山の上の病院

@bootleg

第1話

 久々に高校の時の友人と集まった。陸上部のメンバーとして親交があり、卒業から二年目にようやく集まったのである。卒業の翌年は誰ともはっきりしないが浪人の話もあったのでなかなか声をかける人もなかったのである。

 大学生になっても話の内容は高校の時と変わらなかった。暗くなった競技場でもよくした、怪談話である。ずっと開けた競技場は、夜になると照明も消え、他の学校もいなくなる。遠くまで平坦というのは意外と怖い。視界がいいだけに、何かが動けば目に止まる。自分達があるのとは反対側の方は真夜中の空のようにそこがなく暗い。それぞれがうっすらと怖さを感じ、少しテンションも上がっていたので、オカルトチックな話は毎日のようにしていた。今日もその流れになったのである。会場は私の借りている部屋、4人のメンバー。電気を消して雰囲気をだし、小さいテーブルを4人で囲んであぐらをかいた。私の番である。


 大学生一年生、去年の夏の話である。私は実家を離れて数ヶ月、とにかくいつでも自由に動けるのが楽しくて、自転車に乗って目的もなくあちこち走り回っていた。それも、マウンテンバイクのような動きの良いものではなく普通のママチャリで、坂道は非常に厳しいものだった。ひたすら川沿いを走って隣の市を目指したり、窓から見える山の上を目指して峠道をぐるぐる上がって行ったりしていた。

 その日、私は二つ隣の市へ向かうことにした。小学生の時に家族で行ったことのあるショッピングモールで、ふと強烈に行きたくなったのである。携帯で天気予報を見ると、一日中曇りの予定だった。数日間ものすごく暑い日が続いていたが、その日は朝から曇りで気温もそこまで上がっていなかった。片道15キロという道のりは、数字の上では大したことがなかったので、少し油断していた。

 最初の1時間ほどはあまり大変ではなかった。以前通ったことのある範囲であったし、歩道のある大通り沿いであった。問題は、最後の駅を通り過ぎてからの道のりだった。高速道路沿いの道は次第に細くなり、坂が急になった。左手側の荒れた畑には有刺鉄線が張ってあり、そこに大きな女郎蜘蛛が何匹も巣を作っていた。方向音痴の私は携帯で地図を見ながら進んでいたが、ほとんど道なりで簡単な経路だった。時間はかかり、途中自転車を諦めて押して歩くことにはなったが、ちゃんと着いた。特にやりたいことがあったわけではないが、到着した時点で達成感があった。

 ただ、その道のりでニ箇所だけ少し気にかかる場所があった。一つ目は山の中の国道沿いを走っていたとき、一軒だけぽつんとあるうどん屋を見たすぐ後である。少し上の方に家があるのが見えた。まだは枠しか残っておらず、家の中の方から植物が出てきていて、山と一体化していたような建物だった。もうとっくに人が住んでおらず、その後に手入れする人もいない。周りに人も住まないから気に求められていないのだろうと思っていたのである。いくらでも説明はつく。しかし、私はその建物、その辺りのものにグッと引かれた気がした。

 もう一つはよくある林道のようなところである。とても細い道であったがコンクリートで舗装されていた。苔の生えた消毒の機械が置きっぱなしにされていた。両脇に木々が生い茂り、ムッとする空気が立ち込めていた。蝉の声は無くなっていた。先が曲がっていて

道が見えなくなっていた。急な坂だったので自転車を押して歩いていると、道の先が見えた。細い道の真ん中に、木が一本生えていた。道はふた通りに分かれ、その先でまた一本に合流しているようだった。この木の横を通り過ぎるとき、ものすごく近くに人がいるような気配を感じた。すぐ頭の上に相手の顔があるような、息遣いまで聞こえてきそうな距離に確かに感じた。

 とはいえ、こういうことは今までにもあった。川の氾濫で家が流されたあたりや、山肌が削れて土の色が見えている山沿いの辺りなどの民家は、ずっと冷えるような感じがあることが少なくない。

 ショッピングモールに入ってゆっくりした。片道3時間半、出発は14時過ぎだったので、夏の盛りとはいえもう暗くなり始めていた。帰りも慣れない道を進むことになるのはわかっていたのだが、道なりに来ることができた、という印象があったため、ひたすら進めば着くだろうと楽観視していたのだ。

 外に出て自転車にまたがりしばらくすると、花火の音が聞こえてきた。見回すと、街の真ん中あたりの方で花火が上がっていた。私は自転車を押しながら、花火を見てゆっくり歩いた。

 そこまでは良かったのだ。ああ、ラッキーだなと思っていた。帰り道のため、目的地を設定した。すると、きた時とは明らかに違うルートが設定された。高速沿いにずっと来たはずが、今いるインターチェンジの上あたりから、すぐに山へ向かう道を指している。地図を見ると街が複雑に往復していて、峠道になっていることが予想できる。しかも、その道の周りに他の道がない。一本道である。一度だけと通った道を戻れるだろうか、地図を見ずに戻ることができるならその方がいいような気がしていた。しかし、私は途中で道がわからなくなったときにどうしようもない状態の方が気がかりだった。実は、来る途中に一ヶ所圏外になる場所があったのだ、その周辺は電波が繋がらない可能性もあり、もしそこで道を失えば、どうしようもない。

