン』

『ラザニアマンに比べたら期待できそう』

『リノ、家族から仲間はずれ?』

『うちもそんな感じだけど…やっぱヘン?』

『てか、さっきからウチの家もそうなんだが』

『ふつうでしょ?なにこれ身の上相談?』


 などなど。


 どうなんだろ……あたしと同じように、リノに共感してる人もいるが、そうではない人もいる。家庭の雰囲気はそれぞれだから、仕方ないのかもしれないけど。


「それが……笑い方がヘンなんです……なんか、変なことも言ってって……“トットカ”とか“クラット”とか“ヤムヤムヨー”とかそんな、わけのわからないことばっかり言っては……ずーっと大爆笑してるんです……」


 しばらく、間があった。

 “社長”も“副社長”も、どう答えていいかわからないようだ


「え? ……なにそれ? ……ヤムヤムヨー?」

「聞き違いじゃなくって?」


 ふつうならあたしも“何それ?”って笑っちゃうところだけど、笑えなかった。 

 リノのしゃべり方が、とても真剣だったから。


 またハッシュタグを確認した。


『トットカって何wwwww』

『え…やばくね?』

『リノ家から逃げたほうがいい』

『家族やばい』

『ちょっと待って。さっきウチのリビングでもクラットとか言ってたんだけど』

『うちの家族も今リビングで笑ってるけど』


 などなど。


 えっ。


『ウチのリビングでもクラットとか言ってたんだけど』って。


 マジ? 番組の仕込み?

 イヤな予感がすると同時に……


「あはははははははははははっ!」


 うちのリビングから笑い声が聞こえてきた。


「ひっ……」


 あたしは思わず、椅子のうえで飛び上がる。

 ママとパパと、妹の笑い声だ。


 いや、別に……それ自体は異常でもなんでもない……はずだ。


 リノが話を続ける。


「それだけだったらいいんですけど……さっき、彼氏から電話があったんです。すると……彼氏、なんか電話口ですっごく笑ってるんです。なにが可笑しいのかぜんぜんわかんなくて、おなか痛くなりそうなくらい、ヤバいくらい笑ってて……」

「それで……彼氏は何で笑ってたの?」


 “社長”は完全に、いつものテンションを失っている。

 ただの怪談を聞かされると思っていたからだろう。


「……それが、なに言ってるんだか分からないんです……『タートムってヤベえよな!』『さっき見たろ、あれ。見なかったの?』とか言って、ほとんど笑ってばかりで……いちばんヤバかったのが、彼氏が『ヤムヤムヨー!』って叫んで……わたし、思わず電話切っちゃいました……」

「え、それ……ご家族と同じことを彼氏が言った、ってこと?」


 と、“副社長”。彼もまた、いつもの突っ込みを忘れてる。


 次の瞬間……突然、リビングから声が聞こえた。


「ヤムヤムヨー!」


 妹の声だった。

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