第49話 既に来季を見据えている人
レギュラーシーズンはまだ終わっていない。
現場の者は指揮官も選手も、少なくとも自分の成績には興味を示している。
しかしフロントの人間は、既にある程度来季を見据えている。
オーナーの中でも代表となるセイバーは、まずはアナハイムの建て直しを考える、
当然ながら補強するところは、まずピッチャーである。
絶対的エースが抜け、勝ちパターンのリリーフ陣も多く放出した。
若手は使ってそれなりに結果を出している者もいるが、チーム内の選手だけでは来年の編成には足りないだろう。
FA選手を狙うか、海外から選手を獲得するか。
NPBからは阿部に目をつけているが、それ以外にも注目の選手はいる。
その中にはキューバの選手もいて、これがまた良さげなリリーフなのである。
サウスポーで104マイルを出すというのだから、これは将来のクローザーとして獲得すべきか。
他にも動いている球団はいるが、アナハイムが一番早い。
やはりオーナーからGMまでトップダウンだと、交渉する者も早く動けるのだ。
ターナーの目の後遺症は、おそらく大丈夫だと言われている。
ただ実戦でどうなるかは、本格的にスプリングトレーニングで確認するしかない。
丸々一年の離脱期間。
それはターナーのキャリアに、大きな影響を与えるだろう。
だがその影響をどちらにするかは、ターナー次第とも言える。
もちろんセイバーも、その手助けはしっかりするが。
打線の方はどうにかなるだろう。
しかし問題はピッチャーである。
ボーエンとレナードは、来年も期待できるだろう。
そしてスターンバックは順調に回復しているので、開幕までにはどうにかしたい。
先発ローテの三人は問題ない。
ここに阿部が上手く適応してくれたら、四人目となる。
あと他にも一人、必要なピッチャーがいるのだが、そちらはまだレギュラーシーズン中なので、下手に接触も出来ない。
だがもしそこまで上手く先発を揃えれば、あとは若手をリリーフに使うことが出来る。
他には、ピアースを戻せないか、ということも考えている。
確かにピアースはトレードで出したが、別に球団のフロントと確執があったわけではない。
ピアース自身としても、今年のコンテンダーであるミネソタに移籍したのは、望ましいことであったろう。
ただ年齢的に、今年が35歳のピアース。
本人は長期契約を望んでくるだろうが、他の球団はどれだけの条件を出すだろうか。
そこそこの年俸を、五年以上というなら、食いつくかもしれない。
他のチームはおそらく、二年か三年の契約を用意するのではないか。
しかし長らくアナハイムにいたピアースなので、セイバーは彼の肉体的素質もしっかりと調べてある。
肩肘などの状態を見ても、そこそこ長く投げられるだろう、と見ている。
40歳まで少し条件さえ付ければ。
もっともその前に、中核を取るために、ある程度の資金は用意しないといけないが。
アナハイムは大幅に選手の総年俸を下げたおかげで、ぜいたく税の対象外となった。
ぜいたく税は一度リセットされると、最初の条件に戻るのだ。
そして二年以上続けて年俸がオーバーすると、どんどんと金額が大きくなってしまう。
アナハイムの場合は、達成できそうにない直史のインセンティブが、簡単に達成されてしまったのだ痛かった。
ターナーが離脱するまでは、そのままぜいたく税の範囲でチームを作るつもりだったのだが。
セイバーは完全にビジネスでやっているわけでも、道楽でやっているわけでもない。
ちゃんとビジネスとして成立する範囲内で、補強から編成をしているのだ。
GMに対しては、基本的にバランス型の補強を支持している。
モートンに比べればセイバーは、かなり商売気を抜いた補強に見えるだろう。
だが純粋に勝てるチームならば、ブルーノもありがたい。
モートンの場合は、とにかく人気の出そうな派手なチームを求められたからだ。
現時点でアナハイムの資産価値は、まだ下げ止まりしていない。
しかしセイバーにとって、それは望んでいたことなのだ。
モートンはまだ、ある程度の権利をアナハイムに関して持っている。
出来れば彼がそれを、全部放出してほしいが、わずかばかりの権利であっても、セイバーに一極集中させたい。
本当に自分がオーナーとなって、GMと一緒にチームを作る。
