第16話 三分の二

 三分の二。この数字はなんであろうか。

 答えは試合数に対する大介のホームランの数である。

 開幕から21試合で、14本のホームランを打っている大介。

 己の持つ月間ホームラン記録を、更新する可能性がかなり高い。

 このアウェイの試合、一回の表から打席が回ってくる。

 ステベンソンは珍しく、内野フライを打ってアウトであった。


 雨天中止の試合があったのは、大介の記録更新のためには逆風であった。

 一試合少なければ、それだけ回ってくる打席も減る。

 しかしこの試合の初回、大介に対してセントルイスのエース、オドムが対戦してくる。

 MAX101マイルのストレートにカーブとチェンジアップ、そしてわずかに動くツーシーム。

 そのわずかに動くツーシームを、大介は叩いた。

「おっし」

 先制の第15号ソロホームランである。


 そろそろ大介の人間認定はやめた方がいいのではと、野球マスコミや業界人は思い始めている。

 この試合の開始前の時点で、打率0.551 出塁率0.710 長打率1.319 OPS2.029

 化け物のような数字であるが、ポストシーズンの大介はいつもこのようなものである。

 69打数で14本のホームラン。

 勝負をすればおよそ二割の確率で、ホームランを打たれているのだ。

 ちなみに単打を13本、二塁打を11本打っている。

 三塁打は一本も打っていない。最初から深く守られているため、三塁まで行けるような打球にならないのだ。


 一回の表は、大介のホームラン一本と、地味なスタートのメトロズ。

 そしてその裏、いまいち調子が上がらない、武史がピッチングを開始する。

(球が浮いちゅうが)

 スピードは出ているが、普段は抑えられているストレートのコースが、やや浮いてしまっている。

 これはやはり序盤は、いつものようにムービングで打たせていけばいいのか。

 

 パワーピッチャーのくせにコントロールもいい武史だが、フォアボールでランナーを出してしまった。

 ムービング系の変化が微妙で、思ったよりも曲がってしまったのが原因である。

 そしてすっぽ抜けたボールを、スタンドまで運ばれてしまった。

 今季の初失点である。


 一回の攻防が終わったところで、1-2とセントルイスのリード。

 武史の先発としては、非常に珍しい事態である。

 本日の試合はアウェイゲームのため、合法ドーピングである嫁の視線もない。

 キャッチャーの坂本は、武史の現状を考える。

 ストレートが少し浮く。ただスピードは普段とそれほど変わらない。

 ムービング系が変化量が一定せず、思ったよりも曲がる代わりに遅くなったりする。

 この条件から、どうやってアジャストすればいいのか。


 浮くストレートは、最初からもう高目を狙っていってもいいのか。

 あとはまだ使っていない球種、ナックルカーブやチェンジアップを試していかなければいけない。

 スプリットは負担も大きいし、確実性もやや低いため、今日は封印でいいだろう。

 とりあえずメトロズは、珍しくも武史に、ちゃんと援護をしなければいけなくなっている。

(球数を少し増やしてでも、確実に打ち取っていくがか)

