第2話 連覇への道

 21世紀以降最初の、MLBワールドシリーズ連覇への道。

 正直なところメトロズは、それを大介の二年目で狙っていた。

 だが怪物が大活躍したにも関わらず、あの悪魔がやってきてその夢は阻まれてしまった。

 今度はこちらが連覇を阻んでやったが、今度こそ連覇だと考えるには、かなりチーム事情が苦しい。

 主軸が高齢化したため契約満了で放出。

 シュミットだけは慰留したのは、二人に払っていた年俸が浮いたからである。

 そしてピッチャーにしても、ウィッツが契約満了。

 彼ももう35歳で、戦力は入れ替えの時期になっていたのだ。

 ペレスとウィッツが35歳、シュレンプとレノンが38歳。

 実績を残している選手たちであるが、さすがにここから大型契約を結ぶのは、チームの若返りの意味でもよろしくない。

 単年契約であればという声もあったが、やはりここは若い選手を入れる必要があると、GMのビーンズは考えていた。


 メトロズは去年、上杉を取るためにプロスペクトを多数、ボストンに放出した。

 おかげで今年のマイナーから上がってきて、将来性が期待出来そうなのはまず一人だけ。

 ワールドシリーズでも代打として出場し、同点ホームランを打った21歳のラッセル。

 守備面ではまだやや不安が残るが、ペレスの守っていたサードが本来のポジションである。


 若手の台頭が、あまり期待できないメトロズ。

 だがオーナーのコールは、連覇のためには金に糸目をつけない覚悟だ。

 道楽オーナーの真骨頂であるが、実は充分に収益は出ている。

 やはり日本市場を大きく開拓したのが響いている。

「主軸二枚にエース一枚クローザー一枚、とにかく揃えるんだ」

 ビーンズはそう言われたが、単純に金に任せて選手を揃えるのも難しい。


 選手はチームによって相性というものがある。

 自分より凄い選手がいると、我慢出来ないというタイプがいるのだ。

 それにビーンズはGMとして、単純に来シーズンのチャンピオンだけではなく、チームの戦力維持も考えなくてはいけない。

 もっとも連覇を達成したら、それで一度チーム解体というのも選択肢だ。

 ただコールの方針は、今後も強いチーム。

 少なくとも大介のいる間は、ポストシーズン進出は最低限というぐらいだろうか。


 NPBと同じ感覚でいくと、モチベーションが下がるかもしれない。

 大介はプロ入り以降ずっと、優勝を狙えるチームでプレイし、実際に多くの優勝実績がある。

 ただしMLBについては、球団数が倍以上も違う。

 それに球団の資本力によって、ポストシーズンに進出する戦略も違う。

 違う戦い方でやっているチームが、同じリーグにいる。

 なので単純に戦力を集めて、それで勝てるというわけではないのだ。


 来シーズンのメトロズの編成で、大きく変化することは一つ。

 大介の打順を二番にするということだ。

 今年の大介は、とにかく勝負を避けられるということが多かった。

 それでも出塁率、走力などを考えると、一番打者としての役割は大きかったのだ。

 だが来年は、スラッガーを三番と四番に置けるのか。

 出塁率と走力のある選手を一番に置いて、大介は二番に。

 そしてシュミットを三番に、という案が出ている。


 実際のところはシーズンの中で、手探りで考えていかなければいけないだろう。

 去年のような圧倒的なチームには、ちょっとなるとは思えない。

 あとは先発ピッチャーの補強である。

 ウィッツが高くなった上に、年齢も35歳となってしまった。

 いいピッチャーであるが、今のメトロズには武史がいる。

 もっとも武史は、さすがにずっと保持することは出来ないであろう。

 ジュニアやウィッツと比べてみても、能力が隔絶している。

 今のMLBで同格以上と言えるのは、兄の直史だけ。

 最初の契約の間だけは、どうにか保持していられる。

 だがそれが終われば、どこかに行かなければいけない。

