第42話 熱狂の裏で

 26連勝。

 このとてつもない記録に、ただ感心して驚いてばかりはいられないのが、メトロズ以外のMLBのチームである。

 特に同じリーグで覇権を争うチームに、ワールドシリーズでの対決を考えるチームなど。

 このメトロズの強さの理屈を、正しく理解しておかなければいけない。


 元々メトロズは、今年も最初からそれなりに強かったのだ。

 四月と七月の成績がいまいちであったのは、大介の離脱もあるが、それよりも原因ははっきりしている。

 安定感のあるクローザーの有無である。

 今年の四月途中からメジャー昇格した、アービングの能力。

 103マイルのスピードボールに、スプリットを混ぜたピッチング。

 球種はほぼその二つだけであるが、とにかくスピードで相手を封じてきていた。


 そんなアービングが故障離脱して、移籍してきたのが直史というのは、なんとも対照的なものだ。

 ピッチャーの特性を知らない者等は、武史をクローザーに回して、直史は先発にすべきだろう、などとも言っていた。

 もっとも武史にはリリーフ適性がないことは、既にメトロズでは分かりきっていたことなのだが。

 正確に言うと、武史のクローザー適性も、ないわけではない。

 だが直史の方が、より確実なのである。


 連勝記録は派手だが、それはメトロズの野球の本質ではない。

 重要なのはメトロズが、しっかりと打線で点を取っているということ。

 そしてもう一つは、クローザーの安定感だ。

 クローザーの安定感というのは通常、奪三振率とK/BBが重要となる。

 奪三振率は分かりやすいが、K/BBというのはなんなのか。

 それは三振の数を、四球の数で割ったもの。

 制球力を示す指標であるのだ。


 Kはそのままスコアブックに書かれる三振の意味。

 BBはBase on Ballsの略だ。

 これが3.5以上であると優秀で、クローザー向きと言われる。

 だが直史はあまりそれを信じていないし、周囲もそうだ。

 なぜなら奪三振率に関しては、武史の方が直史を上回る。

 そして武史のK/BBは全球団のクローザーに比べても上。

 ピッチャーの気質というものが、やはり重要なのだ。


 武史は試合の序盤、肩が温まっていないというのもあるが、それよりはまだテンションが上がっていないという方が正しい。

 しかしクローザーに必要なのは、最初からトップギアで投げられる集中力。

 武史も試合の終盤、勘所になってくると集中力を高めていく。

 完全なスロースターターなので、やはり先発で投げるべきなのだ。

 しかも完投力が尋常ではない。

 武史が投げる試合では、あまりリリーフを必要としないのが、チームとしてはありがたいところだ。




 ポストシーズンで戦う予定があるチームは、どこも弱点の分析に熱心である。

 だがこれといった弱点はなく、せいぜい直史が故障してくれればとか、大介がスランプになってくれればとか、そういう話しか出てこない。

 一応サウスポーのスライダーには、比較的であるが打率は低い。

 ただ大介はゾーンの真ん中から外は全て、五割以上の打率を残している。

 内角であるとボール球でも、三割は普通に打っている。

 ボール球を打たせないと、ほぼ確実にミートする。

 そして最近はたちの悪いことに、アッパースイングでホームランを狙うようになってきた。


 故障からの復帰後、まるでそれまでの鬱憤を晴らすかのように、スイングに変化が見られた。

 元々はレベルスイングで、ジャストミートしたライナー性の打球でスタンドに放り込んでいた。

 これはあまりにもでたらめなものであったが、復帰後はとにかく長打を狙っている。

 変化したスイングによって、打率は下がったがOPSは上がってきている。

 世間は打率の更新に目がいっていたようであるが、チーム貢献度は今の方が高くなっているのだ。


 MLBに来るのが遅すぎた。

 せめて24歳ぐらいで来れば、記録の更新も狙えたであろうに。

 などと言うのはホームランの数もヒットの数も、アメリカ産のみ数えるMLB。

 実際のところ大介がMLBで通算記録を更新するとするのは、別にまだ無理なわけではない。

 四年目の今年、おそらく300本に達するだろう。

 年間には75本ほどのペースである。

 いや、やはり難しいか。