わたしのかんがえたさいきょうのちーむではないが、ほぼそれに近い。
勝つために適切に、金を使うのだ。
ピアースはミネソタに移籍してから、あまりクローザーとしては登板していない。
セットアッパーとして八回を任されることが多い。
これを屈辱と感じるかどうか、それは人次第であろう。
ピアースはどちらかというと職人肌で、だからこそクローザーというプレッシャーのかかるポジションも投げられたのだ。
しかしミネソタは今年から既に、クローザーの選手は取っている。
それで上手くいっていたのだから、そこは変えたくない。
試合に負けるパターンで多いのが、クローザーまでのセットアッパーが打たれるというものだ。
贅沢な話であるが、ミネソタは左のリリーフは揃っていた。
なので右のピアースは、七回か八回を、相手の打席を見て使われる。
それにしっかりと合わせるのも、ピアースのリリーフとしての矜持である。
30セーブをした後に、20ホールド。
そんなピアースが注目するのは、同じくアナハイムから放出された直史だ。
リリーフいらずのスーパーエース。
ピアースとしても直史は、確かにリリーフも出来そうだな、とは思っていた。
しかし去年のポストシーズン、起用されたのはセットアッパーとして。
もっともミネソタの強いところを、しっかりと抑えたものだが。
あの状況のセットアッパーは、クローザーよりも大変ではないか、と思った。
だがそれを平然と、直史は封じたのだ。
今年もア・リーグの二冠に輝きそうなブリアン。
むしろもう少しだけ打線がブリアンに集中している方が、打点は稼げただろうと言われている。
バッティングに関しては、確かにア・リーグのバッターの中では最強であろう。
同じチームになってみると、その絶対的な安心感が分かる。
アナハイムにも、そしてそれ以前のチームでも、いいバッターは見てきた。
だがそれに比べても、ブリアンは既にレジェンド級だな、と思うのだ。
ただ、それでもアメリカでは二番目だ。
ピアースは去年のワールドシリーズでも、大介を見ている。
そして大介と対峙した直史が、どれだけの集中力を使っているか、同じピッチャーとして見極めたのだ。
あの直史が、あれだけ集中した状態で、それでも打たれた。
延長までずっと投げていたとか、連投であったとかは別の話である。
直史は全力で投げて、それで打たれたのだ。
ワールドシリーズに進めば、その直史とも対戦する機会があるだろう。
しかしメトロズに移籍以降、直史はクローザーとして投げている。
全てのクローズ機会を成功させ、そしてランナーを一人も出していない。
相変わらずおかしなことをしているな、とピアースとしても思わないでもない。
「サトーはいったいなんなんだ?」
ミネソタに来てから、そう問われることが多かった。
誰しもあの存在に対して、思うところはあるのだろう。
ほとんど人間とすら思えない、完璧なピッチング。
クローザーとしては一人のランナーすら出していない。
もっともそれはさすがに、エラーも出ていないあたり、運のよさもあるとは思うのだ。
「近くで見ていてもさっぱり分からない」
それがピアースの感想だ。
メトロズに移籍以降、直史の成績を見ているのは、正直ショックだった。
先発として何度もパーフェクトを達成する、おそらく史上最高のピッチャー。
だがそれはそれで、クローザーとしての自分は、また違った価値を持っていると思っていた。
しかし直史は、ランナーすらも許さない。
1イニングに限って言うなら、最強のピッチャー。
いや、もう強いとか弱いとか、そういうレベルではないのかもしれないが。
先発としても中継ぎとしても、そしてクローザーとしても、全てを備えている。
例えば弟の武史も複数回のパーフェクトを達成しているが、リリーフの適性はないことは知られている。
スロースターターにはリリーフは向かない。
それはさすがに当たり前のことである。
来年以降をどうするか、ピアースはまだ決めていない。
本当のところは、代理人に任せることになるのだろうが。
アメリカのメジャーリーガーは、いまや代理人がいなければ、まともに球団と交渉も出来ない。
それに選手にしても、プレイに全力をかけるため、そちらの方が望ましい。
