第9話 失速

 野球の原則をもう一度確認してみよう。

 それは点の取り合いということだ。

 いくら素晴らしいピッチャーがいようと、一点は取れないと勝てない。

 そして10点を取っていても、11点を取られれば負けるということだ。


 メトロズのセントルイスとの第二戦。

 先発はもはや、先発の中では紛れもない、ナンバーツーとなっているジュニアである。

 だがこの日の彼は、はっきり言って調子が悪かった。

 それでも援護するほどの打線を、メトロズは持っているはずであった。

 しかし二回を六失点したところで、さすがに交代。

 ロングリリーフの出番となっている。


 ピッチングやバッティングというのは、何かわずかな違いで、一気におかしくなるものである。

 大介にしても自分のバッティングに、常に100%の自信を持っているわけではない。

 直史を打つためには、全身全霊の力を必要とした。

 まさに字のごとくであり、誇張のない表現であり、実際にかなり長い間、回復というか復調に時間がかかった。


 ジュニアはまだ若い。と言ってももう25歳になるのだが。

 長いシーズンの中では、何試合か不安定であっても、それは仕方のないことだ。

 もちろん世の中には数人、そんな不安定なことなどない、怪物が存在するのだが。

 大介としても、今は調子は悪くない。

 初戦は全打数ヒットで、ホームランを既に二本。

 だがこの試合は、最初の打席は歩かされてしまった。


 初回にステベンソンがアウトになると、大介はかなりの確率で申告敬遠を食らうのかもしれない。

 もっともレギュラーシーズン二戦目で、オークランドは機能の惨劇を憶えている。

 大介を警戒するのは、もうデビュー年から、ずっと当たり前のことだ。

 実際に二打席目は、ツーアウトからステベンソンはまたしっかりと出塁。

 ホームランを打たれても、まだまだリードがあるという状況。

 ここでしっかりと、本気のボールをアウトローに投げてくる。

 外のボールなのに、左バッターの大介の打った打球は、ライト寄りのバックスクリーン。

 二試合連続、第三号ホームランであった。


 メトロズの弱点はリリーフであるが、また長いイニングを投げられるリリーフも、育っているとは言えない。

 去年などはワトソンが割とその役目を果たしていた。

 しかし今年はそのワトソンを、完全に先発のローテの一角として使うはずであった。

 だがそれが戦線離脱したため、代わりにもう一人のローテを必要となってしまったのだ。

 さらに勝ちパターンにおいては、クローザーも定まっていない。

 首脳陣はいずれアービングを上げる予定であったが、おそらくそれは五月ぐらいにはなりそうであった。

 しかしこのように試合が崩れると、どうなるのか分からない。

 点の取り合いになったおかげで、大介としては比較的勝負してもらうことが出来たが。


 それでも最後の打席は、敬遠されてしまった。

 ランナーは前に、一人いたのにである。

 もっともここでホームランを打たれたら、同点に追いつかれるという場面ではあった。

 なので仕方がない、と言えるのかもしれない。

 最終的には9-11という乱打戦で決着。

 ジュニアが序盤に崩れたのが、本当に痛い試合であった。




 そして試合後、重大なことが伝えられる。

「は? 爪が割れた?」

 そんな様子は見せなかったのに、実は負傷していたのだ。

 ピッチャーは爪の処理をしっかりとしている。

 基本的にヤスリで磨いて、マニキュアなどまで塗ったりする選手もいたりする。

 もちろんお洒落ではなく、爪の強度を補強するためだ。

 それぐらいのことは、誰でもやっているはずだと思っていたのだが。


 実際、ジュニアもしっかりとそれはやっていた。

 それにも関わらず、人差し指の爪が割れてしまったわけだ。

 治癒と言うほどでもなく、普通に爪が伸びれば、再び整えればいいだけ。

 長期離脱の必要もない、上手くすれば次のローテまでには修復されるぐらいのものだ。


 確か他のピッチャーが、接着剤で爪をくっつけて、出場していたと聞いたことがある。

 ただそこまでしても、指先に違和感が残る場合が多い。

 負傷者リストに入れて、調整も兼ねて休ませる。

 まだメトロズは、そんな余裕を持っていた。

 そんな余裕を見せておかなければいけなかった。


「どーすんだか」

 大介は率直であった。

 先発のローテが、とりあえず二回は飛ぶ。

 指先の感覚が戻らなければ、さらに間隔は空く。

 だがそれでもジュニアを、万全にしようという思惑なのであろう。

 そんなことより重要なのは、リリーフをどうするかという問題であるが。


