第11話 新婚の夫婦
美優、恵美、由里香の次に着いたのは、冬夜と裕樹の2人だった。
冬夜の服装はシンプルで、左胸に小さな土星がプリントされた白いTシャツに、細めの黒いチノパン、靴は真っ白なスニーカーを履いている。眼鏡は普段使っている物では無く、フレームの細い丸眼鏡を鼻先に引っ掛けていた。
裕樹は、幅の細い白と黒のボーダーシャツに、
「お、みなさん早いねぇ〜」
基本的に『誰とでも仲良く』がモットーの裕樹は、誰に対してもこんな感じだ。特に話したことのない女子にでさえ、こういう調子で絡み出す。
「裕樹、引かれてるぞ」
「まぁ、僕もそうなる気はしてたんだけどね」
「ならすんなよ」
裕樹と楽しそうに会話する冬夜の姿を、他の3人は物珍しそうに見ている。それに気付いた冬夜は、咳払いをしてから「変な空気にしてごめんね」と言って席についた。
女子3人の座っている席は、ソファではなく椅子のタイプだ。丸いテーブルを囲うように、6つの椅子が並べられている。
先に座った冬夜の右隣りに裕樹が座る。その結果、冬夜の左に美優、その隣に由里香、恵美という形になっていた。
結構大きなパーティールームを貸し切っているので、5人が座っても随分と余裕がある。
「結構広い…。よくこんなところ貸し切りにできたな。お金は大丈夫なのか?」
冬夜の素朴な疑問。あまりにも広かったので、思わず聞いてしまったのだ。美優はその質問に答えるため、記憶の片隅に存在する名前を必死に思い出そうとしている。
「えぇっと、3組の…誰だったっけ?」
結局思い出すことはできず、その代わりに恵美が呆れた様子で答えた。
「
「だって苦手なのよ、あいつ」
恵美の話では、この店は3組の実行委員、
「そんなことより矢島、ちょっと来て」
説明を終えた恵美は、何か話があるのか冬夜をパーティールームの外へ誘った。呼ばれた冬夜は「何だよ」と言いながらも、立ち上がろうする。
すると突然、美優が冬夜の左手を掴んだ。咄嗟の行動だったので、美優は恥ずかしさなどを感じていない。この時の美優は、恵美が言っていた「あいつが来たらぶっ飛ばす」という言葉を思い出していたのだ。
「い、行かない方がいいよ?」
「何で?」
「な、殴られるから?」
「…一体何故?」
訝しむ様子の冬夜に、恵美が慌てて答える。
「ちょっと、美優! あれは冗談よ。いいから早く来て、話があるの!」
(どんな会話をしたらそんな冗談を言うことになるんだ…?)
冬夜はそう思いつつも、左手を掴んだままの美優に優しく声をかける。
「石神さんは殴らないみたいだから、行ってくる」
「…い、行ってらっしゃい。気を付けてね」
2人のやり取りを見ていた裕樹と由里香は、「まるで新婚の夫婦みたい」と、そんな風に思っていた。そんな2人の視線に気づき、美優は冬夜が去ってから2人に質問をする。
「2人ともどうしたのよ」
「何でもない何でもない。ね、田村さん?」
「はい! 何でもないですっ」
2人が顔を見合わせて笑う理由が、美優には全くわからない。しかし、美優にはそれよりも気になることがあった。
「…恵美の話って何かな」
「さぁ分からないです。染野くんは何か知っていますか?」
「それは…多分」
美優や由里香は知らない様子だが、裕樹はその話の内容を知っていた。それは「冬夜が他の実行委員達に嫌われていること」が関係している。
(それを伝えるのもな…)
もし伝えたとすれば、冬夜を誘った美優は、冬夜に対して罪悪感を感じるだろう。最悪の場合、美優が他の実行委員に怒るかも知れない。
恵美はそれを避けるために冬夜を連れ出したのだ。裕樹に「恵美の努力を無駄にする」という選択肢はなかった。
「多分、やじさんがまだ石神さんのLINE追加してないのを怒ってんだよ」
そう言った裕樹は、冷房の効いている部屋の中で、背中に汗が滴り落ちているのを感じた。
(うまく誤魔化せるかな…。多分無理だけど)
裕樹の鼓動は、いつもより一段と速くなっていた。
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