第11話
「僕は男、僕は男、僕は男…」
深い森の中で1人呪文の様に呟く姿は側から見れば怖い存在だが、その姿を見れば6歳児とは思えないほどの美しさと可憐さを兼ね備えた女の子である。
「男だからね!!」
そう、作者にツッコミを入れたこの子の名はリト。この世界の女神の子で男の子である。決して男の娘でもボクっ娘でもない。
「なんか凄い不快な感じがするんですけど?」
意味なく叫んでしまったけど取り敢えず心を落ち着かせる。まぁ容姿はある程度予想はしてたけど…しょうがない。いや、しょうがないで済むレベルじゃないでしょうに…
「取り敢えず戻ろう…カレーが待ってる」
来た道を戻ろうと2、3歩踏み出したところで後ろの湖から気配を感じて振り返る。
「助け…あ…リ」
「助け?」
確かにそう聞こえた次の瞬間には一瞬の眩い光に包まれる。さっきまでいた湖の前ではなく僕の目の前の景色は変わっていた。
「助けって聞こえたけどこれって転移魔法?結界の中だから僕に敵意があるってわけでもなさそうだけども…それにあの感じはどこか懐かしさを…」
いやいや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。何故なら一面に見える青空、上空何千メートルかわからないところに放り出されて自由落下している最中なのだから。
「どこかの風の谷の姫様じゃないんだから高いところ怖いんですけど!」
◯ーヴェはないから鉄の男?それとも垂直離陸機?パニックになりそうな気持ちを抑え込みながらイメージを働かせて風魔法を発動して落下速度の相殺を狙う。
途中、出力の調整に失敗してジェット機並みの上昇をしてしまったのは愛嬌だ。
「あそこが良さそう」
森の外縁にある細い道の様な所に狙いを定めてフワリと着地。うん、やれば出来る子。など自画自賛しながら地面を踏み締め周りを見る。
(えっーと…どんな状況?)
左手にはいかにも盗賊ですよって姿の男達が20人ほど。ちょっと臭いそうで近づくのは遠慮したい感じ。そこに混じってお揃いの鎧を装備した騎士?が5人ほど。
(お互いに剣を向け合ってないって事は仲間って事かな?)
対して右手には既に倒れてる騎士が6〜8人、豪華な馬車を囲む様にして倒れている所を見るとどうやら護衛のようだが…
「はぁ〜」
怒りが湧き上がると同時に心が冷静になる不思議な感じと共にため息をつく。
お腹を刺されたであろう僕と同い年くらいの女の子。馬車の車輪を背にしてグッタリとしている。その側では女の子のお姉さんであろう人とメイドである女の人が…衣服は破られ盗賊に組み敷かれてる状態で必死に抵抗しているのが目に入る。
(助けって事はどちらを助けるか一目瞭然だよね)
左腰の剣に左手を添えて一歩踏み出す。もちろん神眼で鑑定も忘れない。
(いや、あの臭いそうなのを初めて使うこの剣で斬るのは勿体無い)
そう心の中で呟いて近くに落ちてる木の枝を拾うリトだった。
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ガタン!
大きな衝撃とともに馬車が停まる。
「何事か!」
馬車の中から外にいる騎士団長に問う。
「はっ!どうやら盗賊が潜んでいるようでありますが故対処に入る所に御座います」
隣国ハルゼント公国の定例会議に出席した帰り道のことである。いつもなら安全な街道を進むのだが、我がグレトエンデ王国と公国の国境を流れる河に架かる橋が何者かによって破壊させられたとの知らせを受けて遠回りであるが迂回路である深魔の森の外縁を抜けている途中であった。この道は魔物も多いし盗賊もそこそこ出没する為普段は避ける者が多いのだが、我が騎士団数人と駆け抜けるならばさほど問題はない。
「あなた大丈夫でしょうか?」
「なに心配いらぬ。我が騎士団は辺境で鍛えてる故その辺の盗賊や魔物など相手にならぬ」
安心させるためにガハハと大袈裟に笑い妻のグレースと娘のシャーロットに返答する。いつもなら1人で隣国に向かうのだが、妻は妻でお茶会に誘われたらしく娘を連れて一緒に行くことにした訳だが…
(このような時に限って予期せぬ出来事が重なるものだな)
「それにお抱え魔法師のララルーも一緒だ、何かあれば魔法で1発であろう」
そう言って向かいに座る女に目配せをする。
灰色のローブからチラリと赤髪が見える女の手には水晶がはめ込まれた杖が握られている。