 第三戦、メトロズの先発はオットー。

 今年でFAになる、かなりの修羅場をこの三年間で積んでいる。

 本来のピッチャーとしての実力は、スペック的には傑出していない。

 だが経験が、彼を強くしていた。


 おそらく及第点のピッチングはしてくれるだろう。

 つまり六回までを投げて、三点以内のクオリティスタートだ。

 長くても七回までで、完投するほどの力はない。

 よほどの幸運が重なれば、また別の話になるだろうが。


 セントルイスは第一戦、わずか二安打に抑えられながら、第二戦ではしっかりと点を取ってきた。

 昨年の地区優勝チームだけあって、敗北を引きずらないチームとなっている。

 メトロズは今年、クローザーが決まっていないことを除けば、むしろ去年よりも強いとさえ言えるチームだ。

 強いはずであった。

 本日の先発オットーも、安定したピッチングを見せる。

 だがそれでも無失点というわけにはいかず、そしてセントルイスは大介を上手く敬遠してきた。


 なんでもかんでも敬遠すればいいというわけではない。

 だがピッチャーによっては、ゾーンから外してはいるが、大介なら届くボールを投げてくる。

 ランナーがいる時は、そんなボールも打っていく。

 実のところ後ろのシュミットに任せた方が、いいのではないかとも思うのだが。


 シュミットはこの開幕三連戦、ホームラン一本を除くと単打しか打っていない。

 それでも打点はつくのだが、どうやら最低限の失点に、セントルイスは抑えているらしい。

(完全に計算されてるな)

 またもランナーとしては出ながらも、大介は考えていた。

 ヒットの数に対して、得点が少ない。

 集中打で点を奪うことが出来ていないのだ。


 首脳陣の作戦は、それほどおかしなものではない。

 大介から見るに、作戦が上手くいっていない原因は、違うところにある。

 打線陣の不調だ。

 ピッチャーが序盤からある程度点を取られているため、こちらも点を取らないといけないという焦り。

 去年までもそれなりに、先取点を奪われることはあったのだ。

 だが自分たちの打撃への、絶対的な信頼がない。

 なので勝負どころにおいて、決定打がなかなかない。


 この理由の一つとしては、やはり選手の入れ替えがある。

 ペレスとシュレンプは、己の力を信じていた。

 メトロズ打線は爆発すると、信じるだけの実績があったのだ。

 しかしながらステベンソンやグラントには、その意識が伝わっていない。

 己の役目を果たそうとはしているが、打線の一部となって、一気に押し流すという感覚が共有されていないのだ。


 これはまだ、チームが完成形でないからこそ言えることである。

 ここから連携を取るように、呼吸を合わせていかないといけない。

 しかしそんな打線に、外から影響を与える要素がある。

 リリーフ陣が打たれているのだ。

(バニング調子悪いなあ)

 ライトマンは散々、クローザーとしては失敗してきた。

 なので今は、バニングがクローザーとして入っている。

 だがそもそもはバニングも、リリーフではあってもクローザーの経験は少ない。

 それでも短い時間に集中して投げるというのは、去年まではそこそこ成功していた。

 だがそれはクローザーではなく、セットアッパーだったのだ。

 クローザーを任せるほどの絶対的な安定感は、本来のバニングにはない。

 それがこの試合も、悪い方に出てしまった。

 6-8とサヨナラホームランを打たれて、セントルイス相手とはいえ二連敗。

 メトロズ首脳陣は頭が痛くなってきた。




 アナハイムもスタートダッシュには失敗しているな、と大介はニュースを見ていた。

 だが他のチームを心配しているほどの余裕は、メトロズもなくなってきていた。

 事故もあったが最初のカードを負け越し。

 絶対に勝てるであろう武史が投げた試合で、勝ったのみである。

 そこは開幕二連勝しているアナハイムの方が、まだマシだと思えたものだ。


 圧倒的に勝っていないと、勝つことが出来ない。

 それが今年のメトロズになるのだろうか。

 去年のワールドシリーズは、むしろ接戦をこそ制したのが、メトロズであったのに。

 ピッチャーが強くないと、レギュラーシーズンを安定して勝つことは出来ない。

 特にリリーフ陣が問題なのだ。


 ジュニアは別としても、オットーは及第点のピッチングが出来た。

 しかしその後のリリーフが、点を取られているのだ。

 特にクローザーの不在が、あまりにも痛すぎる。

 過去にクローザーをしていたライトマンは、確かに一時期は上手くいっていた。

 だがやがて負担が重くなって、セットアッパーに配置換えとなったのだ。

 