 結局、地図を見て行くことにした。インターの上から回路に向かって歩くと、舗装すらされていない細い横道が出ていた。車が入らないように看板が立てられている。看板を通り過ぎる時点で、「踏み込んだ」感じがした。歩き始めて少しすると、一切の光がなくなり、自転車のライトのみになった。先が見えないので押して進む。私の歩みに沿って、ライトが明るくなったり暗くなったりする。休憩しようとするとライトは消え、何も見えなくなる。曲がるべき道を決して見逃すまいと、こまめに携帯を見ていた。充電が30%をきった。

 サッと左側がひらけた。横道かと思い、よく見ると資材置き場のようだった。今まで圧迫するような林が両方にあったため緊張感があったが、すぐ先で見えなくなっている開けた空間というのも、見てはいけないような気がした。私は足速に進んだ。気づくと一時間三十分経っていた。

 どうも山を登り終えたようである。急な上り坂が終わり.平坦で少し広い空間にたどり着いた。地図を見ると、ここからはうねった峠道を下るようだ。来た道と、これから進む道だけがあるようだった。自分のいる位置を確認しながら進むと、進むべき道が見つかった。ひたすらきつい坂だった為、下りならばと自転車に跨って進み始めた。それからすぐである。嫌な感じがした。地図を見直すきっかけになったのだが、それは嫌な感じとしか言いようのない、直感だった。この道であっているのか、確認したくなり地図を開いた。私は、道の示されていない山の中へと進んでいた。早く出なければいけないと思った。降りてきたのは急な坂であったので、自転車を漕ぐこともできない。必死で自転車を押して駆け上がった。おもっていたよりも下ってきていたようで、広場に戻るまた時間がかかった。慎重に道を選ばなければならない。そうおもい、広場を見回した。一片だけ、奥が見えない部分があった。目を逸らすこともできず、じっと見ていると非常に背の高い洋風の建物が見えてきた。大きな窓があり、それに気づいたときに私はありったけの気力で目を背けたわ、そこを避けて、道を探した。

 正しい道は、先ほど間違えた道の脇にあった。入り口は一緒で、すぐに別れていたのである。先ほどの失敗を踏まえて、ゆっくりと自転車を押しながら歩いた。ずっと地図から目を離さなかった。充電は10%をきって、その後の道のりが非常に心配だったが、それどころではなかった。

 これであっているという関心を持てたあたりで自転車にまたがった。右側の足元を見ると、膝よりも低い位置に地蔵が立っていた。どうしてこの真前で足を止めていたのか、不安になり急いで自転車に乗った。なにか地蔵の後ろ、山の中から来ている気がした。急いで下りたいが、坂が急すぎる。ブレーキを全力で握りながら、見えない先を必死に見つめた。金属の落ちる音がした。私しかいない。何か落としたのだ。家の鍵を落としたのではないか、怖さと心配とで迷ったものの、確かめに戻ることにした。自転車を降り、携帯で足元を照らしながら歩く。顔を上げることはできなかった。常に視線のような気配のようなものを感じている。見つけた。それはキーホルダーのついた、私の鍵であった。ただし、自転車の。今漕いでいる自転車の、鍵の、折れたものが落ちている。自転車を確認すると、中に鍵の先が残ったまま、きれいに切れていた。どうしたらこうなるのか、怖さが度を越し、混乱してきていた。全身に汗をかいている。自転車にまたがった。それでも落ち着いて、ブレーキを握り締め、必死に山を降りていった。

 家に着く頃には12時近くなっていた。携帯の電源は、見覚えのある駅の辺りまで持ったので、かろうじてたどり着くことができた。

 部屋について鍵をしっかり閉め、電気をつけた。怖さから解放されていたが、今度は後半と共に見てきたもの、感じたものの異様さを振り返っていた。私は、周辺の心霊スポットを調べた。案の定だった。行くときに気にかかったうどん屋の横の廃屋は、焼身自殺の後だった。帰り道に迷い込んだ広場のあたりは、少し昔に結核の患者を隔離する病棟があったそうだ。治る病気になった今とは違い、当時の隔離病棟は、格段に死の匂いの強い場所だっただろう。調べていると尚更気になって、動画を探した。今通ってきたあたりの明るい時の様子が見られるかもしれない。暗闇の中に見えた建物はきっと病院跡だ。はっきり見ておくことで、安心したかった。

 私の希望は叶わなかった。動画を調べて見て出てきたのは、「〇〇病院、探してみた」「〇〇病院の行き方は?」「〇〇病院の跡地はココ」というタイトルのものである。病院は、とっくに取り壊されていた。私が通った広場が写されているものもあった。私が建物を見たあたりは、背の低い草木があるのみだった。

 玄関の入り口の辺りには、半分に折れた自転車の鍵が落ちている。帰ってくるなり放り投げてそのままだった。病院のそばで見た、地蔵の姿が思い出された。

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