 幸いと言うべきか、今のメトロズはリリーフ陣に、経験を積ませたい状況である。

 打線がしっかりと援護して、ある程度点差をつける。

 それならば七回ぐらいで交代してもいいだろう。

 武史とバッテリーを組んで、初めてとも言えるキャッチャーの負担を感じる坂本であった。




 なんだかとっても懐かしい気分になる武史である。

 普段と同じように、三振はある程度取れる。

 しかしその合間に、ホームランをポコンと打たれている。

 まるで一発病であるが、つまりは最後にボールを弾くところまで、普段よりは神経が行き届いていないのだろう。

 スピードは出ているのに、球がいっていない。

 事情は違うが、桜島との対戦に似ている。


 もう一段階、リミッターを外せる気がする。

 体がふわふわと浮き上がった、今の状態だからこそ、そこにまだ余地を見つけられる。

 ただあの夏、リミッターを解除すれば、壊れる直前にまでなった。

 今の肉体の状態から、さらなる力を引き出すのは危険だ。

 故障して引退しても、既にどうにかなるぐらいには稼いでいるが、積極的に故障したいわけでもない。


 三本ホームランを打たれて、四点を取られている。

 これは非常に珍しい状況だ。

 初回のツーラン以外は、ソロホームランを一本ずつ。

 自分ではあまり感じないが、球が浮いている割に、棒球になっているのだろうとは思う。

 球速はMAXで103マイル。

 やはりパワーが逃げてボールに伝わりきっていない。


 焦りはしないが、もどかしさは感じる。

 ただここまでのものではなくても、プロに入ってからは何度か、不本意なピッチングはあったものだ。

 そういう時は樋口が苦労して、武史をリードしてきた。

 しかし本気になれば、スピードだけはもう少し出そうな気がする。

「無理すんなよ」

 そう言ってきたのは、坂本ではなく大介である。

「普通のピッチャーなら、誰だってシーズンの中で、不調の試合はあるんだから」

 それでも先発のローテ分は、しっかりとイニングを投げなければいけない。


 五回を投げて3-4で負けているというのは、武史のプロ入り以降では、初めての経験かもしれない。

 四点も取られるということが、そもそもほとんどないのだ。

 それにメトロズの打線は、まだまだこれから打っていく。

 しかし球数からして、七回あたりで継投することになりそうだ。


 一度狂った歯車を直すのは、思った以上に難しかったりする。

 武史の場合は、一気に使う球種を少なくしたりして、徐々に戻していった。

 ただMLBにおいて、球速のMAXまでもが落ちてしまうと、さすがに立て直すのが難しい。

 これはひょっとしてスランプの入り口なのかな、と思わないでもない。

 しかし組んでいる坂本は、徐々に戻ってきているのを感じていた。


 ここは100球を超えてでも、修正が完了するまで投げさせた方がいい。

 実際に武史は、MLBでも110球を超えて普通に完投している。

 だが首脳陣の考えは、当然ながら不調にエースに、無理に投げさせることはしない。

 こういう時に無理に投げさせれば、故障につながるとも分かっているのだ、


 六回が終わった。

 3-4で負けた状態で、武史はここでの交代を告げられた。

 球数はまだ100球に達していないが、妙に疲れた感じはする。

 だがこの疲労感から脱却すれば、さらに上の次元に達するような気もするのだが。

 ただ首脳陣は当然のように、ブルペンを準備させていた。

 不調であるならあっさりとエースを降ろして、次のローテまでに調整させる。

 武史は鈍感な人間ではあるが、やはり雨天絵中止からのスライド登板が、そのピッチングに響いていると思われた。

 実際に原因はそれなのだろう。


 しかし、負け投手の状況で、武史を交代させる。

 実戦育成中のリリーフの方が、武史よりいいとは思えない坂本である。

 一応は徐々に良くなっているとは言ったが、メトロズの打線も爆発していない。

 セントルイスのオドムがピンチを大きくしないように投げているが、セントルイスのリリーフ陣も、メトロズ打線なら打ち砕けるだろうという考えである。