 何度かクローザーの機会を与えたが、あまり上手くはいかなかった。

 点差が多ければ問題なく抑えるので、これは完全にメンタルの問題だ。

 セットアッパーとしては充分に優秀。

 彼を動かすことは、抑えてくれるセットアッパーが、いなくなってしまうことを指す。


 負け試合において、何人かリリーフで試してものの、クローザーとしてしっくりきそうなピッチャーはいない。

 おそらく近いうちに、下からメジャーに昇格させることになるのだろう。

 だがシーズン序盤は我慢の試合になりそうだ。

「アシが見た限り、使えそうなのはマイナーにおったっちゅう」

 スプリングトレーニングで、坂本は多くのピッチャーを見てきた。

 その中でMLBにおいても、能力的に使えそうなピッチャーはいた。

 それが今いないのは、単純に契約期間の問題だ。

 少し開幕からずらしてメジャーに上げ、契約をする。

 そうすればFAまでの期間が、一年間伸びるわけだ。


 ただこのメトロズの様相を見るに、そんな都合のいいことを言っている暇はないのではないか。

 長期的な視野で見れば、確かにFAまでを一年伸ばすのには意味がある。

 だが今年のメトロズは、連覇がかかっている。

 そのためにしっかりと、打線の方は補強したのだ。

 しかしやはり、クローザーは必要であったろう。


 シーズンの中で育てていくのでは、確実性が低い。

 ちゃんと本職のクローザーを入れた上で、若手なりをクローザーとして育てるべきであったろう。

 先発ローテのピッチャーはそれなりにいても、クローザーは1チームに一人。

 そんなピッチャーを簡単に、育成できるはずもないのだ。

(しばらくは殴りあいになるか)

 そして武史の投げる試合では、確実に勝っていく。

 勝率六割を目指して、しばらくは戦っていかなければいけないだろう。




 昨年の頂上決戦であるワールドシリーズを戦った、メトロズとアナハイムの両軍が、スタートダッシュに失敗している。

 こういうことはよくあることだ、と長年のMLBを見てきたファンなら分かっている。

 両軍の主力が、抜けてしまったのだ。

 むしろ去年までが、許容範囲内の故障ばかりで、運が良かったと言うべきだ。

 メトロズはワトソンが今季終盤まで帰ってこれそうにない。

 そしてジュニアが短期離脱となる。

 なんでクローザーを補強しないのかとは、周囲から見ていても不思議なものであったらしい。

 レノンとの契約には、失敗したと伝えられているが。

 打線も確かに若返りの必要はあったが、三番と四番が抜けて、そして高い選手を獲得している。 

 しかしもうちょっとクローザーを確保する、優先順位があったと思うのだ。


 メトロズの次のカードは、フィラデルフィアとの三連戦である。

 これもまだ、フランチャイズでのホームゲームとなる。

 フィラデルフィアは足を引っ張っていた大型契約が終わり、本格的な戦力の補強期間に入り始めた。

 だが去年は地区三位と、メトロズとアトランタの壁が大きい。

 セントルイスと違い同じ地区のチームだけに、余計に勝敗は重要となる。

 先発のローテは、スタントン、グリーン、武史となっている。

 ピッチャーの組み合わせ的に、最初のスタントのとの第一戦を勝っておきたい。


 グリーンは昨年、先発も数試合務めている。

 普段はリリーフで、ロングリリーフとして使われることが多い。

 勝敗的には二勝二敗と、悪い数字ではない。

 だがビハインド展開などで使われるため、期待もそこそこといったところだ。


 スタントンはオットーと同じく、今年でFAになる。

 本来の力量以上に、この数年は成績を上げていた。

 メトロズの強力打線の恩恵を、しっかりと受けていたスタントン。

 それだけに打線がつながらず、またリリーフも頼りないとなれば、自身に黒星はつかなくても、勝利投手にはなれないかもしれない。

 FA前の最後のシーズンとすれば、絶対に数字は上げておきたい。

 実力からするとそんな大型契約は難しいが、それでも試合を崩さない先発は、絶対に貴重であるのだ。


 そして試合が始まる。

 フィラデルフィアも圧倒的なエースを、ここで登板させるわけではない。

 明日のグリーンに当てる順番であるのは、もしも普通に間隔を空けていたら、武史と対戦することになったからだ。

 武史は直史の異常な数字に隠れているが、それでも圧倒的な制圧力を持つピッチャーである。

 28先発26勝0敗22完投18完封。

 無敗のピッチャーと、まともにエースを当てようとは思わないだろう。


 立ち上がりからスタントンは、しっかりと一回の表を抑える。

 ランナーは出さなかったが、少し球数が多かったのが問題である。

(こっちのリリーフ事情を考えてるのかな?)

