第6話

「そうでした、お嬢様の体調が良くなられたらハーブも摘みにいきましょうね」


はーぶ?なんの話だろうか。

 だがラベンダーは話を続け立ち上がり、大きな窓を開けた。

 心地よい風が抜ける。


「あちらのハーブ園も数日行けてませんね」


 そう言って窓から上半身を窓の外に出す。

 俺もつられて窓の外を覗く。

 が。


「うわあああああ!!」


 思わず椅子から飛び上がり、一歩後退りする。


「どっどうされました?オーロラ様!!」

 

 ラベンダーが肩をそっと抱く。


 ひいっ・・・・。高い。高すぎる。

 窓からは覗く景色に足がすくむ。

 まるで宙に浮かんでいるかのようだ。


「高い・・・」

「え?だってここは5階ですよ」


 この部屋は宮殿の5階に位置していると教えてくれた。

 そんなに高いところに俺はいるのか?

 東大寺の大仏殿の屋上くらいの高さだと!?


「そんな高いところに・・・・建物が崩れたりはしないだろうか・・・降りた方が良いのでは?」


「え?大丈夫ですって。宮殿は頑丈な石や煉瓦で建てられているんですよ。ちょっとやそっとの事では崩れませんって」


「でも地震とか・・・」


「エルダットに地震はありませんよ」


 そうなのか。

 狼狽える俺の様子を面白そうに笑っている。

 どうやらこちらの建物は木造ではないようで、強度はありそうだ。

 ラベンダーに付き添われて、恐る恐る外を覗く。

 ひっ。やっぱり高いぞ。

 当然だがこんな高いところに登ったことはない。まるで山の山頂から下を見るようだ。貴族の屋敷ですらこんな高い建物ではない。窓から外を見るだけで肝を冷やした。

 窓からの見晴らしはよく、慣れてしまえば眼下に広がる大きな庭園を見るのは気分がいい。

 庭園の先にある果実園では蜜柑がなっているのか、時折爽やかな柑橘系の香りがした。


「オーロラ様、エイプルを摘んで美味しいハーブティーにしましょうね」 

 どうやらあの果実園の近くにハーブ園なるものがあるらしい。ラベンダーの話では薬草の一種のようだが、よくわからないので適当に話を合わせておいた。


 それにしても立派な部屋だな。

 俺の住んでいた長屋がすっぽり収まりそうな広さ。

 よく磨かれた机。見事な彫刻が施された椅子。もちろん座り心地も抜群。

 奈良では見たことがない、まつ毛の本数まで数えられるくらいに上質な姿見。

 照明と思われるものが天井からもキラキラとぶら下がり、箪笥の上にも金色の燭台が飾られている。

 この寝床もかなりふかふか。畳の上ではなく床から少し高い台座の上に布団がひかれているた。

 壁には真っ赤な花が風に靡くように描かれている。

 俺とは縁のなかった豪華な部屋。まるで貴族の屋敷だな。

 何やら楽器の音だろうか。笛のような高らかな音が響く。

 はて、どこからだろう?


 ラベンダーが窓辺に駆け寄り「王子ですわ!!」

「え?」

 ラベンダーが指差す先、白い馬車が多くの兵士に囲まれながら庭園を走っていた。


「オーロラ様、王子様の馬車ですわ」

「王子・・・・?」

「はい、リース王子です。2週間ほどの外遊から戻られたんですわ」


 ズキンっ。

 痛い。

 頭に痛みが走った。

 こめかみに手をやる。

 激しい痛みが雷のように走る。なんだ、この痛みは?

「お嬢様、頭が痛むのですか?」

 ラベンダーに支えられながら、布団に腰掛けた。


「大丈夫、少し頭痛がしただけ。少し眠ればよくなるから」

「お医者様お呼びしますか」

「大丈夫、休ませて」


 ポーションでお身体は回復されているはずなのにと呟いていた。

 そして俺は眠りについた。


 リース王子。

 なぜだ、その名前がひどく懐かしく感じる。ずっと前から知っているかのように。

「リース王子」そう言葉にすると、頭痛だけでなく胸の奥がきゅっと痛くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る