第17話 投打の噛み合い

 サンディエゴに到着して即日、メトロズは試合を行う。

 セントルイスとの気温差などもあり、メトロズの選手は西海岸の日差しの中、少し気分転換が出来たような気がする。

 しかしサンディエゴのピッチャーは、直史や武史のような人外を除けば、かなりエースクラスのピッチャーを先発に揃えている。

 故障で離脱した者もいた、去年の終盤よりも、戦力は整っている。

 メトロズの打線であっても、簡単に打てるものではない。

「お。いった」

 大介のホームランが、ライトスタンドを直撃。

 即落ち二行である。


 本日のメトロズの先発は、スタントンだ。

 既に二勝していて、特に先日の試合は、六回を無失点に抑えている。

 先制点も取ってもらって、とにかく自分の仕事を果たそうとは思っている。

 チームの状態があまりよくなくても、彼には投げる理由があるのだ。

 今年でFA権を獲得するので、少しでもいい数字を残さなければいけない。


 ここ二年のメトロズの投手は、かなり楽に勝ち星を増やすことが出来た。

 少々点を取られても、それ以上に取ってくれるのが、メトロズ打線であったからである。

 今年もその打撃力は健在だ。

 ただ投手力において、かなりの問題が発生している。


 スタントンは勝ち星にはこだわっていない。

 重要なのはクオリティスタートをどれだけ達成するかだと思っている。

 ローテを回せる先発ピッチャーと思われれば、確実にFAでどこかと契約できる。

 年齢的にもここから四五年が、ピッチャーとしての最盛期だろう。

 チームの優勝は、この三年間で二回も経験している。

 だから今年ぐらいは、さすがにポストシーズンに進出できなくても、仕方がないと思うのだ。


 そんな自己中心的なスタントンであるが、手を抜くわけではない。

 むしろFA前の最終年に、しっかりと数字を残しておくのが、大型契約を結べる前提条件なのだ。

 故障をしてしまって、そもそも投げられなくなれば、契約される可能性は0に近くなる。

 それ以外であれば、己の力を最大限に発揮する。

 スタントンも初回から、球数を使っても打ち取りにいった。


 バッテリーを組む坂本からすると、少しスタントンは気負いすぎている気はする。

 確かに先取したのは一点だけであるが、メトロズの攻撃力からすれば、まだまだこの先、点は取れる。

 だから今は球数をかけずにイニングを食うことが重要なのだ。

 もちろん球数をかけず、しかもイニングを食って完投してしまうのが一番いい。

 しかしそれは普通なら、出来ることではない。

 今のMLBには例外が二人ほどもいるので、なんで出来ないのかと言われてしまうかもしれないが。


 メトロズの打線は、二回以降も好調であった。

 下位打線もしっかりと、チャンスをものにしている。

 だがそれでも決定的に崩れないのは、サンディエゴの投手力に加えて守備力と言えようか。

 スタントンはどうにか、五回までを一失点で投げた。

 しかし球数が多くなりすぎて、ここでリリーフに継投となる。

 スコアは4-1とある程度メトロズの有利。

 ただどうせならあと1イニング投げてくれれば、リリーフも勝ちパターンを出せたのだが。


 サンディエゴのピッチャーは確かに先発はエースクラスが多い。

 しかし三点差の状況で、これ以上に引っ張るには、あちらも球数が増えてきていた。

 リリーフ同士の対決となれば、勝ちパターンのリリーフを使うメトロズが圧倒的に有利になる。

 その見通しは正しかった。

 スタントンの勝ちを消さない形で、メトロズは追加点も取る。

 ある程度は反撃を受けたが、それでも7-3でゲームセット。

 まず初戦を制したメトロズであった。




 メトロズの必勝パターンは、まず打線が得点する。

 先発のピッチャーは六回までを、リードした状態で投げきる。

 そこからは相手のチームは、勝ちパターンのピッチャーは出しにくい。

 抑える能力が強いはずのセットアッパーやクローザーでも、メトロズ打線を安定して抑えるのはかなり難しいことだ。

 メトロズに勝つには、だから先発のピッチャーを叩く必要がある。


 先発としても六回を五失点ぐらいなら、普通に打線が援護してくれる場合が多いのがメトロズだ。

 先発を徹底的に叩いて、それ以上の点を取り、リリーフを早めに出させる必要がある。

 メトロズは勝ちパターンのリリーフにはそこそこの力があっても、長いイニングをビハインドで投げたり、そこそこに抑えるリリーフはあまりいない。