 大介としては気になるところだが、メトロズはステベンソンが凡退し、ワンナウト。

 ランナーがいない状況で、大介の打席である。


 いくら大介とは言え、初回から敬遠はない。

 ステベンソンが一気に、二塁打で一塁が空いていたら別だろうが。

 スタントンは平均的に優れたピッチャーではあるが、無失点に抑えることはそれほどもない。

 ホームランが出ても初回の一点だから、後からどうとでも逆転のチャンスはある。


 フィラデルフィアはそう考えたのかもしれない。

 だがその想定は甘かったのだろう。

 初球から内角を攻める、積極的なピッチング。

 だが大介はそれを、完全にミートしていた。

 ライトスタンド、最上段へ着弾。

 スタンドもベンチも盛り上がる、先制の一発であった。




 バッターのホームランや、ピッチャーの奪三振は、試合の流れを変える効果を持っている。

 何よりもまず、先制したというのが大きい。

 三番に入っているシュミットは、普通にヒットで塁に出る。

 そして四番のグラントが、長打を打ってシュミットがホームに帰還。

 さらに坂本も続いて、初回で三点も獲得したのであった。


 六番のラッセルも、フェンスぎりぎりまで飛ばして、かなり惜しい当たりではあった。

 ただこの試合はメトロズの打撃力を、上手く見せ付けていると思う。

 昨年まで圧倒されていた、メトロズの攻撃は、さぞかしトラウマを刺激しているであろう。

 これで一気に試合を勝利に持っていけるか。


 下位打線からも一本、ホームランが飛び出した。

 スタントンも気が楽になったのか、坂本も余裕のあるリードをしている。

 点の取り合いになったなら、メトロズの方が有利なのだ。

 そんな空気がスタジアムを満たしている。


 二打席目の大介は、明らかに勝負を避けられてしまった。

 もっともこれはステベンソンが二塁にいて、一塁が空いていたのだから仕方がない。

 ここからシュミットがクリーンヒットで満塁に。

 そしてグラントの長打で、一気にランナーが帰ってきた。

 7-0と圧倒的な試合展開。

 これでバッテリーは、消耗しないことを重点に、コンビネーションを考えていける。


 球数が少なめになってきたので、六回までを安定して投げきる。 

 二失点はしていたが、メトロズはさらにリードを広げて、8-2と優位に試合を進めている。

 ただ大介は、難しいコースで勝負されてしまう。

 六点差で終盤に入るのは、かなり逆転は難しいはずだ。

 しかしメトロズのリリーフ陣を考えれば、まだ安心は出来ない。


 点差があるので勝ちパターンのリリーフは出さない。

 他のピッチャーに経験を積ませて、戦力の底上げを図るのだ。

 フィラデルフィアも試合を諦めるにしても、ならばバッターは個人成績にこだわっていくだろう。

 そしてホームランが出て、また五点差に迫ってくる。


 この状況で、まともに大介と勝負をしてくるだろうか。

 してくるらしい。主砲を封じることによって、試合をひっくり返そうというのか。

(ランナー二人もいても、どうにかしようとしてるんだろうな)

