第26話 1番の笑顔

 矢島冬夜




「おかしいな…」


 白江の後を付けながら、俺は思わずそう呟いてしまった。その呟きが聞こえたのか、ひむが俺に「何が?」と不思議そうに尋ねてくる。


「いや…だって今日は月曜だろ? 白江はサッカー部で今日の練習は休み。だから白江が西宮の後を付けるなら、絶対今日だと思ってたんだけど…」


「そんな様子は今のところ微塵もないな」


「うん」


 もしかして西宮の気のせいなのか、とそう思っていると、白江が誰かと電話をする仕草を見せた。相手が気になるが、これ以上近付くと気付かれる可能性がある為、会話を聞くことは不可能だろう。


「なぁまめ…私、少し気になることがある」


 白江が電話をした姿を見て何かに気が付いたのか、ひむが神妙な面持ちでそう言った。


「どうした?」


「西宮は毎日後を付けられているって言ってたんだよな?」


「うん、そうだけど」


「実際不可能じゃないか? 西宮と白江はクラスが違うから下校時間に多少の誤差が出るし、部活も違うから練習日も違う。今日は西宮が部活で白江が休みだけど、その逆のパターンもあるのだろ?」


「逆のパターンか…」


 ひむが言っている逆のパターンというのは、西宮の部活が休みで白江が部活をしている日のことだろう。確かにそう言われてみれば、そういう日はどうやって後を付けるのだろうか。いくらなんでも、白江が部活を休んでまでストーカーをするなんて考えにくい。


「これは一つの可能性に過ぎないけど、ストーカーの犯人が1人とは限らないんじゃないか?」


 ひむは頭を悩ます俺に、ある一つの可能性を提示した。それは集団ストーカーと呼ばれ、普通のストーカーよりもあまり馴染みのないものだ。


「マジか…」


 ひむの言う通り、犯人が複数人いれば毎日ストーキングするなんて容易いことだろう。ただ、もしそうだとしたら、犯人を絞り込むのは難しいのではないだろうか。複数人いれば、お互いにアリバイを作ることも可能だ。そうなってしまえば、俺たちみたいな高校生では手に負えなくなってしまう。

 俺がそんな風に考えていると、何故かひむは少しだけ笑っていた。


「ひむ、どうした?」


「ん? ああ、何だか西宮が羨ましくてな。辛い時に守ってくれる人がいるのは、羨ましいよ」


 夕焼けに照らされたひむは、なんだか眩しくて直視が出来なかった。夕日を言い訳にしたが、彼女を見れなかったのは、きっとあの時に何もできなかったからだろう。あの日の後悔を、俺はもうしたくない。そう、思っている。


「…まぁひむが困ってたら、これからは俺が助けるから」


「まめだと少し頼りないな」


「うっ…」


「ふふっ。でも、その時はよろしく頼む」


「お、おう」


 隣で笑うひむは、いつもみたいな男っぽさが無く、実に女の子らしい。それを伝えると怒られるので、口が裂けても言えないけど。

 でも、ここ最近で1番の笑顔を見れた気がして、俺はなんだか少し嬉しかった。

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