 そして奪三振力の高いアービングがまだ、クローザーとして固定されてはいない。

 結局は殴り合いで、勝敗が決定する。

 今日のようにスタントンが投げれば、得点差で最後までリード出来る。

 ただグリーンとウィルキンスには、そこまでの安定感はない。


 サンディエゴとの残りの勝負は、両方ともメトロズが取った点以上に、サンディエゴが得点するという試合になった。

 そしてここで、四月度の日程は終了である。

 移動日が休養日となって、ニューヨークに戻る。

 そして五月の最初のカードは、アトランタとの三連戦。

 前回ようやく負けがついた武史が、初戦の先発。


 メトロズの首脳陣は、現場もフロントも悩むところである。

 結果として四月は、14勝13敗とほぼ五分の成績であった。

 ナ・リーグ東地区では二位だが、一位のアトランタとの差はあまりなく、三位のフィラデルフィアとの試合もあまりない。

 まだまだポストシーズン進出は目指していけるが、問題はやはりピッチャーだ。

 マイナーから上がってきた若手は、まだ期待するほどの成績を残していない。

 ただ戦力にならないと判断するには、さすがにまだ早いだろう。


 重要なのは、安定して投げられるピッチャーがいることだ。

 先発はまだいい。武史が負けたのは、エースクラスのピッチャーであっても、普通に負けるのは当たり前なのだ。

 ただジュニアの調子が上向いていないのは、少し気をつける状況であろうか。

 オットーとスタントンは、それほど勝ち星が伸びてはいないが、ただしまだ負け星もついていない。

 つまりやはり。リリーフが足りていないということだ。


 セットアッパーとしてはバニングとライトマンが、主に勝ちパターンで投げている。

 しかしバニングは既に、二つ負け星がついている。

 ある程度安定したリリーフが、もう一枚必要だろう。

 そしてアービングの成長を待つ前に、今年はクローザーを獲得するべきではなくぃか。

 もっともこの時期であると、なかなかトレードも組みにくい。

 正確に言うと、安定感のあるクローザーなど、そうそうどこも出したりはしないのだ。




 チームとしては微妙な成績であるが、対して大介の個人成績はすさまじかった。

 打率0.553 出塁率0.723 長打率1.376 OPS2.099

 ホームラン19本 打点50点 盗塁20 四球52

 単純に計算だけを言うならば、OPSが2を超えてしまったら、全ての打席を歩かせた方がいい。

 去年の大介は、レギュラーシーズンでは1.653であった。

 つまり勝負して打たれているように見えても、それでもやはり勝負した方がいいという計算。

 ただ今年は開幕から、実際に勝負してみてこんな結果となっている。

 四球の数を見たら、一試合に平均二つ近く、四球か敬遠で逃げている計算になるのだが。

 ちなみに52個の四球のうち、敬遠は32個であった。


 大介を見るためだけに、メトロズの試合を見にきてもいい。

 やはり野手のバッティングは、ピッチャーよりも客を呼びやすい。

 ただし逆に優れたピッチャーの試合は、希少価値が高まる。

 メトロズは既にもう上限いっぱいの期待値であるが、アナハイムなどは直史の先発においては、完全に客席が足らなくなる。

 ある程度は改修したのだが、大規模改修をすべきではないか。

 もちろんアナハイムはそんなことはしないのであるが。


 メトロズは今季、フロントが動くことを決めた。

 やはりピッチャーが、まだまだ足りていないのだ。

 トレードで獲得するなり、まだ浮いている選手を獲得するなり、方法はある。

 そう、ベテランで、去年はあまり成績を残していないピッチャーなどは、契約できる状態にあったりするのだ。

 もっともそれが本当に使えるかは、かなり怪しいところであるが。


 確実な戦力を取るとしたら、トレードで取るしかない。

 出来れば早く獲得し、よりチームに慣らしていく必要があるが、この時期で取ろうとしても足元を見られる。

 それに一部のチーム以外は、まだまだポストシーズンを狙える段階だ。

 最初からチームの再建期に入っていれば、去年の時期に選手を大量放出しているだろうし。


 ファイアーセールという言葉がある。

 低迷しているチームが、チーム編成から作り直すために、格安で選手をトレードに出すことである。

 さらにはトレード拒否権などを持っていれば、それはもうカットしてしまう。