 ここで積極的にくるあたり、フィラデルフィアはかなり雰囲気が違う。

 だがそういった相手の士気を、粉砕するのが大介である。


 外角にボール一つ外れたシンカー。

 これを打ったところ、打球はレフトフェンスを直撃。

 ランナーは二人帰って、これで得点は10点になった。

 安全圏の六点差以上に、また点差を開ける。


 この一打が、試合を決めたと言ってもいいだろう。

 フィラデルフィアはここから、ピッチャーを敗戦処理に回す。

 だが気が抜けてしまったのか、案外メトロズ打線も追加点が取れない。

 むしろ終盤、フィラデルフィアは、もう試合を左右しない、ツーランホームランで得点してきたものだ。

 最終的なスコアは10-5と、打撃偏重のメトロズらしい点差となる。

 だがクローザー候補として使ったピッチャーが、ホームランを打たれたことは、シーズンを見通す上では痛かった。




 メトロズの首脳陣は、レギュラーシーズンの戦い方をある程度見通している。

 得点力はおそらく、去年とそれほど変わらない。

 なので問題となるのは、ピッチャーと守備であるのだ。

 武史はメトロズ打線の援護を考えると、去年のような強烈な記録は残さなくても、20個ぐらいは貯金を作ってくれると考えている。

 そして一時的に離脱はしたが、ジュニアは確実に勝利を目指していけるピッチャーだ。

 オットーとスタントンは、ローテを回す平均的なピッチャーであるが、それだけにメトロズの打線の援護は大きくなる。

 リリーフが弱いと言っても、それまでに試合を決めてしまえばいいということ。

 また追撃を受けたとしても、さらに突き放す力をメトロズ打線は持っている。

 大介と勝負したのは、明らかにフィラデルフィアの失敗であった。


 チームとしては序盤のスタートダッシュには失敗した。

 だが大介はここまで、打率が七割を超えるというスタートである。

 四試合で四本のホームラン。

 ただ前に出塁率の高いステベンソンがいるおかげで、盗塁はあまり多くない。


 問題はやはりピッチャーである。

 完封した武史と、怪我で早々に降板したジュニアは別として、オットーとスタントン。

 この二人はクオリティスタートをしているので、メトロズの得点力を考えると、しっかりと貯金が狙えるピッチャーなのだ。

 問題なのは、やはりリリーフである。

 ここが苦しくなっているのは、二年前に上杉をトレードした影響が、地味に響いている。

 リリーフとして育成し、メジャーで試すようなピッチャーを放出したのだ。

 いずれは先発の一角を、と思っていたピッチャーも放出している。

 結局はワールドチャンピオンにも手が届かなかった。

 もっとも上杉のおかげで、ワールドシリーズは大きく盛り上がったものだが。


 GMとFMの意見は、ある程度衝突することもある。

 だがメトロズに関しては、しっかりと意思疎通が出来ている。

 メトロズのマイナーにも、いいピッチャーがいないわけではないのだ。

 その代表が、スプリングトレーニングでは最後まで、メジャーのキャンプにいたアービングだ。


 ストレートの威力と、スプリットの切れ味。

 この二球種だけで、短いイニングなら抑えることが出来る。

 まだ若いが、だからこそ試しておきたい。

 しかしメトロズは、あまりに金を使いすぎている。

 FA前に少しでも使いたいと考えるのも、当然のことであるのだ。


 とにかく四月は、なんとか現状のリリーフ陣か、あるいは乱打戦でどうにかしてほしい。

 五月からはマイナーからピッチャーを上げて、育成しながらも勝ちを狙っていけるであろう。

 それに開幕早々、主力の離脱したチームから、クローザーの引き抜きは考えている。

 もしもアナハイムからピアースなどを引き抜けることが出来たら。

 だがそれはさすがに、ターナーの復帰時期によるが、不可能であろうと思っている。


 先発が安定して投げている間に、打線が一気に点を取る。

 この序盤のリードから、ピッチャーを楽に投げさせて、逃げ切りを計りたい。

 それがメトロズの狙いであり、シーズン序盤の攻略法だ。


 ただ、そう全てが上手くいくはずもない。

 フィラデルフィアとの第二戦、先発はグリーンであった。

 六回までを投げて五失点と、微妙な数字である。

 防御率にすれば七点台なので、お世辞にもいいとは言えないだろう。

 この試合、メトロズ側の守備に、エラーはなかったのだから。


 打線は援護して、これまた五点を取っている。

 つまり同点で交代するので、少なくともグリーンに負け星はつかない。

 なんとか六回までを、試合を崩さないぐらいの点で投げたのだから、本当にぎりぎり最低限の仕事はしたと言えるだろう。

 だが試合の序盤でリードをするという、メトロズの戦略としては、不充分なものなのである。

 実際にここから、リリーフは打たれていった。

 そしてフィラデルフィアも交代はしたのだが、あちらのピッチャーの方が安定していた。


 やはりあと一人は、1イニングをしっかりと守れるピッチャーが必要だ。

 シーズンを通して戦っていくうちに、ピッチャーを見出す必要はあるだろう。

 またマイナーの方でも試合は行われていて、あちらではまさに、そういったリリーフに向いたタイプを試しているはずだ。

 とにかく今は、勝てる試合を確実に勝って、試合を消化していかなければいけない。

 だが結局この試合も、7-9と敗北してしまう。

 先発もそうだが、やはりワトソンの抜けたのが大きい。

 ロングリリーフなどにおいては、いいピッチングをしていたのだから。


 ジュニアの投げられない、二試合も存在する。

 すぐに調整を終えて、復帰してくることを願っているのだが。

 二勝三敗と、ピリッとしないスタート。

 だがフィラデルフィアとの第三戦は、武史が先発である。

 それで勝ったとしても、ようやく勝率は五割。

 どうにも難しい、今年のメトロズであった。

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