 35歳ぐらいまでは、おおよそ成績も維持が望める。

 しかしそこからまだ、年間70本を打っていく。

 さすがに無理だろう、とMLBの常識に慣れた人間は思ってしまう。

 もっともそれは日本人でも、無理だとは思う。

 MLBのみの記録でレコードを更新するなら、日米通算では1300本を超えることになる。

 超人であってもそれは、不可能な数字だ。


 そんなところまで欲張らなくても、大介は充分にレジェンドである。

 もしも衰えが思ったより早く、MLBの殿堂入り基準である10年の所属を満たさなくても、誰もが例外として求めるだろう。

 ホームランも盗塁も、300以上を記録するなど、歴代の選手を見ても果たして何人いるか。

 それに大介の場合は、三冠王という数字も残している。

 MLBではあまり、三冠王は一般的ではないのだが。


 この大介を主軸に、メトロズの打線の得点力は凄い。

 もっともミネソタの方が、今季は純粋に得点力は高いのだが。

 しかしそれは、大介の離脱期間があったせいもある。

 一番のステベンソンから、六番の坂本までは、侮れないバッターばかりとなっている。

 特に最近は五番のラッセルが、長打力を伸ばしているのが素晴らしい。


 ラッセルと大介の年齢差は、九歳となっている。

 グラントやシュミットなど、他の選手の年齢や契約年数もある程度はばらばら。

 これは今年限りではなく、来年以降もメトロズの打線は恐ろしいということだ。

 他のチームがメトロズに勝つ。

 それはミネソタのように、育成が上手くいった場合しか、無理ではないかと思える。




 むしろメトロズの強い部分は、ピッチャーにあるのではないか。

 武史との契約が、まだまだ残っている。

 改めて武史の契約は、奇妙なオプションがついている。

 三年3000万ドルに、各年最大500万ドルの出来高。

 これは契約当時は、さすがに高いのではと言われたものだ。

 またメトロズが高い買い物をしているな、と叩かれた。

 実際にはとてつもなくお買い得な選手であった。


 武史の契約は最大五年契約で、四年目と五年目は球団側に、二年で5000万ドル+出来高の契約があった。

 これは高い年俸ではあるが、それでも実績と比較してみれば、圧倒的にお得な金額である。

 大介の年俸にしろ、基本が年に3000万ドルと、このレベルの選手を確保するにしては、圧倒的な格安契約と言えるだろう。

 おかげで来年は、ピッチャーに手を入れることが出来るか。


 今年、レギュラーシーズン前に離脱したワトソンが、既にマイナーで調整に入っている。

 九月のセプテンバーコールアップのタイミングで、他のピッチャーと共にメジャーに上がってくるだろう。

 問題なく投げられれば、先発のローテが埋まっていく。

 オットーとスタントンが今年でFAとなるが、それほどの戦力の低下となるかどうか。

 むしろメトロズの打撃力であれば、他のピッチャーでも大きく活躍できるのだ。

 特にメトロズは、グラウンドボールピッチャーを探している。


 今のメトロズは内野の守備力が高い。

 特にショートの大介が、守備範囲も広ければ肩も強い。

 打たせて取るタイプのピッチャーであれば、成績は改善するはずだ。

 アナハイムは主力の故障により、かなりの選手を放出した。

 もっともこれによって、ぜいたく税がリセットされる。

 ならば来年からは、上手くチーム再建は出来るだろう。

 ただ直史のいなくなったアナハイムに、そこまでの価値があるかは疑問である。


 この後数年は、絶対王者メトロズに、対抗のミネソタが挑む、という構図になるのではないか。

 メトロズがクローザーの獲得に失敗しなければ、それこそ今年もその構図になっただろう。

 上杉や直史ほどのクローザーは、他にはいない。

 だが去年のレノンレベルならば、どうにか用意できる。

 あとはアービングの復帰を待つのみだ。




 今のメトロズの状況を、一つ一つ分析する。

 まず打線に関しては、何もケチのつけようがない。

 リードオフマンのステベンソンに、主砲でありながら切り込んでいくことも出来る大介。

 大介が足もあるというのが、他のチームにとっては地獄なのだ。

 そしてシュミットからグラント、ラッセルに坂本。

 若手と中堅とベテランと、まるで隙がないものだ。


