2年生2学期編

第16話 新学期開始

矢島冬夜


 長い夏休みが終わると2学期が始まる。充実した夏休みを過ごした俺は、それなりに気分良く新学期初日の朝を迎えていた。


 あと1ヶ月もすると、俺が通う村山高校では体育祭が行われる。文化祭は既に行われているので、年内で行う大きなイベントはこれが最後だ。

 本番まで意外と時間がない。多分、明日から準備や練習が始まるんだろう。それが唯一、俺のやる気を削いでいた。


「おはよう、冬夜」


 ふと、後ろから声をかけられた。記憶する中で、俺を「冬夜」と呼ぶ人物に心当たりはない。

でも、その声には心当たりがあった。


「お、おはよう。石神さん」


 振り返って挨拶を返すと、案の定、石神さんがいた。今日の石神さんは、少し化粧を変えているのか、いつもより華やかな印象があった。そうは言っても、高校で派手なメイクができない為、比較的薄めではある。やはり、石神さんの素材がいいのだろう。ただ、表情が少しだけ怖い。あいさつは返したもののどこか不満があるらしく、その顔は少し膨れていた。


「その石神さんってやめて貰える? 友達なんだし、恵美でいいわよ」


「えーっと…なんか、やっぱりキャラ変わったよね?」


「…変えたって良いじゃない、私は楽だし。それに、冬夜はこっちの方が良いんでしょ?」


「まぁ…、恵美がいいならそれで良いと思うけど」


「そ、そう」


 さり気なく呼び方を変えてみたが、やはり慣れない。こればっかりは何度も呼ばなければいけないのかも知れない。

 以前の恵美は、無理して明るく振る舞っていて少しギャルみたいだったけど、今はなんと言うか…クールだ。喋り方一つでこうも人の印象は変わるものなのだろうか。


「じゃあ私、先行くから。またね」


「あ、ああ…。またな」


 俺はそう言って、長く鬱陶しい前髪をいじった。


(…俺も、何か変えてみよっかな)


 別にそれで何かが大きく変わるとは思わない。でも修学旅行のあの日、西宮に声を掛けたことで、少しだけ楽しいと思える日があった。

 ここで一歩を踏み出せば、何かが変わるかも知れない。そう思ったのだ。






 始業式が終わって帰宅の準備をしていると、不意に西宮が俺の視界に入ってきた。透き通った金髪と大きな瞳が突然現れたので、少しだけドキッと心臓が高鳴ってしまう。どうやら、俺に用があるようだ。


「…どうかしたのか?」


「あんたさ、バレー…やってたの?」


 バレーという単語、久しぶりに聞いた気がする。どうして西宮がそれを知っているのか、なんとなくの予想はついていた。多分裕樹が教えたのだろう。


「まぁ…やってたよ、中2で辞めたけどね。そう言えば、西宮はバレー部なんだっけ?」


「うん」


 確かにバレーはやってたし、そこそこ頑張って努力はしていたけど、結局続くことはなかった。所詮、俺にとってのバレーはその程度だったのだ。


「恵美達と自主練するんだけど…や、矢島も手伝ってよっ」


「えーっと…何で?」


「た、大会近いし…でも、人数集まらなくて自主練できないから」


「そーだよ、やじさん。親友の僕からのお願いでもあるんだ。やろうよ、バレー」


 気がつけば俺の右隣には裕樹が居た。やっぱりこいつが教えたのか。

 裕樹は俺が辞めた後もバレーを続けている。だから、同じバレー部同士で交流があってもおかしくはない。


「はぁ…気は進まないけど……うん、わかった。でも体力的にしんどいから、ちゃんと休憩は取らせてよ」


「もちろんもちろん。やっぱ持つべきものは親友だね」


 そう言って裕樹は俺の肩を叩く。今では当たり前すぎて気にもしなかったが、裕樹の身長は中学の時よりもかなり伸びていた。俺の身長は170㎝だが、裕樹の身長は…183㎝くらいだろうか。


「そう言えば裕樹、身長何センチなの?」


「183㎝だよ、これでもまだまだ発展途上さ」


「そりゃあすごいな」


 身長、あってたか。どうやら、まだ感覚は大丈夫そうだ。








 そんな冬夜達のやりとりを見て、少し異様な空気を放つ男子生徒達がいた。その生徒達の中心にいるのは、麻野大河あさのたいがという生徒だ。麻野もバレー部に所属しているが、恵美達の自主練に誘われたことが一度もなかった。


「…なんであいつなんだよ、ボケが」


「ってかさぁ、あいつ誰?」


「知らねぇーよ」


(なんであんな奴が…ッ‼︎)


 周りの生徒がそんな話をする中、麻野は非常に苛立っていた。バレー部である麻野よりも、どこの誰かもわからない奴が誘われているのだ。当然のことだろう。


「行くぞおら」


 麻野の一言で、彼らは教室を出て行った。







 冬夜達は、話しながら体育館へと向かっている。そして麻野達も、その足は体育館へと向かっていた。

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