↓以下本編

2022.8.20(sat)+αの課題



菜都奈なつなは学校に来ていた。


夏休みだし土曜だし、菜都奈以外の生徒の気配はない。蒸し風呂の校舎で、じわじわと汗の吹き出す体。

菜都奈は半袖を肩が出るまで捲り、スカートもいつもより気持ち短くした。といっても腹に巻きつけられたスカートの厚みが汗の温床になっている。


クーラーの効いた部屋で食べるアイスのオアシスを幻視しつつ、菜都奈は数学のプリントでぱたぱたと弱々しい風を作る。

「あっつーい……」

数学の先生のごり押しに負けて、補講でもないのに+αのプリントをやる羽目になった。菜都奈は押しに弱い自分を恨みつつ、てんで解らなかった空白だらけのプリントを睨む。


「特進科と同じ内容だもん、分かるわけないじゃん……習ってない公式とかあったし」

独白で言い訳をしつつ、先生の熱心なプリント解説に一時間はかかりそうだなと既に気が遠のく。


つくしも押し負けていたが、勤勉な彼は八月の上旬にはプリントを見せに行ったと言っていた。今頃は菜都奈が喉から手が出るほど食べたがっているアイスを食べているだろう。

柊先輩に代わりに解いてもらう手もあったが、あらゆる誤解を生みそうで逆に面倒くさい。

菜都奈は教員室の扉を開けて生き返ると、満面の笑みを浮かべる数学の先生にプリントを渡した。

ここから三時間近く動けなくなるとは思いもしなかった。


「だーーーっ!!! つっっかれたーーー!!!」


菜都奈は家に帰るなり急いで水を浴び、髪も乾かさずに隣の尽の家に直行した。インターホンを押すと何も言わずとも察してくれた尽が鍵を開けてくれる。

「なんか凄そうだね、どうしたの?」

「高宮先生プリント五枚に三時間もかけてさ!? お腹すいたし頭パンクしてるし暑いし散々だよ!」

「ああ、出しに行ったんだ」


菜都奈は赤ペンで解説だらけのプリントをひらひらと翳す。尽は覚えがあるのか苦笑して「暑かったよね」と菜都奈を労った。

「尽はお昼もう食べた?」

「うん。でもまだあるよ、食べる?」

「やった、何?」

「そうめん」

尽は確か昨日も一昨日も素麺を食べていた。


菜都奈は訝しむ視線を向けると、

「夏バテかな、食欲ないんだよね」

と言いながら尽は冷蔵庫からザルに入ったそうめんを取り出す。菜都奈はダイニングテーブルに座ると、リビングのソファで横になっている人物にやっと気がついて声を上げた。


ひいらぎ先輩だ」

柊は身動きもせず菜都奈に背を向けて横になっている。尽がそれを見ながら菜都奈に箸を渡すと、

「昨日徹夜して寝てないんだって。外国の友達と通話してたらしいよ」

「時差ボケかあ」


そうめんは冷たくて美味しい。菜都奈の髪はいつの間にか乾いていて、腕につけていた髪ゴムで軽く結える。

尽が菜都奈の正面に座ると、数学のプリントを見せてとせがんだ。

「ほとんどバツばっかだよ」

「僕もそうだった」


特進科は普通科と偏差値が十も違う。その特進科で宿題として渡されているプリントを解いてみてと渡されたのだ。当然無理がある。

尽もふむふむとプリントを眺めているが、その目が滑っているのを菜都奈は見逃さない。


先生は熱心に説明してくれたが、菜都奈にはそもそも先生が使う公式すら「なにそれ?」といった体で、ちんぷんかんぷんだった。結局理解もしないまま、分かった分かったと頷き通して、どうにかあの場を逃れたのだ。

「もう冬休みは絶対こんなことしない……」

体の火照りも消え、程よく満腹になった菜都奈は脱力感に襲われながら目を閉じた。


夏休みの宿題は八月の上旬に終わらせている。今日プリントも見せに行ったし、これで八月のノルマは達成した。

「尽、ゲームしようよ」

菜都奈は昨日対戦していたゲームを思い出す。

「いいよ。でも音量小さくね、しゅん先輩起きちゃうから」

分かった、と頷いて菜都奈は大きく伸びをする。


残り十日、夏休みはまだ長い。

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