 ただここでこのまま追いつくことが出来なければ、武史にMLBで初めての負けがつくではないか。

 直史の無敗記録を、更新することが出来なくなる。


 メトロズ打線であれば、ここから確実に数点は取れる。

 だがそれ以上にセントルイスに取られる可能性は、決して少なくはない。

 武史に負け星をつけるのか。

 確かにややふがいない、クオリティスタートに失敗したピッチングではあるが。


 ともあれ首脳陣の判断は覆らず、メトロズはリリーフを七回から投入する。

 武史は今年初めて、一試合の二桁奪三振に失敗した。




 メトロズ首脳陣の判断は、常識的に考えて間違っていない。

 ただ武史は非常識な存在なので、やはり間違った判断をしてしまったと言うべきか。

 七回の表に同点に追いつけず、そして七回の裏のセントルイスの攻撃。

 点差を広げる連打があった。


 武史に負け星がついてしまう。

 つけさせてしまうのは、絶対に正しくはない。

 セントルイスの先発オドムは、七回までを投げて三失点。

 メトロズ相手のクオリティスタートは、かなりの価値を持つ。

 しかしリリーフが入ってからは、かなり大味な試合になってしまった。

 メトロズは勝ちパターンのピッチャーを、上手く投入できなかった。

 かなり安定しているライトマンも、三点差となってしまっては投入出来ない。


 首脳陣は翌日の第二戦、ジュニアを先発と発表している。

 おそらくまだ復活とは言えないであろうし、確実にリリーフの駒は必要になる。

 武史の無敗記録が途切れるのは惜しいが、これも普通ならいつ途切れてもおかしくないもの。

 五回目の打席、ツーアウトながらランナー一二塁で、大介はホームランなら逆転という状況に挑む。

 しかしここでセントルイスは、本日三度目の申告敬遠を使ってきた。


 ツーアウト満塁。

 ここでホームランを打てば、逆転の一打となる。

 そこで打順の回ってくるシュミットは、チャンスに弱いバッターではない。

 しかし大介ほどの、運命的な勝負強さも持ってはいない。


 狙い球を絞って、まずはヒットでもいいのだ。

 ツーアウトからであるので、おそらく二人が帰ってこられる。

 そしてグラント、坂本へと続くので、逆転のチャンスは充分にある。

 それでもシュミットの打ったライナーは、ショートの正面に飛んでしまった。

 強い衝撃の一打であったが、一度グラブの中に入ったボールを、取り落とすことなどはない。

 もしも取り落としたとしても、ここではすぐにアウトが取れただろうが。


 4-6でメトロズは敗北。

 武史はレギュラーシーズンの先発33試合目で、ついに負け星がついてしまった。

 NPBでもデビューシーズン初年は無敗であった武史。

 日米通算では、既に150勝を記録している。


 大卒ピッチャーが200勝を達成することは、非常に珍しい。

 だが武史のペースであれば、それは可能であろうと思われている。

 上杉の場合は300勝が現実的に見えているが、果たして400勝に到達するであろうか。

 故障さえなければ、充分に現実的な数字であったろうに。

 通算成績という量ではなく、質で勝負するなら直史であろう。

 ついにプロ初負け星がついたが、レギュラーシーズンでは敗北がない。

 それに武史が引っ張られることはあるのだろうか。




 武史の負け星は、メトロズ陣営に大きなダメージを与えた。

 常識で考えれば、無敗のピッチャーなどは存在しないのだ。

 無敗であった直史も、状況によっては敗北する。

 それに今回の敗北の理由は、分からないでもないものであった。


 試合前に坂本から、練習でのボールがいまいちだとは聞いていた首脳陣である。

 球速も安定しては出なかったし、変化球でのフォアボールもあった。

 後から考えてみれば、ボール球になっても変化球を使っていくべきであったろう。

 普段の武史のスタイルを考えれば、曲がりすぎるボールも、逆に利用は出来たはずなのだ。

 変化量が安定しないなら、それなりの使いようがある。

