第17話 自主練習

「裕樹ナイスレシーブ‼︎」


「…っと、頼むよーやじさん」


 そんな声が体育館に響いていた。普段はテンションの低い冬夜だが、バレーになると見るからにテンションが上がっている。それに驚いていたのは、裕樹を除いたこの場の全員だった。


「それにしてもうめぇな、染野」


「そうですね、確かに上手です」


 2組の平塚来人の感想に、七海雪菜が答えた。2人ともバレー部ではないが、修学旅行で美優と仲良くなり、この自主練を手伝いに来ている。


「ってかよ、矢島って奴がバレーできんのは…意外だよな?」


「はい…少し意外でした。それにしても…染野くんは誰が見ても上手いプレーですが、矢島くんは…何と言うか、手堅いプレーをしますね」


「あーそう言われれば…。うん、確かにそんな感じだわ」


 彼らがそう表現するのも当然のことだろう。何故なら、単に冬夜はミスをしないプレーを選択しているからだ。あくまでこれは、美優や裕樹のための練習だ。普通の人がやらない、ましてや、冬夜しかやらないような突拍子もないプレーは避けているのである。


(はぁはぁ…。ほんっと、相変わらず安定したレシーブすんな)


 そう思いながら、冬夜は2歩ほど動いてボールの落下地点に入る。冬夜の役割はセッターなので、攻撃に直接繋がるトスを上げるのが仕事だ。

 これだけ綺麗に上がると色々な選択肢があるが、冬夜は初めの打ち合わせ通りにAクイック[セッターから前方斜め上に短く速いトスをあげる速攻]を選択した。


 スッーーパンッーバシッン。静かなトスによってボールが空中で止まり、それをスパイカーが床へと叩きつける。そしてボールが床に弾かれる音が、体育館中に鳴り響いた。


「ねぇねぇ…裕樹。マジであれってブランクあんの?」


 冬夜のトスからスパイクを決めた後、「信じられない」という驚いた顔をするのは佐々木ささきレオンだ。バレー部に所属している彼は、髪を深緑に染めていて、身長は192㎝もある。母親がアメリカ人、父親が日本人という正真正銘のハーフだ。


「うん、あるよ。しかも約2年」


「えーでもさぁ、今俺の最高打点にピンポイントでボールが止まったよ? それも速攻でだよ? ほら、俺って腕長いじゃん? ジャンプ力あるじゃん? そんなすぐに合わせられるものなの?」


「ま、まぁやじさんだし」


「答えになってないよぉ〜」


 そう言ったレオンは、冬夜を睨んでいた。自分より上手い奴が気になっていただけだが、それを知らない冬夜はビビってしまい、「ッヒィ」という間抜けな声をあげている。


「はぁはぁ…っはぁーーー。流石に2年のブランクはきついな。悪い裕樹、ちょっと抜けるわ」


「おう、休め休め。そんじゃあ、切りがいいから一旦みんなも休憩で」


 レオンに睨まれているため、裕樹に「シッシッ、やじさんはあっちに行け」と言われた冬夜は、水を飲むために体育館の壁際で休むことにした。

 すると、そのタイミングを見計らったように美優が声をかける。


「あんた…なんか気持ち悪いトスあげるね」


 大抵、初めて冬夜のトスからスパイクを打つ人はそう言ってしまう。美優もアップの時に冬夜のトスからスパイクを打ったため、そう言ってしまったのだ。その会話を聞いていた恵美も、その意見に賛同する。


「そうね、冬夜のトスってボールが止まって見えるし」


「えっ…」


 驚いた美優は、思わず声が漏れてしまった。


(今、恵美…矢島のこと冬夜って呼んだ?)


 周りが気付かないような恵美の変化も、美優だけは気付いていたのだ。


「どうかしたの?美優」


「え? あ、ううん…何でもない。冬夜…のトスってさ、自分じゃ『届かない』って思ってるところにボールが来るんだけど、なんでか今までで1番気持ちのいいスパイクが打てるんだよね」


「ちょっと美優…」


「それがなんでか教えて差し上げよう」


 「ここぞ」とばかりに、大きな声でそう言ったのは裕樹だった。冬夜からすれば、どうして美優が「冬夜」と呼んだのか聞きたかったのだが、それも出来そうにない。一方恵美は、さり気無く冬夜のことを名前で呼んだ美優に対抗心を燃やしていた。


「ここでクイズなんだけど、僕が立ち幅跳びの要領でジャンプしたら、あのラインに踵が届くと思う?」


 そう言って裕樹は、自身のいるところから微妙な遠さの赤いラインを指差した。


「ちなみに僕自身は届くと思う」


「なら届くだろ」


 即答したのは来人だ。それに続いて殆どの人が「届く」と結論付ける。


「じゃあ、やじさんはどう思う?」


「届かない。多分10㎝くらい足りないよ」


「ム、ムカつくな…。全力でやるからね? よっ」


 裕樹は宣言通り全力でジャンプをした。しかし、彼の踵が赤いラインを越すことはなく、ちょうどラインを踏む形になっている。


「あー超えないかぁ…。しかも大体10センチくらい届いてないし。やっぱり、僕の限界を知ってるやじさんには敵わないや」


「えーっと、つまりどういうこと?」


「つまりね、やじさんは…」


「おいッ‼︎‼︎‼︎ーーー」


 突然この場にいるはずのない声が鳴り響いた。その声の主は、麻野大河だった。

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