第23話 腹減りじいさん
今朝起きるとラベンダーは風邪気味で今日は俺が一人で家事をこなす。
洗濯を干しているとグナシがふらりと現れる。
「悪い。水くれないか」
お前、見張りはどうしたんだ。相変わらず、自由な奴だ。
「今湯呑み持ってくる」
「え?何?湯呑み?」
「あ・・・コップ、コップを持ってくるわ」
コップを渡すとぐびぐびといつもの様に何杯も飲み、そして「やばっ。トイレトイレ」と慌てて出ていった。
相変わらずだな。
ぎィーとまた門が開く音がした。
グナシのやつ、また戻ってきたんか?
「おーい、グナシ。忘れ物?」
門を見るとすぐ身構えた。
人影が見えた。グナシではない。
「誰っ?そこで何してる!!」
人影は赤い頭巾を被っていた。手には籠を持って。
頭巾は深く被られていて、顔を窺い知れない。
女?
もしかして赤ずきんちゃん?
「あの、どちら様ですか?」
人影はゆっくりと赤い頭巾をとる。
「うふふ・・・初めましてぇ」
現れた素顔はバラ色の頬をした淑やかな乙女ーーーーじゃなくって、つやーんと輝く頭に口元には白髪混じりの口髭。
って、男?!
「こんにちは」
妙にまあるっこい声だな。言葉全てがひらがなみたいな。眼鏡をかけて、ニコニコしてる。
誰、このおっさん。
「いやーん、挨拶にくるのちょっと緊張しちゃってさ。あードキドキした」
「おじさん・・・一体何しにここへ?てか、誰?」
「僕はハラヘリーナ・コンペイトゥです」
腹へった金平糖?
妙な名前だ。
「私は・・・・」
「オーロラさんでしょ。知ってるよ。聖女さん」
元だけど。
「今日はご近所挨拶に参りました。あ、これはどうぞ。お近づきの印に」
籠にはいっぱいの林檎が入っていた。
ご近所?
「おじさんどこにお住まいなの?」
「この先だよ」
ぴんっと林を指差す。
この庭に住んでいるのか。つまり、このおじさんも幽閉されたるの?
「うん、そんなとこ。ちょっといろいろやらかしちゃってね。いやーでもご近所さんができて良かったー。結構暇してたんだよね」
鼻歌混じりに「いいお家ですねー」と言った。
俺たち幽閉されてる身分なんだけど。
この腹減りおじさん、その割に幸せそうだな。
俺の心を見透かしたのか。
「うん、最初は不安だったけど割と満足してるよ。静かだし、空気はいいし。宮中にいた頃はさ、いろんな煩わしさがあったけど、ここではないしね。ストレスフリー、スローライフ」
満足そうに微笑む。
「そうだ、侍女も一緒じゃないのー?」
「ラベンダーは体調崩していて」
昨日森で虫に刺されたラベンダーは今朝から高熱が出ていた。
「え?そうなの?ここじゃなかなか医者になんてかかれないからね。宮殿の生活とは違うからね。聖女さん」
穏やかな瞳の奥に、キリリと鋭い光がある。
こいつ、ただのほのぼのおじさんではないな、身構えた時。
「忘れてた。やだやだ僕アップルパイ焼いてたんだった。うっかりしちゃった、焦げてないといいな。隣人さんに会えた嬉しさで、挨拶してすぐ帰るつもりがすっかり長いしちゃった。じゃ、もう帰りますね」
とくるりと踵を返し、てててっと子供みたいに両手を広げて走っていった。
一人で大騒ぎして、丁寧に頭を下げて、いなくなった。嵐みたいな男だな。
翌日もあのおじさんは現れて、「タルトタタン焼いたのー。ぜひ侍女の子と食べてね」
ラベンダーに渡すと甘党の彼女はペロリと平らげた。
頂いた林檎も食べたおかげか、ラベンダーは翌朝にはすっかり元気なっていた。
俺も一切れ頂いた。深い甘味に癒される。心なしか、身体の調子が良くなった。
テーブルで朝昼兼用の食事を食べていた。
ラベンダーが作ってくれたリンゴジャムをパンにつけながら考えていた。
そろそろどうにかせんといかんな。
ここでの生活はあのハラヘリーナさんのいう様に穏やかな生活というのは間違いない。とはいえ、幽閉されている身。食事や日用品の支給はあるが、充分とはいいがたい。
それにラベンダーは幸いすぐ熱が下がったが、あのまま下がらなかったら。
グナシからは「薬なんて高価なもん、罪人に支給されるわけねえだろ」と言われてしまった。
身体を守るためにも何かしら金を稼ぐ方法を考えないと。
言うのは簡単だが、何ができるか。
針仕事は無理だし。
力仕事はこの女の体じゃ無理できないし。
「お嬢様、これはどうでしょう?」
テーブルの上に麻袋に入った何かを広げる。
ラベンダーのベットの足が一つが、がたつき出していた。
新しいベットの手配など望めないので、直す道具がないかと物置部屋で探していた。
「大工道具かなんかですかね?」
まさか。
間違いない。
これは鑿や木槌、ノコギリだ。
種類は多くないし、手入れもされておらず錆もある。でもこれであれば・・・・。
鑿を手にし、食い入るように見て、急いで庭のまき小屋へ向かう。
やはり、檜だ。
これならば、できる。
胸がドクドクと波打つ。
心の奥から、魂の奥から湧き上がる高揚感。視界が一気に開けていく。
薪を片手に持つと、テーブルに置いてある鑿などの道具を手にすると広間へと急ぐ。
「オーロラ様?あの・・・どうかなさいました?」
「ラベンダー。私はしばらく部屋に篭る。しばらく一人にして」
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