第50話 ア・リーグの決着

 ア・リーグの試合が全て終了した。

 トップは114勝のミネソタ。去年のメトロズとアナハイムを忘れれば、とてつもない勝利数だと言える。

 勝率にして70.4%なのだから、とんでもないことには間違いない。

 ただつくづく、時期が悪かったとしか言いようがない。

 去年はメトロズが128勝して勝率79%、一昨年はメトロズが117勝して72.2%で、さらにその前年が今年のミネソタと同じ114勝であった。

 またアナハイムが去年は123勝して75.9%、一昨年は116勝して71.6%と、この二年間は特に、両リーグの一位のチームの勝率がバグっている。

 歴代の記録で見れば、相当に上なのであるが、とにかく本当に、時期が悪かったとしか言いようがないのだ。


 そしてア・リーグ東地区は、最終戦までもつれながらも、ラッキーズがボストンをかろうじて上回る。

 ただし地区優勝したチームの中では、三位の勝率であった。

 勝率二位は、西地区を制したヒューストンである。

 これに伴いポストシーズン進出のチームも決定した。


 1 ミネソタ・ダブルズ

 2 ヒューストン・アストロノーツ

 3 ニューヨーク・ラッキーズ

 4 ボストン・デッドソックス

 5 シアトル・シーガルス

 6 タンパベイ・マトンズ


 東地区から3チーム選出されたことを考えれば、どれだけ熾烈な戦いであったか、それも分かろうというものだ。

 そしてまずワイルドカードシリーズで、ラッキーズとタンパベイの同リーグ対決、そしてボストンとシアトルの対決がなされる。

 勝ったチームが勝率一位と二位のチームと、ディビジョンシリーズを行う。

 さらにその勝者が対決し、リーグチャンピオンを争うわけだ。


 この中で日本人選手が所属して主力となっているのは、蓮池のヒューストン、井口のラッキーズ、織田のシアトルといった感じである。

 日本の視聴者からすれば、最初はどのチームを見ても日本人選手を応援出来るわけだ。

 なおアナハイムにも樋口がいるわけであるが、まだ故障から完治していないので、どうにもならない状態である。

 そもそもアナハイムはフロントの人事が変更され、ガタガタになったものだ。


 この中でポストシーズンに久しぶりに進出したのはタンパベイか。

 それでも五年前には出場しているので、それほど遠い昔の話ではない。

 ラッキーズがタンパベイに勝つと、ヒューストンとの対決となる。

 井口と蓮池の対決、というものが見られるかもしれない。

 そしてシアトルがボストンに勝つと、ミネソタとの対戦となる。

 リードオフマンの織田がどう活躍するのか、そこが見所と言えよう。

 あくまでこれは、その通りに勝ったらという話だが。




 その中で織田などは、シアトルで色々と考えていた。

 まずはボストンでの対戦となるが、これは短期決戦。

 敵地で三試合が行われ、二勝したほうが勝ちとなる。

 ホームフィールドのアドバンテージが向こうにあることもあり、シアトルとしてはかなりの苦戦を想定しておくべきだろう。

(二連勝したならともかく、二勝一敗では圧倒的に不利になるのか)