女はその杖を軽く頭上に掲げて
「任せて」
一言呟いた後に魔法の詠唱に入り魔法の発動句を口にする。
「障壁」
発動句と共に馬車を囲む様に障壁が展開されるがすぐに霧散してしまう。
「む?いつもと違う。レリク様、様子が変」
ララルーが告げるのと同時に外から声がかかる。
「レリク様盗賊の討伐が完了致しました。検分と指示をお願い致します」
「ガラルか?団長のブレットはどうした?」
「ハッ!団長はただいま周囲の警戒に出ております」
団長が馬車から離れるなど今までは無かった事だが今回は妻も娘もいる事だ。いつまでもここに留まっておく事もできまいと考え副団長の言葉に少し違和感を感じながらも馬車の扉を開ける。
ズブリ…
レリク辺境伯の腹を鈍色の剣が貫く。
「き、貴様…」
「おやおや、もっと手間取ると思いましたが案外上手くいきましたね」
ニヤリとやらしい笑みを浮かべてレリクの腹を貫いた剣を引き抜くと同時に馬車の外にレリクの体が倒れ込む。
一瞬何が起きたかわからないグレースとシャーロットだが馬車の外に倒れ腹から血を流すレリクを見て悲鳴をあげる。
「全くギャーギャーとうるさいですね、娘と魔法師は直ぐに殺しなさい。特に魔法師は何かされると面倒です。まぁ、この吸魔の魔道具が有れば魔法など発現しませんがね、クククッ」
そう言って魔道具の腕輪を撫でながら盗賊の頭目と思われる男に声をかけるガラル。
「や、やめろ…」
盗賊の足を掴むレリク。しかしその力は決して強くはない。
「まだ死なないでくださいよ、ショーは最後まで観ていただかないと辺境伯様。おやこれは失礼、元辺境伯様になるのでしたね」
その会話がなされてる間にも馬車に盗賊の手下どもが入り込みグレース、シャーロット、侍女のミミカを引き摺り出す。最後に降りてきた盗賊の手には血で濡れた短剣が握られている。魔法の使えない状態のララルーは既に…
「貴様の…狙いは何だ…」
浅い息のレリク
「狙い?狙いなどありませんよ。これは通過点。ここを始末したら貴方の長女を隷属させて婚姻を結び、嫡男を始末して辺境伯領を乗っ取る。まぁそれも通過点に過ぎませんがね…クククッ。その先は貴方が知る必要はないでしょう」
「それにしても貴方の美しい娘をこの手で好き勝手汚す事が出来ると思うとゾクゾクしますねぇ」
「や、やめてくれ…」
「なに、貴方に恨みはありませんが私の為に礎になっていただくだけです」
一通り会話に満足したのかガラルは頭目に合図を送る。
下卑た笑いを浮かべた盗賊がシャーロットを掴み上げる。
「将来は別嬪さんになったかも知れねぇのに残念だなぁ〜」
「やめろ…」
「やめてぇー!!」
レリクとグレースの悲痛な叫びも願いも届かずにゆっくりと刃物がシャーロットのお腹に沈んでいく…
「…父様、…母様」
シャーロットの伸ばした手は空を掴みやがて地面にパタリと落ちた。
「残った2人は貴方たちで好きになさい。ただし最後はきっちりと殺しなさいクククッ」
その言葉を聞いた盗賊達は欲望剥き出しで女2人に襲い掛かる。
(団長のブレットはどこだ?)
死に絶え絶えながらも顔の向きを変えて探すレリク。
すると反対側に顔を向けた先に背中から切られたであろう傷と右肘から先を無くしたブレットが猿轡をされて押さえつけられてるのが目に入る。
「あぁ、流石は団長ですね〜背中から3人かがりで不意を襲ったと言うのに1人持っていかれましたよ。まぁでも今はご覧の通りですがね、それでも生きてるとは流石にしぶといですねクククッ」
「クッ…」
「後はあなた方の精神がいつ壊れるのか楽しみですな。40人はいますからね、奥方達の身体は何人まで保つのでしょうか…クククッ…」
絶望の中ゆっくり目を閉じていくレリク。耳には愛するグレースの悲鳴だけが残って意識を失った。
貴方…
右肘から先を失い背中にも傷を負っても、なお私の為にもがいている。
正義感が強く嘘をつけない人。狼人族の私でも真っ直ぐに愛してくれた方。
この身を汚される位なら自害を選ぶのに猿轡をされ押さえつけられそれさえも許されない状況。
ああ、今まで幸せでした。女神様どうかこの身を夫以外に穢される前にどうか天に召し上げてくださいまし…
目から涙がこぼれ落ちた時、一陣の風が辺りを揺らす。
次に目を開けた時、私の瞳には1人の美しい幼女が映っていた。
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