第33話 子どもの病
医者でも処理が難しいような病気か。それは厳しいだろう。苦しむ我が子を見て、何もできない親の心を思うと胸がヒリヒリする。
親からしたら、こんな思いをするぐらいなら生まれてこなければよかった、そう感じるような苦しみだ。
私はそんな人を奈良で沢山見てきた。
子を失った親のあの瞳。
光などなかった。ただ永遠と続く闇だけが写っていた。
どうにかできないものだろうか。
そういえば、俺が階段から落ちた時、ポーションを使って回復させたと言っていた。
あの時は何かよくわからなかったが、よく効く薬程度の認識だった。
「ポーションは使うのはどうかしら?」
グナシは力なく首を振る。ハラヘリーナさんもラベンダーも押し黙る。
「聖女さんと違ってポーションなんて高価な物、庶民には手が届かないんだよ」
「ポーションとは普通の薬とは違うの?」
いまいちポーションが何かわかっていなかった俺にハラヘリーナさんが説明してくれる。
「聖女さん、ポーションとは魔法を使った薬なんですよ」
「魔法?」
「そう魔法。魔法を使える魔道士が作った薬がポーション。魔法が使われているゆえ、効果は非常に高い。しかし作れる者が限られているので、大怪我を負った兵士や王侯貴族にしか通常は処方されない」
効果は抜群だがとても高価な薬というわけか。
手が届かない庶民は薬草を煎じた薬を使用している。つまり庶民にはまずお目にかかれないしろもろか。
「その魔法とはどのような人が使えるの?」
その質問に皆が顔を見合わせた。
俺というかオーロラが記憶障害を患っているという事は、頼んでもいないけど一部の噂話好きのお嬢様方が宮殿中に広めてくれたおかげで、周知の事実となっている。
質問をしても大概は丁寧に説明してくれるのだが、なんだこの反応。
コホンと咳払いして、ハラヘリーナさんはいつもの笑顔に戻って説明を続けてくれた。
「魔法とは魔力を持っている人間なら使えます。例えばグナシ、彼は一つ星の兵士です。なので魔力を持っています」
なんと。彼もまた魔道士とは。
「え?すごい。ではグナシ、この紅茶を水に変えて見て」
「馬鹿っ」
と間髪入れずにグナシが言う。
それに対していつも通りラベンダーが小言を言っていたが、グナシはそれには取り合わず呆れたように天井を見る。
なんか変なことでも言ったのか。
「グナシは魔力があると言っても一つ星なので、ポーションを作ったり何かを変化させるようなことができません。彼が使えるのは魔力が込められた武器を使用することです。魔法は何でもできる訳ではなく、魔力や適正によってある程度決まっています」
「なるほど」
「大魔道士でもなれば別だが、普通は戦闘向けの魔法を使う者、ポーション作りなどヒーラーの魔法を使うものなど分かれている。それに俺のようにわずかに魔力のある者」
「魔力とは生まれついての者であり、後から習得することはないとされています。そして時にそれこそ紅茶をケーキに変えたり、未来を予知したりという特別な魔力を持つものもいます。そう聖女の力もまた魔力なのです」
ハラヘリーナさんの静かな目が俺を見据えていた。
なんとも言えない沈黙が流れる。ラベンダーは祈るような表情で紅茶を口にし、グナシは眉を寄せて無言で目を瞑っていた。
魔力とは生まれついての者。後から望んで得られる訳ではないということ。
そして聖女の祈りの力も魔力によるものだと。
これを素直に解釈すれば、生まれつき魔力のない者が聖女にはなれないという事を意味している。
お茶会の翌日はグナシは休暇なので別の若い兵士が大きな食糧を馬に乗せてやってきた。
食料は相変わらず状態もよく、ラベンダーが多めに頼んだ砂糖も沢山入っていた。
ただ、残りのお金の事を考えるとそろそろ懐が寂しく感じる。そろそろ仕事を再開した方がいいかもな。あの軟膏を塗ってから手の痛みもすっかりよくなっている。
休息は十分だろう。
そういえば、グナシの言っていた子供は大丈夫なのだろうか。
すっかりポーションの話から魔法の話へと移ってしまった。
少しでもよくなっているといいのだが。
だが俺の嫌な予感は的中していた。
翌日現れたグナシに尋ねると力なく答えてくれた。
今朝兵舎を出るとちょうど宮殿に肉を納品しにきた肉屋の主人とばったり会った。
そこであの子供について尋ねたところ状況は芳しくなかった。
「あの子の事聞いたんだけど、どうやらかなり悪いらしいぜ。衰弱が激しく今では起き上がることもままならないそうだ」
「そんなに・・・」
「医者は持って数日の命だとさ」
咄嗟に手で口元を覆う。
なんと。
なんと儚い命なのだ。
「上等なポーションでも買えればまだ見込みはあるだろうが」
俺もグナシもそれに続く言葉はなかった。
グナシは弟と重なるのだろう、悔しそうにグッと唇を噛んでいた。
何もできないこの身が歯がゆいのだろう。それは俺とて同じだった。
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