それでもある程度は、どういう環境でプレイしたいかは代理人に要望しておく。
ピアースとしてはもう、チャンピオンリングにはさほど興味はない。
優勝は一度すれば充分で、あとはキャリアをどう過ごすかの方が重要なのだ。
具体的には金である。
それと登板機会だ。
クローザーの方がリリーフより金にはなるが、それでも長期的に見るならリリーフも選択すべき、という場合はある。
メジャーリーガーは基本的に、長く活躍すれば長く活躍するほど、金を稼ぐことが出来る。
キャリアの構築というのは、そのために必要なことだ。
クローザーにこだわりすぎて、キャリアを積めなくなるのはまずい。
今のミネソタでの使われようは、ピアースにとっては悪くないのだ。
ただ、もしもあと二年ほどの契約をするなら。
メトロズなどはいいかもな、と思うのだ。
アナハイム時代のファンからすると、裏切りにも見えるかもしれない。
ただあそこは次代のクローザーであったはずのアービングがトミージョンをしている。
来年一年は丸々、そしてその翌年もまだ、完全にはクローザーとして通用しないだろう。
他にはアナハイムに出戻り、という選択肢だってある。
ただアナハイムは若手から、クローザーを育てている。
来年には新たなるクローザーとして活躍するかもしれない。
メトロズの場合は打線が強力なので、先発がいい仕事をすれば、クローザーの出番がないかもしれない。
そうは思っているのだが、直史が圧倒的なクローザーとして君臨している。
そしてそこから、90%以上という高い勝率を誇っている。
一つのチームが27連勝などというのは、頭がおかしくなりそうな数字だ。
ただ、今はミネソタの一員として、ワールドチャンピオンを目指す。
去年のワールドシリーズで、ピアースは学習した。
大介とは対戦してはいけないのだと。
あれこれ言われるかもしれないが、大介は絶対に勝負してはいけない。
それこそ歩かせたら、同点なり勝ち越しなりで、試合が決まってしまうという場面を除いては。
とにかく言えるのは、ミネソタの若いバッターたちは、直史に興味津々ということだ。
もっともピアースからすると、樋口の力も大きいのだろうとは思う。
自分よりも10歳以上若い選手たちには、どうしても理解できないこともあるだろう。
自分の若い頃を鑑みれば、それも仕方がないな、と諦めることも出来るのだが。
レギュラーシーズンも残り数試合。
ミネソタのア・リーグ一位は既に決定している。
脅威の追い上げを見せたメトロズであるが、それでも勝率を逆転されることはない。
もっとも八月と九月の成績だけを見れば、どちらの状態がいいのかは、はっきりと分かってしまう。
「リリーフはお仕事をしないとな」
若くもないピアースは、冷徹に己の仕事を、このミネソタでするだけである。
来年はまたどこか、別のチームに行くのかなと考えながら。
若い頃はまだ、メジャーリーガーとなっても、夢の中でプレイをしているようであった。
とにかく上だけを向いて、高みに至る選手たちと対決してきた。
ただFAになったあたりから、エージェントははっきりと言ってくる。
金を稼ぐことが大事であると。
選手の本分は野球をすることで、金を稼ぐことが上手いわけではない。
もっともごく稀に、そういう才能まで持っている選手もいるが。
ピアースにしても自分の資産をどう築き、そしてさらにどう稼いで行くか、今ではそちらの方を考えている。
熱量が落ちたわけではない。ただ、冷静に判断出来るようになっただけだ。
そしてそんな自分になったからこそ、安定を求められるクローザーになったのだと、今ならば分析できる。
また来年も、リリーフとして活躍する。
先発は求めず、リリーフとして終わるのだと、それは分かっている。
別にどちらが凄いとかではなく、向き不向きがあるだけという話だ。
するとやっぱり直史が、とにかく異常な存在だと分かるのだが。
ワールドシリーズ、予想されるカードはメトロズとミネソタだ。
直史とクローザー対決をすることになるのか。
ただそれをやる状況になったら、ミネソタの負けだろう。
ピアースはそのあたり、とことんリアリストであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます