第30話 闇に蠢くものたち

 水面下での交渉が活発化する。

 メトロズはワールドシリーズの連覇のために、絶対にクローザーが必要なのだ。

 目下のところクローザーを放出しそうなチームはいくつかある。

 またクローザーとしての実績はないが、クローザーとして通用しそうなピッチャーを取るという選択も考えられる。

 大介の異常なまでの速度の復帰から、オーナーのコールは完全に今年もワールドチャンピオンを狙っていた。

 そのためには金は惜しまないというのが、彼の言葉である。


 その意を受けて動くビーンズは、まず第一にアナハイムのクローザーのピアースに目をつけていた。

 昨年はメトロズとワールドシリーズで、熾烈な争いをしたアナハイム。

 ピアースはそこの絶対的なクローザーとして、昨シーズンは42セーブを上げていた。

 アナハイムは樋口の故障により、守備力も打撃力も大幅に低下した。

 ただ現在はまだ、勝率が五割を切っていない。

 この時点でクローザーを放出するのは、まだ早いかと見ていたのだ。


 ビーンズはGMとして、クローザーを獲得するにしても、代償に誰を出すかも考えないといけない。

 上杉の獲得の折、メトロズがボストンに放出したプロスペクト。

 それは今年のボストンの勝利に、大きく貢献している。

 さすがにピアースは上杉に比べれば、ずっと力量は落ちるだろう。

 だが経験も実績も、充分にはあるはずだ。


 今年のワールドチャンピオンを取りにいくにしても、来年以降に響くような戦力の放出は避けたい。

 ただでさえアービングの故障は、来季中に復帰出来るかどうかも微妙なものである。

 平均でリハビリを含め、一年から一年半の時間が必要となるのだ。

 アービングは若いため、来年中に復帰できればありがたいぐらいのものだろう。

 それを思うと二年間ほどは穴を埋めてくれるクローザーなどを獲得したいものだが。

「そんなものはいないよな」

 いたらそもそもこのシーズンの前に、獲得するために動いていただろう。


 ビーンズはこの際、マイナーからの抜擢も考えている。

 少なくともセットアッパーとしては、それなりの数字を残しているピッチャーがいるのだ。

 しかしクローザーというのは、度胸が必要になる。

 セットアッパーと違って、一度の失敗で信頼を失うことにもなる。

 マイナーから上がってきたばかりのようなピッチャーを、いきなりメジャーのクローザーで使うとは、FMのディバッツも承知しないだろう。

 

 七月の中盤から終盤にかけては、最もトレードで選手が動く。

 トレードデッドラインは七月の末で、それまでに各チームのGMは、今後のチームについて考えていかなければいけないからだ。

 もしもポストシーズン進出が狙えるなら、ここで補強に走る。

 逆にポストシーズンが遠のき、今年で契約が切れる選手、FAになる選手がいるなら、それは放出しようと考える。

 せっかくの戦力であっても、来年にはもういないのだとしたら、若手のプロスペクトとトレードにして放出するのだ。

 これが契約切れの前の選手の場合、年俸総額を圧縮し、ぜいたく税のラインを下げることにもなる。

 数年以内にまたワールドチャンピオンを狙っていくつもりなら、大型契約の選手はそのまま残しておく。

 オフシーズンにFAとなった選手を獲得し、プロスペクトを集めて、翌年以降の戦力強化を狙うからだ。

 アナハイムの場合は、アレクに樋口にボーエンあたりは、まだまだ契約期間が長い。

 ターナーが復帰さえすれば、打線はかなり強力なものであるのだ。


 ただメトロズとちがって、アナハイムは無限に選手に金をかけたりはしない。

 ビーンズはなので、ピアースを放出するなら獲得したいな、と思っていた。

 直史に関しては、注意の外にある。

 トレード拒否権を持っていて、新しい契約を結ばなかった。

 オフに大型契約を、他のチームと結ぶのだろうと、当たり前のMLBでの思考で考えていたのだ。




 ビーンズはこの時期、支配下登録ならびにマイナーの選手まで、かなりの選手を選別する。

 今後のメトロズに必要な選手と、それほどでもない選手を分類するのだ。

 薄情なようにも見えるが、これをしておかないと、誰を出していいのかが分からなくなる。

 たとえば今のメトロズの場合、野手で出してはいけないのは、ステベンソンと大介。グラントは条件によっては出してもいい。実際はかなえられない条件だろうが。

 またピッチャーに関しては、オットーやスタントンは、あまりほしがる球団はない。

 ローテを確実に回してくれるピッチャーではあるが、メトロズの強力打線なしには、それほど勝ち星も稼げない。

 今年でFAになるので、ポストシーズンを狙っていくつもりなら、もっと計算して勝てるピッチャーを欲しがるはずなのだ。

 かといってローテを無難に回す、今のメトロズにとっては、かなり重要な戦力ではある。


 来年以降のことを考えると、ピッチャーを育てる必要がある。

 アービングがせっかく覚醒しつつあったのに、故障してしまったのは残念であった。

 大介の復帰にもう少し時間がかかっていたら、ビーンズは今年は諦めて、選手を放出していただろう。

 だが大介の復帰によって、その計算が狂った。

 オーナーのコールはここでさらに金を使ってでも、クローザーを手に入れて構わないと指示を出している。

 それでもビーンズは、来年以降もメトロズの戦力を維持するため、プロスペクトは出来るだけだしたくはない。

 来年はおそらく、アービングも間に合わず、一年間を他のピッチャーでしのいでいく。

 それでも打力だけを見れば、ポストシーズンは充分に狙えると思うのだ。


 来年一年は厳しいかもしれない。

 だがそのまた次の年は、ワールドシリーズを狙っていこう。

 大介のいる限り、打線の核は消えることはない。

 あとは上手くピッチャーを育成していくことだ。


 さしあたって、クローザーの手配である。

 アービングが成長していく姿は、見ていて気持ちのいいものであった。

 だがレノンを残したまま、アービングにも経験を積ませれば、もっと良かったのではないか。

 しかし肘のトミージョンは、パワーピッチャーであればだいたい経験するものだ。

 武史などはさらなるパワーピッチャーなのに平気なのは、ビーンズとしても不思議なところである。

 もっともNPB時代は、深刻なものではないが、他の部分を故障したことはあったらしいが。


 そう考えてふと、オールスターに思い至る。

 メトロズからは武史が出場するが、あまり無理をせずに投げてきて欲しい。

 本人としては、別に出場したくもなかったそうだが。

 だいたい休養日が上手く重なった日などは、NBAの観戦によく行っているのは知っている。

 メジャーリーガーでも確かに、野球に対してそれほど真摯でない人間がいることは確かだ。

 ただ武史の場合、それとも少し違うと思うのだ。

 

 現在のメトロズは、とりあえず打撃力はそろっている。

 大介が一人で、三人分ぐらい働いているということもある。

 グラントの契約が切れる前に、ラッセルが上手く育っていてくれたらいい。

 この育成のことを、MLBではメイクアップという。

 別に某セーラー戦士とはもちろん関係ない。


 ピッチャーに関しては、やはり来年も苦しくなりそうだ。

 オットーとスタントンが、FAになるからだ。

 イニングイーターとして立派に25試合以上を先発する二人は、なんだかんだ言って安定していた。

 ジュニアがしっかり先発に入って、武史の契約が切れるまで、この二人は先発として活躍してくれるだろう。

 あとはワトソンも、上手く復帰して欲しいものだ。

 とりあえず勝ちの狙える先発が三人いれば、ポストシーズンは狙っていける。

 ただリリーフ陣はまた、下から出てくるのを待たなければいけないかもしれない。


 クローザーはやはり、FAで単年でもいいから、ストーブリーグに探すべきだろう。

 おそらく大介が35歳前後になるまで、メトロズは打線の得点力を維持しやすい。

 今年獲得するために、こちらは何を差し出すのか。

 出来ればプロスペクトではなく、金銭トレードの方がありがたい。


 場合によっては金銭トレードも成立するのだ。

 悪名高いオーナーなどは、チームが優勝した翌年には、年俸の高騰を嫌って主力を全て放出したりもした。

 そういういいタイミングで獲得出来るなら、メトロズとしてはありがたい。

 コールはなにしろ、MLBの中でも最大の、道楽オーナーと言われていたりするのだから。

「アナハイムにかけてみるかな」

 樋口の離脱以来、三連敗を喫していたアナハイム。

 対戦相手のシアトルは、同じ地区で優勝を争っている。

 それだけに負けるわけにはいかなかったのに、強いピッチャーを使ってそれでも負けてしまっていた。

 ただアナハイムのモートンは確かにビジネスマンだが、ある程度はチームの価値を考えている。

 なので金銭だけで、ピアースが手に入るとは思わない。

(こちらから出せる大型契約の選手はいないからなあ)

 六番を打っているラッセルなどは、これから主軸を打つことになるだろう。

 大介が衰える頃に、新たな力となっていてくれていたらいい。

 おそらくコールは、自分がオーナーでいる限りは、大介を手放さないであろうから。

 もっとも年齢的に言って、コールもそろそろお迎えが来てもおかしくないのだが。


 ビーンズには毎日電話がかかってくる。

 それはあちらからの売り込みの電話であることが多い。

 本当にほしい商品は、もっとぎりぎりになるのかもしれない。

 あるいはあちらが様子を見ているのか。

 ユーティリティにあちこちを守れる選手もほしい。

 今回の大介の離脱は、さすがにひやりとしたものだ。

 普段は他を守るが、ショートも守れてある程度打率と出塁率がある。

 そんなプレイヤーもほしいものである。


 色々と考えているビーンズは、パソコンと睨めっこをしている。

 そんな彼に対して、他球団のGM以外からの電話がかかってくることは、他の人間を介したものとなる、

 今、そんな電話がかかってきた。

 おおよそこういう場合、厄介な存在であったりするものだ。




 ホームランダービーはあっさりとブリアンが優勝したが、大介のいない舞台であった。

 復帰したのだから今からでも見たいというファンはいたが、大介はそもそも完全に復調したわけでもない。

 マンションで体を解しながら、ホームランダービーもオールスターも観戦する。

 他人の試合を見ていると、自分もやりたくなるのが困る。

 なので勝手にチームの施設で、フリーで打ち込みなどをしていたが。


 いい時期に復帰できたものだ。

 この二試合は右打席に入っていた大介だが、テーピングを外して左打席で打ち始める。

 もっとも右打席の時も、一試合に一本はホームランを打っていたのだが。

 右だと相手が侮ってくれるので、案外効果的らしい。

 一番最初は大介も右で打っていたのだが、足を活かすためにすぐに左になったのだ。

 ただワールドカップなどでも、普通に右で打っている。


 100マイルオーバーの速球も、大きく曲がる変化球も、やはり慣れた左の方が対応しやすい。

 この時期に疲労が溜まっている選手はいるが、大介はゆっくりと休むことが出来た。

 そのためここで練習をして、試合に向けてアジャストしていく。


 お祭り騒ぎでは武史が、景気良くホームランなどを打たれたりしていたが、重要なのはその後の二日間の休養。

 大介も左の感覚を取り戻しながらも、考えていくことはある。

 メトロズが今年、ワールドシリーズまで勝ち進む方法。

 絶対に必要なのはクローザーだ。

 アナハイムのクローザーを、狙っているというのは知っている。

 確か2000万ドルほどの年俸だろうに、よくもまあメトロズはそんな金を出すものだとは思う。

 ただそんなことをやってもらうと、アナハイムが完全に弱体化する。

 さすがの大介も直史が、先発ローテを回しながら、クローザーまでやれるとは思わない。

 ……出来ないよね?


 オールスターが終わって、次のカードは客の呼べるカードだ。

 とは言っても、向こうのスタジアムで開催されるものだが。

 ラッキーズとのサブウェイシリーズ。

 ニューヨーク対決は、盛り上がるものである。

「でもクローザーがなあ」

 大介は呟きながら、第一戦の初回にソロホームランを打った。

 ツーアウトランナーなしからだったので、歩かせてもよかったであろうに。

 打順が三番のままなので、勘違いしてしまったのか。

 大介はおよそ90%まで回復している。


 そしてこの試合は、武史が先発である。

 オールスターではホームランを打たれていたが、あれは100マイルしか出ていないストレート。

 キャッチャーもあまり考えずに投げさせたので、仕方がないと言える。

 この試合は、当然ながら坂本がマスクを被る。

 それによって初回から、三振を奪っていく。


 大介はまだDHのままであるが、もうショートに入ってもいいのではないか。

 骨はくっついた痕跡があり、骨折箇所近辺の突っ張りもない。

 守備に入っていない大介は、味方のチームを冷静に見ることが出来る。

 そして今日は、メトロズが負けるという空気を感じない。

(勝負してくるかな?)

 今日はメトロズもクローザーを必要としないだろう。

 問題は明日以降の試合になる。

 大介はまだ、わずかな感覚のズレを感じている。

 ホームランを打っても、それで満足する人間ではない。

 今日は四打席勝負してもらえて、最初の打席ではホームラン。

 他は外野フライが一つと、単打が一つ。

 打率五割でホームランが一本出ていれば、それで充分とも言える。

 だがそこで満足しないからこそ、大介はまだまだ成長していくのだ。


 バットで完全にミートした、どこまでも飛んでいくようなライナー打球。

 アレを完全に取り戻そうと、大介なりに苦しんでいる。

 もっともこれで復帰から、三試合連続ホームラン。

 そしてこの試合、武史は16奪三振で完封した。




 ラッキーズとの第二戦は、ジュニアの先発である。

 今季は9勝3敗と、見事なエース格の働きをしている。

 開幕からしばらくは、小さな故障で投げられなかった。

 その影響で黒星がついている。

 それでもここ八試合は、全てクオリティスタートに成功。

 大介が戻ってくれば、打線の援護で勝ち星が取れる。


 ピッチャーの評価に勝ち星が数えられない時代。

 だが投げているピッチャー自身は、勝てないと気分が悪い。

 今のメトロズは、リリーフが弱くなっている。

 アービングが離脱してから、特にクローザーが弱い。

 大介が加入してから、三年連続でワールドシリーズに進出しているメトロズ。

 チームを勝たせることの出来るプレイヤーというのは、大介のような選手を言うのだろうか。


 ジュニアはこの試合、七回を投げて三失点。

 ハイクオリティスタートではないが、イニングを食うということは重要なことなのだ。

 メトロズはそこまでに八点を取っていた。

 圧倒的に有利な状況で、残りの2イニングを戦うこととなる。


 リリーフ陣はあまり期待できない。

 そうはいってもここまで点差があれば、充分に余裕をもって投げられる。

 勝ちパターンのリリーフを使うまでもなく、最終的には9-5でメトロズの勝利。

 これにて三連戦は二連勝である。


 三戦目の先発は、オットーとなる予定であった。

 だがこの日、ニューヨークは試合の前から雨模様。

 ニューヨーク同士の試合であると、どちらもホームが近いため、延期してどこかで試合をすることが簡単だ。

 そのためこの第三戦は、雨天延期となるのであった。

「それにしても、もうトレードデッドラインまで時間がねえぞ」

 屋内で軽くトレーニングなどしながら、誰ともなく大介は呟く。

「狙っちゅうピッチャーをどうやって獲得するかが、GMの腕の見せ所やが」

 応えてくれたのは坂本である。


 坂本は根本的な部分では、損得勘定でものごとを考える。

 また感情ではなく現実をそのまま見るので、変に確執が発生したりもしない。

「どこから取ってくるのかな」

「アナハイムやろう」

 坂本は前にアナハイムにいて、ピアースの能力を良く知っている。

 現状のメトロズには、完全にフィットするピッチャーだ。

 もっともそうなると、アナハイムはチーム解体となる。

 それにピアースは、年俸が高いという欠点もある。


 他のチームならばともかく、メトロズなら金に糸目をかけずに獲得するだろう。

 ただアナハイムは、まだポストシーズンを諦めていないのか。

 樋口の離脱以降、直史以外のピッチャーは勝てていない。

 点を取られているのも確かだが、それ以上に点を取れていないのだ。

 先発がクオリティスタートを決めても、最後まで投げられなければリリーフに託さざるをえない。

 そのリリーフの数字も落ちてきている。

 ただメトロズも、クローザー不在は深刻である。

 サンディエゴとの三連戦が始まる。




 トレードデッドラインまで、もう10日を切っている。

 メトロズは現在、勝率が56.7%と、一応ナ・リーグの東地区では一位となっている。

 だがアトランタとのゲーム差はほとんどなく、それに出来れば地区優勝だけではなく、優勝した上で勝率の上位二位に入っておきたい。

 現在のナ・リーグは全体を見ればサンフランシスコが首位に立っていた。

 だがこれはトローリーズが、圧倒的なヘイトを集めて首位から陥落したため。

 中地区を見ればミルウォーキーがいつの間にか首位に立ち、それをセントルイスが追っている。

 ここからの試合によって、まだまだ地区優勝の行方は変わるだろう。


 ア・リーグはミネソタが完全に独走。

 二位は東地区のボストンかラッキーズか。

 ただしここもアナハイムが崩壊したため、ヒューストンやシアトルが勝率を上げてくる可能性は高い。

 大介としてはアナハイムが、そして直史がどう動くかが、最大の注目点となっている。


 ボストンあたりに行ってくれればな、と思う。

 メトロズは今年、レギュラーシーズンでボストンと対決するカードがある。

 今そちらに移籍すれば、レギュラーシーズンでも戦う機会があるのだ。

 実際にボストンのチームに勝てる先発が入れば、圧倒的に有利にはなるだろう。

 ただ直史は、トレード拒否権を持っている。

 今の状態からでは、アナハイムのポストシーズン進出は絶望的だ。

 なのでチームによっては、移籍も考えるだろうが。


 ア・リーグのチームはこの数年で、直史の手によって完全に蹂躙された。

 かろうじてシアトルなどは、戦意を保っていると言えるだろうか。

 そんなチームの中に入って、果たしてどれだけのピッチングが出来るか。

 直史が樋口以外のキャッチャーでも、パーフェクトを達成できるのは大介には分かる。

 だが同時に、そのために必要な労力は、他よりも大きいのだ。


 どのように直史が動くかは、大介にも分からない。

 これはどのチームがどれだけ直史を欲しがって、そしてアナハイムも直史を出すかという話なのだ。

 直史自身でさえ、それは自由になるわけではない。 

 ただアナハイムは直史を、出来れば放出したいとは思うだろう。

 三年契約の最終年で、直史はオフに契約の延長をしなかった。

 なので来年はアナハイムにいる意思がないということだ。

 もちろん大介は、その意味を正しく知っている。

 だが他のチームから見れば、直史は新しい契約を取りにいこうとしている、と思えるのだろう。


 直史はワールドシリーズに出場しようとしている。

 そのためには他のチームに移籍するしかない。

 ミネソタか、ボストンか、それともラッキーズか。

 ラッキーズであれば、あと一試合メトロズと対戦がある。

 またボストンであれば、シーズン終盤に試合がある。

 ただどちらにしても、東地区であればの話だ。

 どこのチームならワールドシリーズに勝ちあがってこられるのか、それはおそらくミネソタが一番であろう。

 しかしあそこに、まだ資金力は残っているのか。

 現時点でも充分に、ワールドシリーズは狙える戦力と言われている。


 