 シアトルは勝ったとしても、次に対戦するのがミネソタ。

 今年の七月までは、ワールドチャンピオンの最有力候補とも大本命とも言われていたものだ。


 そのミネソタは点の取り方が、シアトルとは全く違う。

 高校野球ではないが、機動力を重視したシアトルと違い、ミネソタには大艦巨砲主義が存在する。

 そしてそれが、問答無用のパワーで対戦するチームを粉砕するのだ。

 全員とは言わないが、半分以上のバッターが常にホームランを狙っている。

 同じ一点でも、ホームランとそれ以外では、価値が違うのだ。

 それに対して抵抗していくスタイルが、織田のようなプレイヤーだ。

 一点は一点。ただホームランは一発で、最高四点まで入る。


 ボストンも弱いチームではない。

 むしろまとまりという点では、シアトルを上回っているだろう。

 若い力が芽吹いていて、今後数年の躍進を感じさせる。

 これが上杉のいた頃であったら、と思わないでもない。

 ただ今、ボストンの主力となっている選手の何人かは、上杉の代わりにボストンに来た選手なのだ。

 順番が逆で、上杉がいたからボストンが今強いのだ。


 そんな昇り調子の若手主体のチームを、どうやって叩いたらいいか。

 それはレギュラーシーズン終盤の展開が教えてくれた。

 若さというのは、経験の浅いことを示す。

 ハングリー精神旺盛で、まだまだこれから強くなっていくのだろう。

 ただ日本の場合は高校野球の段階で、既に一つのハングリー精神を鍛えられている。

 もっとも直史のような、不思議な人間もいるが。


 周囲の期待に応えようと思わなければ、甲子園に行くことは出来ない。

 甲子園に行くために、県外に進学した者もいる。

 逆に県外から、甲子園に行くために、やって来た者もいるのだ。

 そして連続して甲子園には出場した。

 織田がいた頃は最高でも、ベスト4まで進出するのが精一杯であったが。


 甲子園で打率五割オーバーというのが、織田の宣伝であった。

 しかし一つ下に大介がいたため、その評価は低くなったと言えるのか。

 それでも競合から、プロの世界に入った。

 ベストナインに選ばれたし、同年代ではパの新人王にも輝いた。

 MVPに選ばれることはなかったが、最短とも言える時間でMLBにやってきた。

 そしてこうやって、ずっと一番打者を打っている。


 とりあえずボストンには勝てるかもしれない。

 短期決戦であれば、高校野球経験者は得意なのだ。

 ただミネソタとの試合は、厳しいだろう。

 別に悲観しているというわけではなく、純粋に戦力の問題だ。

 しかし上手くロースコアゲームに持ち込めれば。

 そのために必要なのは、まず相手を動揺させることだ。

 ボストンもミネソタも、若いチームであるのだ。

 そこを上手く突けば、勝利のチャンスはある。

 織田はこういう点で、楽観的になれる人間でもあった。




 ラッキーズの井口は、現在三番か五番を打つことが多い。

 それなりの守備、それなりの走塁、そして打撃はまずまず。

 ラッキーズの打線の中では、かなり貢献している方だと言われる。

 長打と単打を上手く切り替えているところがいいのだと、評価はされているらしい。

 もっとも同じ日本人打者としては、大介以外にも上回っている者がいる。


 その第一とも言えるのが樋口であったが、今年は故障から残りは全休。

 昨年は圧倒的な強さを誇ったアナハイムだが、シーズン開幕前にターナーが長期離脱したのが本当に痛かったのだろう。

 そしてトレードデッドラインを前に、チームを解体。

 一番厄介なチームが消えたものの、今年はミネソタが圧倒的に強かった。


 そしてア・リーグ東地区は、修羅の国であった。

 ラッキーズからトロントまで、4チームによる地区優勝騒乱。

 一応はラッキーズが制したが、この4チームによる潰しあいをしたため、勝率自体はあまり上がらなかった。

 もっとも逆に、ある程度の勝率は稼いだ。

 よって地区三位のタンパベイが、ポストシーズンにも進めたわけだ。


 地区優勝はしたが、勝率は三位のラッキーズは、まずタンパベイと対戦することになる。

 今年一年のみならず、ずっと同じ地区にあるチームなので、おおよそ相手の技量は分かっている。

 勝てるとは思うが、確実にそうとは限らない。

 それに勝ったとしても、次にはヒューストンと対戦しなければいけない。


 もっとも、アナハイムがいなくなったのは、本当に良かったと言える。

 直史のようなピッチャーは、ポストシーズンの短期決戦では、凄まじく強力な役割を果たす。

 ラッキーズにいてくれたら、それだけで優勝候補になったろう。

 もっともラッキーズでなくても、ポストシーズンまで進んだチームであるなら、どこでも優勝候補の筆頭になるだろうが。


 事実、メトロズは七月の末までは、ポストシーズン進出はともかく、ワールドチャンピオンは難しいのではと言われていた。

