第28話 体育祭当日

 白江健



「やっと…体育祭当日か」


 ここまで、俺の計画は恐ろしいくらいに順調である。

 あとは学級対抗リレーで小林を妨害して、小林にはその犯人が西宮だと伝えるだけ。そうすれば2人の仲は悪化、ストーカーの件も相まって小林は1組で完全に孤立する。


 俺は3組の担任である田中のお陰で、2年1組の走順を把握していた。田中の情報によれば、1組の7走者目が小林、8走者目が西宮である。これは俺にとって好都合だった。


『小林が西宮のストーカーをしていた犯人。たがらリレーでも嫌がらせをしようとしている』


 俺はそう言って矢島冬夜を利用し、2人の走順を入れ替えさせた。1組と3組の50m走のタイムを参考にして、6走者までその2クラスの順位が僅差になるようにする。

 また万全を期す為に、7走者目に友人の島田しまだを配置することで、2クラスが同時に8走者目へバトンを渡せるようにもした。

 後は、俺が8走者目に入って小林を妨害。その責任を西宮になすり付けるだけだ。



 こうなったのも、全ては小林のせいだ。あいつが西宮なんかと仲良くするから……小林春香は俺の物なのに!

 あいつには俺がついていればいい。例え小林が孤立しようと、俺さえいればあいつは幸せなんだからな。









「只今の種目をもちまして、午前の部は終了となります。生徒の皆さんは昼休憩のため、各教室に戻りーーーー」


 種目の約半分が終わって昼休憩になり、生徒はそれぞれの教室で昼食を食べている。そんな中、3組の白江と島田は最後の打ち合わせをしていた。


「白江〜、俺は1組の後ろにくっついてるだけで良いのか?」


 本当にそれで良いのか、という意味を込めて島田は質問をする。


「ああ、前にもそれで良いって言っただろ」


「てか、これって何の意味があるわけ?」


 島田はそう尋ねたが、白江が本当のことなど言える訳がない。白江はあらかじめ考えていた嘘で誤魔化すことにした。


「作戦だよ作戦。練習でも1組は良い順位だったし、それにくっついて最後に抜かすんだよ」


「ふーん、わかった。んじゃまたなー」


 あまり深くは考えていないのか、島田は興味の無さそうな返事をしてその場から立ち去った。白江は島田が立ち去ったことを確認すると、整った顔にいつにも増して不気味な笑みを浮かべていた。何も知らない人からすれば、その様子は盛り上がりを見せる体育祭に胸を躍らせているようにも見える。


「あーあ、早く始まんねぇかな」


 お弁当を広げて賑わう教室内。白江の独り言に耳を傾ける者は当然、誰も居なかった。








 体育祭も終盤に近付き、いよいよ学級対抗リレーが行われようとしていた。

 学級対抗リレーは、2年、1年、3年の順に行われる為、冬夜が所属する第2学年はこの種目のトップバッターである。

 校内放送によって2年生全員が呼ばれ、冬夜たちは観客席から入場門へ移動を開始する。その移動の最中、裕樹と恵美は白江の一件について少し話をしていた。


「ねぇ染野…結局、白江の一件は大丈夫なのかしら。全部冬夜に任せてしまったけど…」


「ま、やじさんなら大丈夫でしょ。一昨日の夜コンビニに出掛けたら、公園で走ってるやじさん見かけたし」


「それ…何か関係あるの?」


「んー、分かんないけど、意味のないことはしないと思うよ。って言うか、恵美は犯人知ってるんでしょ? 俺なんて知らないんだからね」


「はぁ…あなた嘘つくの嫌いでしょ。あと下手だし、冬夜はそれを知ってるのよ。今まで直接言わなかったなんて、冬夜は優しいわね」


「うぐっ……そ、それは、まぁ仕方ない。とりあえず俺はやじさんを信じるよ」


「そう…。ええ、そうね。信じましょう」





 一方その頃、冬夜は美優にあるお願いをしていた。


「なぁ西宮…突然で悪いんだけど、色々あって走順が変更になった。俺と順番変わってもらえる?」


「え、別に良いけど、勝手に変わって大丈夫なの?」


「うん。ちゃんと申請してある。諸事情があってギリギリまで言えなかった。ごめん」


「ううん、大丈夫だよ」


 美優はこの時、冬夜の行動はすべて自分の為なのだろう、と薄々そう感じていた。それは美優にとって凄く嬉しいことだったが、それと同時に彼女の心の中では、何とも言い表せない感情が大きく渦巻いていた。

 それが申し訳なさから来るものなのか、それ以外の感情から来るものなのか、今の美優には分からなかった。しかし、美優の複雑な胸の内を知らない冬夜は、「ありがとう」と言って足早にその場を立ち去ってしまう。


「ありがとうって…それ、私のセリフだよ」


 当然ながら、美優の呟きが冬夜の耳に届くことはなかった。

 常にお祭り騒ぎの体育祭では、普通の会話ですらままならない時がある。美優の小さな呟きは、周りの喧騒によって掻き消されてしまったのだ。


「…もっと話したかったな」


 美優は徐々に苦しくなる胸に右手を当て、深呼吸をしていた。

 冬夜に守られているというのは、美優にとってこれ以上ないほどに嬉しいことだ。確かに申し訳なさも感じてはいるが、それと比べるまでも無いほど嬉しい気持ちが込み上げている。ただ美優の心には、それ以外のあることが原因で、ぽかっと小さな穴が空いていた。


 美優が冬夜にストーカーのことを相談してから2人の関わりは極端に減っており、美優にとってそれが一番悲しいことだった。

 だから美優は、冬夜の声を聞くたびに心が揺れ、教室でも自然と冬夜の姿を目で追っていた。

 その姿は誰がどう見ても、恋する乙女に違いはなかった。


(私…もしかして)


 どんな人も自分の気持ちに嘘はつけない。鈍感な美優ですら、自分が冬夜に抱く恋心に気付き始めていた。

 まだ夏の気配が残る9月末。夏が終わり秋が始まろうとするその時期に、美優の気持ちに大きな変化が訪れていた。

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