 ただこの試合の敗戦理由は、ストレートを打たれたことだ。


 高めに抜けてしまったストレートは、100マイルオーバーであっても、メジャーの強打者には打たれてしまう。

 今日の武史は、さらにそれに加わる要素があったとも言えるが。

 これがホームゲームであれば、トラックマンでピッチングの正確な分析が出来たであろう。

 逆にセントルイスに、前回の武史のピッチングとの比較をされてしまうかもしれない。

 負けないピッチャーはいない。

 当たり前の事実が証明されて、メトロズとしてはショックを受けている。


 ただプロの世界は、負けた次の日も普通に、試合をしなければいけないのだ。

 負けを引きずっているのは、プロとは言えない。

 だがただの敗北ではなかった。

 絶対的エースの敗北なのである。

 得点も四点というのは、今季のメトロズでは下から二番目のロースコア。

 そういった諸々が、影響しないわけはないのだ。


 セントルイスとの第二戦は、復帰後第二戦目のジュニア。

 ここもまた、いまいち危ういところがある。

 爪を割ったことによって、指先の感覚がまだ取り戻せてないのか。

 復帰一戦目は、五回四失点とまずまずのピッチングであったのだが。


 エースとして貯金を稼ぐピッチャーが不調な時こそ、キャッチャーの出番である。

 ただまだ若いジュニアは、自分でどうにかしようと考えている。

 今のままなら一度マイナーに落として、そこで調整をすべきではと坂本などは考える。

 だがメトロズはやはり、先発の弱体化が大きいのだ。


 チームの状態は、打線の力でかろうじて強さを維持できている。

 ただこのままずっと投手陣の調子が悪ければ、その影響は打線にも出てくるのではないか。

 せっかく打って点を取っているのに、それ以上に点を取られて試合には負ける。

 チーム内で分断が起こりそうな気配になっていると言おうか。

 大介や武史には、こういった空気にたいする免疫がない。

 プロ入り後はずっと、強いチームで戦ってきたからだ。

 レックス時代の武史は、それなりに打線が弱い時もあった。

 しかしそれ以上に、圧倒的に投手力が揃っていたのだ。


 ジュニアに早く、一勝目をプレゼントしないといけない。

 そう考える大介は、この日も初回にソロホームランを打つのであった。




 ジュニアはなんだかんだ言いながら、メジャーではまだ実質三年目の選手である。

 だが二年連続で20勝前後の勝ち星を上げ、既にエース級と見られている。

 爪の手入れはしっかりとしていて、今はもう無事に投げられるようになっている。

 だが少し指先の感覚が戻っていない。

 それでも坂本がリードして、ピンチも最少失点で切り抜ける。


 今日は打線の援護が、昨日よりも多い。

 六回を投げて三失点と、ジュニアは復調の兆しを見せてきた。

 だがこういう時に限って、後続のリリーフが打たれたりする。

 終盤にグランドスラムなどを打たれて、逆転を許す。

 ジュニアの勝ち投手の権利が消えた。


 リリーフを入れ替えて、少し流れが変わる兆しはあった。

 それを止めてしまった原因の一つには、武史の不調があったのは確かである。

 だが必ず勝てるなどという前提で、ピッチャーを起用するのは間違いであるのだ。

 スライド登板というのは難しいものである。

 特に今回の場合は、中止の決定までに時間がかかったこと、即座に移動して次の試合に備えたことなど、身体的なものよりはコンディション的なことが大きい。

 NPB時代は別に普通に出来ていたのだから、この移動を上手くするというのは、MLBにおいては重要なことである。


 武史の負けた影響は、投手陣全てに及んでいるというのか。

 逆転されてしまってから、再度の逆転へと打線陣のバットが届かない。

 大介が珍しく、一試合に二本のホームランを打ってしまったが、それでも追いつけない。

 6-8でセントルイスの勝利。

 大介のホームランで見せ場は作ったが、それもソロホームラン。

 一点だけならやってもいいという、セントルイスの開き直りが見えた。


 メトロズはこれで三連敗である。