 サンディエゴは投手陣が充実しているチームであり、今は落ちてきたトローリーズを追い抜き、西地区からポストシーズン進出を考えている。

 だがそんなチームを相手にしても、今のメトロズは乱打戦になる。

 大介は自分のスイングを取り戻そうとしている。

 しかしやや三振が増えてきた。

 その代償とばかりに、ホームランも増えているのだが。


 フライボール革命というのは、極端に言ってしまえばホームランか三振か、というものだ。

 この三連戦において大介は、四本のホームランを打った。

 他は外野フライが多く、あまり大介らしいとは言えない。

 大介の場合は外野に飛ぶにしても、ライナー性の打球が多いのだから。


 三連戦は一勝二敗で負け越し。

 ただこのカードで大介は、不思議な記録を残した。

 それは打ったヒットが全て、ホームランであるというもの。

 三連戦の最終戦は、丁度100試合目となった。

 そしてこの時点での大介のホームラン数は、48本である。


 17試合を欠場した大介が、48本を打っている。

 つまり83試合で48本を打っているのだ。

 復帰してすぐということで、やや甘く見ていたということもあるだろう。

 だが復帰後七試合で七本のホームランというのは、一試合に一本というペースである。


 MLBの初年度も、あの事件がなければもっと、ホームラン数は伸びていただろう。

 そして今年も同じように、言われてしまうのかもしれない。

 もしもあの怪我がなければ、果たしてどこまで伸びていたのか。

 あるいは100本という大台に届いていたのではなかろうか。

 無責任に話題を作る者は、インタビューなどで大介にそういった質問をしてくる。

 そんなことを言われても、どう答えればいいのか。

 ただ結果として、何本が打てたのかが重要なのだ。

 あとはOPSの数値がどういうことになるのか。


 復帰後の大介は、10本のヒットのうち七本がホームラン。

 ただ三振の数も増えている。

 フライボール革命の理論どおりの、ホームランは増えるが三振も増える。

 しかし大介の場合、まだ打率は四割近くを打っているのだ。

 残り62試合もあれば、ホームランはまた70本には到達するかもしれない。

 そして六月までの通算打率は、0.452なのでシーズンの記録を更新してもおかしくない。

 三振が多くなっても、ホームランが増えれば問題はない。

 そんな考えであると、ぶんぶんと振り回していくことになる。


 ここからはピッツバーグにワシントンと、またアウェイの試合となる。

 そしてそろそろどうだ、と大介は声をかけられる。

 つまりDHからショートに戻ればどうか、という話なのだ。

 今シーズンはDHは主に、グラントが使っていた。

 かつては40本30盗塁もしたことがあるグラントだが、30歳の年に足を怪我して、走力はかなり落ちた。

 その打撃を活かすために、DHでの起用が多くなっている。

 かつては外野を守っていたものだが、今では主にファーストでの起用。

 大介としてもそろそろ、守備の練習にも参加してはいたのだ。


 現在のメトロズの状況を見れば、確かに守備力は必要になる。

 ショートで少しでも守備を高めれば、それだけ取られる点を少なくなるのだ。

 日本の場合もアマチュアは、まず守備がしっかりしていないと、まともな試合にならないというところがあった。

 高校野球に進むまでもなく、シニアの試合であっても、走力を使って相手を引っ掻き回すことは出来たのだから。

「それじゃあまあ、守っていきますか」

 これでグラントをDHに戻し、打撃に専念させることが出来る。

 守備力を高めると共に、さらに援護の打力を増やすのだ。

(けどやっぱりクローザーをどうにかしないと、地区優勝は難しいぞ)

 トレードデッドラインまで、あと六日しかないのであった。

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