 トレードの引き換えに要求する選手は、プロスペクト。

 それにベテランの安いジャーニーマンを加えて、三年から四年ほどでポストシーズンに進める安いチームを作る。

 ただ去年は、そこまで大きなチーム解体はなかった。

 それにメトロズは、打線の方を優先したのだ。


 グラントを取ったのは失敗ではなかったか。

 数字はしっかりと残していて、不良債権などとなっているわけではないが、チームバランス的にはそこまで打線を強化するべきだったのかと、フロントは考えている。

 ステベンソンは守備での貢献も大きいので、必要なピースではあった。

 しかしグラントに関しては、コストパフォーマンスがいいとは言えない。

 レノンを今年も再契約すべきであったかもしれないが、彼がもう39歳だ。

 さすがに年齢的に、大型契約は結びにくかった。


 もしもアナハイムが今年はポストシーズンの進出を諦めるなら、それこそクローザーのピアースが浮く。

 契約はあと二年残っているので、引き換えとして出す選手も、それなりに重要な選手になるだろう。

 メトロズから見ればアナハイムは、ターナーの復帰後どうなるかで、全てが決まると思っている。

 ただアナハイムは現状、勝率だけならメトロズより上だ。

 あちらがどうなるかよりも、まずは自軍のことを考えなければいけない。


 メトロズは今年も、ワールドチャンピオンを目指している。

 連覇が達成できれば、間違いなくMLBの歴史に残る偉業だ。

 そのためには資金もかなり、準備している。

 ただトレードとなると必要なのは、資金よりも人材だ。

 現状の戦力を渡すのに、資金だけでは満足しない。

 メトロズの抱えているプロスペクトを、必ず要求することになるだろう。

 肝心のそのプロスペクトが、メトロズの場合はかなり層が薄いのだが。

 上杉を獲得した時の影響が、いまだに残っている。




 ニューヨークにおいて、アトランタとの初戦に先発する武史は、球団とは別のトレーニング施設で、調整を行っていた。

 明日の先発なので、投げ込みなどはそうそう行えない。

 だが日程の関係で中六日が空いているので、少しは投げ込んでおきたかったのだ。

 場所はセイバーの息がかかっている、SBCニューヨーク。

 そして彼女は、この日にニューヨークにいたのであった。


 セイバーは現在、アナハイムのフロントの人間である。

 その役職はぼんやりとしていて安定していないが、選手を手配することには長けている。

 だがメトロズともつながりがあって、暗躍しているのも確かだ。

 その動きの全てを見れば、アナハイムからは裏切り者と呼ばれても仕方がないだろう。

 何より背任行為である。

 しかし全ては、ばれなければいいのである。


 セイバーの見る限りでは、武史は復調していた。

 やはり試合中止からのスライド登板が、メンタルに影響を与え、それがメカニックにまで及んでいたということであろう。

 今度はちゃんと試合間隔は変わらず、しかもじっくりと中六日休めた。

 相変わらずものすごいストレートを投げるなと思い、色々とデータを計測する。

 通常時のデータと同じであり、いつもの調子に戻ったようであった。


 調整が思ったよりも簡単に終わったので、応接室のようなところで、久しぶりに会話をしてみる。

 武史としてはチームの事情を、敵対するチームに流すわけになる。

 ただ逆にセイバーも、アナハイムの事情を話したりする。

 ここだけの話、とはしっかりと念を押しておく。


 武史は今季、チームの状態が良くないのは分かっている。

 メトロズの選手の総年俸は、現在リーグ一位になってしまっているが、それでもこんな状況である。

 オーナーのコールが無理をしているが、それでも資金力の使い分けが悪い。

 ピッチャーがどうしても足りていないのだ。

 正確には使えるピッチャーが、であるが。


 おそらくここからどうにか、戦力を追加していくのだろう。

 あるいはマイナーでも、3Aや2Aではない、もっと下からの選手をメジャーに上げていくか。

 新人で好成績を上げている場合、2Aから一気に3Aを飛ばしてメジャーデビューという例はある。

 むしろ3Aはベテランの調整に使われることが多かったりもする。

 MLBにおいて、新人が一年目に一軍、つまりメジャーデビューを果たすというのは、全体のおよそ5%ほどと言われる。

 なおNPBはおよそ五割が、少しではあるが一軍を経験するとも言われる。