 そして第三戦は、オットーが先発だ。

 もしもオットーが負ければ、メトロズは貯金がなくなってしまう。

 開幕からまだ一ヶ月なので、それほど致命的なものではない。

 だがこの三年、メトロズはスタートダッシュがものすごいのだ。

 去年などは最初の一ヶ月が、20勝5敗であった。


 雨があったので、最初の一ヶ月は27試合。

 大介の月産ホームラン記録も、更新は難しい。

 今年は盗塁の数が、完全に去年より少ないペースで推移している。

 ただそれはあくまで、大介一人の成績である。


 まずは五割の勝率を保つことが重要だ。

 そしてポストシーズン進出の可能性を残しつつ、トレードデッドラインまでにどういう状況になるかを考える。

 その時までにチーム状態がよければ、戦力を追加すればいい。

 たださすがのメトロズでも、主力級の選手をさらに獲得するのは、厳しいと言ってもいいだろう。

 獲得するとしたら、今年でFA権を得るような、もう長くは保持していられない選手。

 さらにはその選手の所属しているチームが、もうポストシーズン進出は絶望的な状況になっていること。


 おそらくメトロズはまだ、ピッチャーが足りない。

 ジュニアがこのまま復調しない可能性も、ある程度は存在する。

 ワトソンも終盤には復帰する予定だが、あくまでもそれは治療が順調にいった場合。

 そしてマイナーから上がってきたリリーフ陣は、思ったよりも活躍出来ていない。

 今年で六年間メジャー登録され、FA資格を得た選手を獲得する。

 それがメトロズの課題になるのだろうが、それと引き換えにどういう選手を出さなければいけなくなるか。

 即戦力ではなく、プロスペクトを放出することになるのだろう。

 ただメトロズとしても、それをしてしまえば数年後、若手で出てくる選手がいなくなり、困ったことになりかねない。

 だが連覇という夢は、見続けたいであろう。

 少なくともオーナーのコールは、そう考えている。




 メトロズはセントルイスとの対戦を終えると、次はサンディエゴとの対戦が待っている。

 サンディエゴは地獄のナ・リーグ西地区で、三つ巴の死闘を繰り広げている。

 総合力のトローリーズ、打力のサンフランシスコと比べると、投手力が高いと言うべきか。

 これも移動後即試合という日程。

 このままカードを全敗で、またアウェイのゲームを行うのか。


 だがオットーは自分の仕事をしっかりとした。

 六回までを投げて、三失点のクオリティスタート。

 そしてメトロズは五点を取っていた。

 セントルイスもここまで、二試合を強いピッチャーで勝っている。

 ならば三戦目には、ある程度劣るピッチャーを出してくるしかない。


 最近は運勢が偏っていた。

 そのためメトロズは、勝利を逸していたと言っていい。

 だが統計的に見れば、メトロズはこれぐらいは点が取れるし、そしてピッチャーも抑えられるのだ。

 勝ちパターンのピッチャーに持ち込んだ、メトロズの勝利と言っていいだろう。

 最終的には9-4のスコアで勝ち投手はオットー。

 オットーも去年は18勝5敗のピッチャーなのだから、打線の援護が平均的にあれば、そしてリリーフが平均的に抑えてくれれば、平均的に自分も抑えて勝てるのだ。


 しかしセントルイスを相手に、メトロズは一勝二敗と負け越し。

 同じ地区のチームに負けるよりは、ずっといい結果ではあるだろうが。

 メトロズの四月の試合は、残りサンディエゴとの三連戦のカードのみ。

 今年は去年のように、カード全勝というのが、マイアミとの三連戦以外に一度もない。

 カード全敗というのは、一つもないのだが。


 武史とジュニアで負けた相手に、オットーで勝つ。

 相手のピッチャーの起用法にもよるし、こちらの打線が上手くつながるかにもよる。

 ただ大介の長打力は、上手く活かせていない。

 ランナーが少ない場合はともかく、それ以外はほとんと勝負を避けるようなピッチングをしてくる。

 上手くかみ合わなければ、得点には至らない。


 大介が圧倒的な打力を誇るがゆえに、逆に大介以外のバッターの実力が重要になる。