 しかし直史を獲得してから、あの快進撃である。

 あいつらは本当に、何か毎年記録を作らなければ、死ぬ生き物なのだろうか。

 井口はそんなことを考えたが、案外洒落にならない気もする。

 実際のところ今年は、ミネソタがア・リーグでは大本命だ。

 マイナーから息が揃った打線がメジャーに昇格してきて、先発もリリーフもピッチャーを揃えた。

 総合的な戦力であるなら、メトロズよりも上のような気はする。

 だがメトロズには、常識を理不尽にひっくり返す選手が、投打に二人もいるのだ。


 エースだけでは勝てない、などとも言われるかもしれない。

 しかしメトロズのピッチャーは、井口から見ても質が高いのだ。

 そんなところに直史が加わって、終盤には全く逆転の余地がなくなっている。

 もちろん先に重要なのは、目の前の試合だ。

 タンパベイはともかくヒューストンは、もう完全にポストシーズンの常連なのだ。


 ラッキーズが勝ち上がってヒューストンと対決すれば、かなりの盛り上がりが予想される。

 そしてそこで勝てば、ミネソタがおそらく向こうから勝ちあがってくるはずだ。

 そのミネソタについては、はっきり言って選手層が厚い。

 金でかき集めたのではなく、育成とトレードが上手くいったチーム編成だ。

 ここに直史が行けば、本当に最強のチームになったであろうに。

 いや、今のメトロズが、最強でないとは言わないのだが。


 MLBで優勝するのは、本当に難しい。

 チームの戦力均衡が、かなりしっかりと機能しているからだ。

 もっともメトロズは金にものを言わせて選手を集めているので、それなりに評判は悪い。

 ただそれで勝てるチームを作るのだから、ファンとしては文句もないだろう。

 井口は当時は知らないが、NPBでは昔、タイタンズがそんな存在であったらしい。

 確かに今でも資金力は、福岡と並んでかなりのものではあるが。




 ミネソタには及ばなかったが、最終的にはリーグ二位の勝率で、レギュラーシーズンを終わらせたヒューストン。

 ここにも日本人選手である蓮池はいるわけだが、彼は冷静に野球を見ている。

 そして今年は、ワールドシリーズには届かないな、と戦力分析をしていた。


 とにかく重要なのは、キャリアを積み上げること。

 そしてより巨大な高額契約を結ぶことだ。

 そのためには同じ日本人の、あの二人のピッチャーが邪魔なのだが。

 つくづく人間離れしているな、と蓮池は思う。

 NPB時代は直史を相手に、優勝を阻まれたものだ。


 レギュラーシーズンに比べて、ピッチャーの役割は高まる。

 ポストシーズンこそ本番で、レギュラーシーズンはとにかくポストシーズンにさえ進めれば、そこそこの成績でいいのだ。

 ただそんなそこそこの成績では、契約が大きなものにはならない。

 むしろポストシーズンだからと無理をして、故障するほうがバカであろう。

 野球はビジネスだ。

 金のためにボールを投げるのだ。


 ただ日本で、高校野球を経験したのは、今から思えば良かったとは思う。

 短期決戦のトーナメントは、ピッチャーの役割が重要になるのだ。

 勝ち進めば勝ち進むほど、より投げる環境は厳しくなる。

 その中でも蓮池は醒めて、試合の展開を見ていたものだが。


 バッティングはせずに、完全にピッチングに専念出来る。

 NPBでもパはDHを導入していたが、MLBは両方のリーグがそうなっている。

 先発に向いている蓮池としては、ありがたいことだ。

 ただどうやっても、優勝は無理というのが、今年のMLBだ。


 せめて片方のリーグに、強大な二つのチームが存在したら。

 それならば漁夫の利を狙って、勝つことが出来ただろうに。

 今年はミネソタを倒して、さらにその後にメトロズと戦わなくてはいけない。

 野球はかなり運の要素があるが、普通に分析すれば、勝ち目はないと考えるのが当たり前のことだろう。

(まあFAになってからの話だな)

 別に野球を、それほど好きなわけではない。

 どこかの誰かと同じようなことを、蓮池は考える。

 稼げばいいと考える彼は、それだけに責任感のあるピッチングをするのだ。


 FAになってから、どこのチームを選ぶのか。

 それはもう、資金力が強いチームにしか興味はない。

 そういったチームは限られていて、実際のところ金が全てだ。

 あとはピッチャーに不利なスタジアムのチームにも、出来れば行きたくないところだが。


 オフにもなっておらず、まだFAを取るわけでもない。

 それでも蓮池は、自分の未来を見据えている。

 栄光よりも実利のためのピッチング。

 それで勝てているのだから、なかなか文句もつけられないのだろうが。


 メトロズやミネソタに勝つよりは、いずれメトロズに行きたいか。

 優勝したくないわけではない蓮池は、そんなことも考えているのであった。

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