 NPBの一軍と二軍のように、メジャーとマイナーでは、給与に大きな違いがある。

 ただMLBの場合だとより重要なのは、メジャーに上がるとそこからメジャーにいる期間が計算されるのだ。

 メジャーで使えるようにしっかりと育成して、メジャーで六年から七年ほど使う。

 そしてFAとして放流するだけに、MLBはメジャーに上げる数が少ないのだ。


 メトロズがここで無理にマイナーからメジャーに上げていくと、おそらく6~7年後には一気に選手層が薄くなってしまう。

 なので多少は無理をしてでも、オフシーズンにはクローザーをはじめとするピッチャーを揃えておくべきであったのだ。

 育成によって選手を育てるのと、FAで選手を獲得するのと。

 この両方をバランスよく行わなければ、チームの戦力維持し続けることは難しい。

「セイバーさん、どこかにクローザーいませんか?」

「今は育成で、どうにかしないといけないと思うんだけど……」

 セイバーにも出来ないことはある。

 メジャーリーグのクローザーともなれば、簡単に育成できるものでもない。

 それに限らずMLBの主力選手は、言わばワンオフの戦力なのだ。


 クローザーなど、そうそう上手く育つものでもない。

 それこそ外国からでも、通用するなら契約するであろう。

 NPB出身のクローザーというのも、過去に大きな貢献をしてきた。

 上杉などは本来先発であるのに、クローザーとして大活躍もしたが。

 防御率0というのは直史以上であった。

 規定投球回に満たないので、タイトルには届かなかったが。


 メトロズと比べるとアナハイムなどは、ターナーの抜けた穴は全く埋まっていないのに、そしてピッチャーの数字も上がっていないのに、メトロズよりも状態がいい。

 その理由を分析すれば、セイバーもさすがによろめいたものである。

 直史の支配力は、一試合のみならず、その後の対戦にも影響を与えている。

 少なくともアナハイムと対決している間は、打線の不振は拭えないのだ。


 武史から色々と聞いてみたが、セイバーが考えるのは、今年のワールドシリーズで、どうやって直史と大介の対戦を演出するかということ。

 アナハイムの方は最悪、直史をトレードに出せばいい。

 直史の持っているトレード拒否権は、あくまで権利であって行使しなくてもいいのだ。

 ミネソタなりボストンなりラッキーズなり、直史が加入すれば大幅な戦力アップになるだろう。

 今年で最後と直史が割り切っているため、大介との対戦を優先するなら、そういう手段があるのだ。


 一方の大介を移籍させるのは難しい。

 契約が残っているのは今年を含めてあと三年、それに大介はフランチャイズプレイヤーになっていると言ってもいい。

 たとえ今年はポストシーズンまで進出出来ないとわかっても、オーナーは大介を出さないだろう。

 ここで大介がトローリーズにでも移籍したら、こちらも一気に優勝候補の筆頭となる。

 スラッガーのショートをほしがらないチームなど、あるはずがないからだ。

 しかしトレードするには、全く駒の数が足りないだろう。

 年俸のことも考えると、大介の移籍は不可能と言っていい。




 武史の去った後、セイバーは色々と考えていた。

 ワールドシリーズでどうすれば、確実に直史と大介の対決が見られるのか。

 アナハイムも今は、直史が無理をして、どうにか支配力を上げているだけだ。

 こんな状況がいつまでも続くとは、さすがに思えない。

 直史であっても、神ではない。

 ここからミネソタなどとの対戦もあるし、負ける試合が出てくる可能性もある。

 ……あくまで可能性だ。


 アナハイムはとにかく、ターナーの状態が分からないと、戦力を補充するにも動きようがない。

 ターナーはそろそろ目の状態を確認しているが、あまりいいとは言えないようである。

 まず失明などの深刻な状態でないのは、既に分かっていた。

 だが問題なのは、眼球周りの筋肉が、またレンズ収縮の筋肉が、しっかりと働いているかどうかである。

 そのあたりはまだ、確かなことは言えない。

 少なくともバッティングなどは、まだ危険な状態であるらしい。

 リハビリによってどうにかなるものなのか、それとも手術が必要なのか。

 手術をしたとしても、そんな繊細な調整が可能なのか、分かっていない。

 あるいはこれが、MLBでは初の手術になるのかもしれない。

 通常でも眼球周辺の手術はあるが、そこまで繊細なものが必要とはならないからだ。


 おそらくあと一ヶ月してから、治療方針は本格的に立てることになるだろう。