 たった一人のスラッガーであれば、歩かせればいいだけ。

 もっともメトロズは上位打線の得点力が高いので、そういうわけにもいかないのだが。

 他のどのバッターに対しても、基本的には敬遠は悪手。

 だが大介だけは、かなりのパターンで敬遠すべきバッターとなる。

 ケースバッティングで、無理をしてでもヒットを打って、それで一点を取る。

 そういうバッティングも、大介は出来るのだ。




 サンディエゴ相手の先発ローテは、スタントン、グリーン、ウィルキンス。

 かなり微妙なローテである。

 ただピッチャーとしての能力はともかく、今年のスタントンはまだ負けがついていない。

 ウィルキンスは長いイニングを投げれば、それなりに勝てる可能性が出てくる。

 メトロズの得点力は、ここ最近落ち着いてきている。

 開幕から序盤は、点を大量に取られても、こちらも大量に取り返す。

 だが失点が少なくなってくると、点数も大量点とまではいかないようになってきた。


 最初のスタートダッシュに失敗して、打線陣もやや疲れてきたといったところか。

 復帰を待っていたジュニアが微妙なピッチングをしたことが、打線陣にも影響しているのだろう。

 あとは武史で負けてしまったことも、チーム全体の勢いを止めることになったか。

 そもそも今季はまだ、勢いがついたと言えるほど、圧倒的な連勝がない。


 勝ちパターンの7・8・9回が頼りない。

 バニングやライトマンも、そこそこ点は取られる。

 アービングも球速などから期待していたほどは、確実性がない。

 やはり武史が打たれたことで、投手陣全体の雰囲気が悪くなったことはあるだろう。


 ただ武史は別に、自分が悪いとは欠片も思っていない。

 そしてそれは冷静に考えれば正しい。

 MLNのチームというのは、別に仲良し集団ではないのだ。

 それぞれが自分の技術で大金を稼ぐ、異能の個人事業主がプロ野球選手なのだ。

 武史にしても四点を取られたのは、MLBにおいては初めてだ。

 だがここで考えるのは、チームに対しての責任などではない。

 次の自分のローテで、しっかりと結果を残すということだ。


 武史はどこか浮世離れしたところのある人間であるが、それでも一応は大学からプロの世界に進み、色々な人間を見てきた。

 そして思ったのは、引退すればもう、好きな仕事だけをやって過ごしたいな、というものである。

 直史が現実的過ぎる反動か、武史は根本的なところで楽天的だ。

 稼げるだけ稼いで、あとは人生を逃げ切る。

 そのためには出来るだけ、現役でいる期間は長い方がいい。

 引退したスポーツ選手が破産するのは、その競技にかけていた時間を、他の事に使ってしまうようになるから。

 武史の場合はとりあえず、家族との時間を持ちたい。

 そしてその中で、自分のやりたいことを探していけばいいだろうと思っている。


 そんな武史のことを、大介はかなり理解している。

 楽天的ではあるが、享楽的ではなく、ある程度はストイックなのが武史の長所である。

 サンディエゴとの対戦の次には、またアトランタとの対戦がある。

 武史の投げる試合は、その第一戦となる予定だ。


 サンディエゴとの対決も、もちろんリーグが同じなため、重要な試合ではある。

 だがアトランタを相手に、首脳陣はローテを微調整している。

 武史とジュニア、そしてオットーで勝ち越しを狙う。

 サンディエゴを軽視するわけではないが、それでも優先度合いは決まっているのだ。


 メトロズは遠征の連戦。サンディエゴへと向かう。

 広大なカリフォルニア州にある、五つのチームの中の一つ。

 なおサンディエゴから一番近いチームはアナハイムで、今年はインターリーグでの対決がある。

 アナハイムは今の流れは悪いが、それでも直史がいるというだけで、警戒せざるをえない。

 セントルイスとサンディエゴでは、この季節は全く気温が違う。

 暖かな空気の中で、サンディエゴとの三連戦は始まる。

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