 この打線の中で大介とステベンソは、ショートとセンターを守っている。

 どちらも難しいポジションを、高い守備力で守る。

 この守備による貢献度も、WARを計算する上ではバカにならない。


 この二つに対するならまだしも、投手陣には付け入る隙があるか。

 105マイルを投げて完封する武史の契約は、あと三年残っている。

 これに加えて自前で育ててきた、ジュニアにワトソンといった三枚が、今後の先発の主軸になるだろう。

 しかしリリーフはクローザーもだが、そろそろもう少し厚みを加えたい。

 マイナーにてリリーフは、かなりの人数を試している。

 プロスペクトのメイクアップには、それなりに成功しているのが現在のメトロズだ。

 もっとも上杉や直史の獲得のために、何人かは流出してしまっている。


 メトロズの打線の援護を考えれば、ある程度ピッチャーの層は妥協が出来る。

 レギュラーシーズンはそこまで、圧倒的な戦力でなくてもいいだろう。

 そしてポストシーズンに進めば、強力な先発が完投ペースで投げてくる。

 それでもレギュラーシーズンならば、ある程度は勝負になる試合が増えるだろう。


 五分五分の勝敗をしてくれるピッチャーがいれば、それでいい。

 あとはむしろリリーフ陣に、確実な選手を入れたい。

 今年のメトロズを見ても分かる通り、クローザーの存在は大きい。

 ただピッチャーというのは故障が怖いのも確かだ。

 

 メトロズが今、成功している理由の一つには、ピッチャーとの超大型契約を結んでいないことが挙げられるだろうか。

 武史との契約でさえ、この成績のピッチャーに対してのものとすれば、あまりにも格安である。

 優勝した年の勝ち頭である、モーニングをFAになってすぐに放出したのも、今から見れば正しいことである。

 他のチームでローテを回しているが、絶対的なエースとまでは言えない。

 そもそもそろそろ年齢的にも、衰えてきているのだ。

 今年でオットーとスタントンも、おそらく放出するのだろう。

 しかし直史は今年のみの契約で、クローザーをどうするのか。

 ローテのピッチャーが二枚減るのも、問題ではあるのだ。


 事情を知らない他の球団が危惧するのは、メトロズが資金力によって、直史と来年も契約を結ぶことだ。

 正直なところ直史が入るのなら、5000万ドルぐらいは年俸として示さなければいけないだろう。

 そしてそれを、複数年契約。

 他のスカウトなども声を揃えて言うのは、直史はおそらく選手寿命が長いタイプのピッチャーであろうということ。

 変化球は様々に駆使するが、その投球メカニックに体への負荷は全身に分散している。

 なので金で直史をメトロズが確保し続ければ、左右にとんでもないピッチャーという体制が、まだ続いていく。

 今年は他にいないから仕方がないが、本来の直史は先発だ。

 二人で60勝はしてしまうのではないか。

 これが実現すれば、他の球団にとっては悪夢である。


 この情報を知っているのは、アナハイム上層部のごく一部。

 それ以外は知らないため、獲得を目指すチームは今から、今季でFAになる選手を、切るかどうかを考えている。

 特にこの三年、散々な目に遭ってきたヒューストンなどは、かなり真剣に考えるだろう。

 しかしながら直史は代理人をつけていないので、交渉の取っ掛かりがない。

 さすがにシーズン中に、選手に対して交渉するなどは許されていないのだ。


 今年のメトロズの、あまりにも異常な強さ。

 そしてそれを認めたうえでの、来年からどう動くか。

 また数年後の、主力がFAになったらどうなのか。

 その頃にはメトロズは、オーナーが高齢ということもあって、どうなるかが分からないが。


 レギュラーシーズンはあと一ヶ月強。

 まだまだ恐ろしい記録が達成されそうな、シーズンが残っている。

 大介のバッティングに、武史のピッチング。

 そしてクローザーという本来ではない使われ方をしている直史。

 レギュラーシーズンが終わって、ポストシーズンになればどうなるのか。

 故障していた選手も復帰して、それぞれが動いていくことになる。

 スリリングなシーズンは、まだまだ熱量を発散して、観衆たちを魅了していくのであった。

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