 そしてそこで、治療が可能かどうか、医師の判断がある。

 治療してもMLBのピッチャーのスピードに、対応できるぐらい回復するかどうか。

 そのあたりも全て、やってみなくては分からない。


 アナハイムとしては最悪の形で、ターナーと大型契約をしたと言っていい。

 だが逆にだからこそ、アナハイムはターナーを完治させるため、様々な手段を全力で尽くす次第である。

 順調にキャリアを積めば、ターナーも充分にレジェンドの仲間入りをするはずの選手であったのだ。

 もっともレジェンドとは、長く活躍できた、幸運までも含めてこその、レジェンドと言えるのだろうが。


 アナハイムはマイナーから実績を出しているバッターをあまり上げていない。

 上げたとしてもすぐに、メジャーに適応できるとは限らない。

 そろそろ最悪を考えて、ターナーの代わりになる選手を、どうにか獲得するべきであろう。

 ただしアナハイムも、そのためにはプロスペクトを放出する必要があるだろうが。

 今年、直史と大介をワールドシリーズに連れて行く手段。

 セイバーは己の望む対決を見るために、色々と考えるのであった。




 ホームで行われる、アトランタとの三連戦。

 初戦の武史の調子を、心配する者は多い。

 スライド登板で、まさかあれだけ鈍感な武史が、調子を落とすとは思っていなかった首脳陣である。

 ただ武史としても、ああいった形での中止は経験がなかったので、仕方がないとも言えなくはない。


 しかし一回の表から、三者三振でスタート。

 まるで前回の敗北を引きずっていないようであるが、それにはちゃんと理由がある。

 嫁プラス息子に娘と、家族の視線をしっかりと浴びるお父さんである。

 なお二番目の女の子は、さすがにまだ小さいので待機している。


 メトロズの打線は、しっかりと機能している。

 初回から大介もヒットを打って、チャンスを拡大している。

 ホームランにならなかったのは、打ちそこないによる。

 ジャストミートでもないゴロを打っても、その打球のスピードが速すぎるのが大介の特徴だ。

 内野の間を抜いていって、そこから盗塁成功。

 一気にチャンスを作っていくのだ。


 チームの連打で、初回に一気に三点を先取。

 ただ前回の試合では、武史は四点を取られている。

 もっと点を取ってやるべきか。

 ただ初回から三者三振などをやっていると、その調子は悪くないように思える。

「嫁が見に来てると本当に調子いいよな」

 オマエモナーという視線で見られる大介であるが、大介はいつも調子がいいのだ。


 今日の武史は、実は意外と緊張している。

 前回の敗北の結果、息子から残念な目で見られていたからである。

 ここは父親として、奮起せざるをえない。

 また自分のピッチングのメカニックに、何かおかしなところがあれば、そこもチェックしないといけないのだ。


 対戦相手がアトランタというのが、またいいのだ。

 もしもここで三連勝などすれば、一気に地区の順位が変わる。

 もちろん他のチームの動向もあるが、やはり最大のライバルを叩くのが一番だ。

 ナ・リーグは西地区に、強豪の三チームが集結している。

 中地区はかなり戦力が均衡しているため、東地区で優勝すれば、おそらくナ・リーグの勝率二位でポストシーズンに入ることが出来るのだ。


 同じ地区優勝であっても、勝率二位と三位では、対戦しなければいけない試合数が変わる。

 ただ現在中地区首位のセントルイスは、今季の直接対決は既に終了していて二勝四敗。

 武史が負けたということで、油断出来る相手ではない。

 そしてポストシーズンのライバルになるであろう西海岸のチームとは、まだあまり対決がないのだ。


 武史はそのあたり、あまり意識を割いていない。

 今日は自分のピッチングに、とにかく集中しているのだ。

 二回の表も、三者三振で抑えた。

 これで六連続三振であり、それが伸びていくごとにスタジアムも盛り上がってくる。

 ホームランは野球の華ではあるが、これほどの奪三振も目立つものだ。

 ピッチャーが完投するには最低でも27人に投げなければいけない。

 27人に投げる機会があると言うべきか。

 それに対してバッティングは、多めに見ても五回しか回ってこない。

 この試合の主役は、どうやら武史になるようであった。

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