第44話 弁明
王子達の前で必死の弁明をするが、俺たちに圧倒的に不利な状況だった。
兵士に無理やり連れてこられた部屋は大きな広間で、漆黒の大理石が敷き詰められていた。午前中だというのに窓が小さいせいか薄暗い。
グナシは別の兵士に連れられていたようで、後ろ手に縛られ跪いていた。
目の前には王子と紋章が輝く将軍と呼ばれる首の太い鷹のような目をした男がいた。一段高い台座の上から冷たい床に跪く俺たちを見下ろしていた。
ここで尋問が始まる。
申し開きをするが、それはかなり厳しい、いや絶望的な内容だった。
生活のためとはいえ、グナシが仲介をしてお金を受け取っていた事。そしてこの一連の騒動の仏像は紛れもなく俺が彫ったのだ。
薬師如来は病を治すご利益のある仏で怪しいものではないと伝えていたが、とりわけ将軍は妙な姿をした異国の神に嫌悪感を隠そうともしなかった。
サワートさん達の虚偽の説明もそうだが、仏像の薬について俺は関係ないというのはあまりにも無理がある。
後は王子がどこまで俺、というかオーロラへの信頼と情があるかどうかだ。
が、今のこの空気。それは期待できない。
まさにまな板の上の鯉だった。
絶対絶命。
死刑宣告を待つ様なもの。
そうあの日と同じ。スパイダーエイプルの騒動があった広間の時と同じだった。
俺を疑う人々の疑惑の目と助けを求めるオーロラの腕を振り払った王子。
広間は水を打ったような静けさに包まれる。
しんと静まり返った空間、笑顔や談笑などなく全てが淡々と進んでいくのだろう。
そこには旧知の情なども挟むことなく。
「何度も言わせるな。あの夫妻の話ではこのグナシというこの兵士が仲介して聖女から彫刻の像を譲られたと。薬を売りその売上の一部を聖女に収めるという契約だったと言っていたぞ」
将軍の厳しい視線が俺を射る。
違う。俺は金などもらっていない。
そう抗議しようとしたが、王子の目は真冬の湖の水の様に冷え切っていた。
拒絶。
「何も反論しないというところを見ると、事実ということか」
跪いた膝から床の冷たさが伝わる。痛いほどの冷たさが体の芯まで冷やしていく。
「違います。私はお金など受け取っておりません」
「では彫刻を与えたのは事実か」
「それは・・・」
「近所のものの話では、グナシが仲介して何者かの彫刻の注文を受けていた。何度聞いても作者について明かされなかった。貴様の依頼主はこの元聖女だな」
将軍がクイっと顎で合図すると後ろで控えていた兵士がグナシの髪を鷲掴みにする。
「おい、口を割らせるまでこいつを痛めつけてこい!!!」
将軍の指示で兵士2人がグナシを何処かへと連れて行こうとする。
「やめろっ!!離せ、離してくれ!!」
抵抗し、足を必死に動かすグナシを兵士が両脇を抱えて連れていく。
ひっと息を飲むラベンダーが体を小さくさせる。
王子に助けを求めようとしたが、彼の表情は一国の主の顔だった。
国の威厳を保つためであれば、僅かな犠牲さえ厭わない。
もうだめだ。
将軍に耳打ちをされ、王子が短く頷き曇った表情を見せる。
「残念だ、オーロラ・・・・」
その言葉にオーロラ達の処分の重さを察した。震えて顔を上げるも王子はこちらを見てなかった。
もうダメなのか。
その時だった。
王子が処分を口にしようとするのを何者かが遮った。
「お待ちください」
心地の良い重厚な声が部屋に響く。
窓から差し込んだ光を背に、その人は現れた。
頭を覆うベールをそっと払う。
髪はなく、そのつやんと輝くの頭頂部に光が反射していた。
きらーん。
まさに、後光が差しているかの様。
俺は思わず手を合わせた。
「観世音菩薩様・・・」
誰も俺の言葉を気にかける余裕もなく、その人を見つめていた。
ゆっくりとその人は王子の方へ向かう。
「お前は・・・」
王子が目を見開きその男を見つめる。
「アイザック!!アイザックではないか!!!」
その言葉にグナシが反応する。その名を語るのも恐れ多いと言った様子だった。
「アイザック・・・・あの世界三代魔道士の?」
三代魔道士だって。よくはわからんが、そんなすごい人がなぜここに?
その男を包んでいた光がスッと抜け、逆光でよく見えなかった姿が露わになる。
俺たちは息を飲んだ。
そんな、まさか。
世界三代魔道士と言ってなかったか。
馬鹿な。
その男はあの幽閉中のご近所さん、ハラヘリーナさんその人だった。
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