 そうやって戦力均衡が進むのが、MLBとしても自然なことなのだ。


 メトロズは現在、トローリーズやラッキーズと並んで、資金力が豊富な球団となっている。

 もちろんちゃんと利益も出ているが、営業利益に対して経常利益が少ない。

 本当ならもっと儲かっているはずが、そこまでは儲かっていない。

 選手に金をかけすぎているからだ。


 大介に3000万ドルプラスインセンティブの契約を二年目に飲ませたのは、大正解であった。

 球団は選手の価値なども計算するのだが、大介は明らかにもっと年俸は高くてもいい。

 ただオーナーのコールとしては、少なくとも自分の目が黒いうちは、大介を保持し続ける覚悟である。

 三年も連続でワールドシリーズへ連れて行ってくれて、ワールドチャンピオンにも二度なれた。

 メトロズを象徴する選手として、メトロズのユニフォームだけで殿堂入りを果たしてほしい。

 本来殿堂入りは、MLBの在籍期間が10年以上が条件となる。

 だが大介ほどの成績であれば、特例となっても全くおかしくない。

 本塁打、打点、得点、出塁率、OPS、長打率。

 もしこれらのシーズン記録を持つ選手が殿堂入りしないのならば、完全に殿堂入りの仕組みの欠陥と言える。

 とは言え大介は、まだまだ活躍しそうではあるが。




 ウィッツが去っていったメトロズであるが、ピッチャーは内部からの育成だけで、補強は細かいリリーフだけとしている。

 特にクローザーである。

 なんだかんだと去年は、レノンがしっかりと仕事をしてくれた。

 今年も契約出来ても良かったのだが、メトロズは選手の入れ替えのタイミングだ。

 これがもしも、レノンが五歳若ければ、複数年で契約したかもしれない。


 クローザーに関しては、マイナーや若手からの成長を待つか。

 ただ難しいポジションだけに、本来ならやはり実績のある選手がほしい。

 もっともここから数年のメトロズ黄金期を目指すなら、若手から出てきて欲しい。

 そしてその候補もいないわけではないのだ。


 先発は武史、ジュニア、オットー、スタントン、ワトソンの五人までは決まっている。

 ここに一人、若手から伸びてくるピッチャーを入れたい。

 ただピッチャーを育てる余裕を作るには、打線の援護が必要だ。

 二番に大介、三番にシュミット。

 一番と四番を打つバッターを獲得したい。

 五番を打っている坂本も勝負強いが、安定感は微妙なところだ。

 そして一番バッターとしては、期待の選手をメトロズは獲得している。


 キューバ出身のステベンソン。

 身体能力が高く、守備でも好守備を見せ、また肩も強い外野を守れる選手だ。

 早いカウントから打っていく、感覚型のバッター。

 29歳の彼に対して、球団は九年契約を約束した。

 ただし年俸は、単年あたりで見ればやや安め。

 こういうフィジカルタイプの選手は、30代の半ばでパフォーマンスが落ちる。

 おそらく最後の数年は、あまり戦力にはならない。

 それは承知した上で、今後の三年ほどに期待しているのだ。


 そして主砲となるべき選手も獲得した。

 足の故障で一時期評価を落としたが、それは守備や走塁に関して。

 打撃力ならまだ全く問題がないと言われる、グラント。

 33歳の彼に対して、メトロズは四年契約を提示して契約成立。

 だがこれで使えそうな資金は、限界いっぱいまで使ってしまった。


 コールに話したならば、まだ資金は出してくるかもしれない。

 だがチームにはどうしても、バランスというものが必要になる。

 スター選手ばかりを揃えても、勝てるとは限らないのが野球だ。

 その原則に従って、ビーンズは選手を揃えた。


 あとはレギュラーシーズンで、下から上がってくる選手を待つ。

 最悪トレードで、プロスペクトを放出する必要があるかもしれない。

 しかしそういったことを考えると、やはり去年上杉を取って、連覇出来なかったのが痛かったのだ。

 上杉とはクローザーで契約していた。

 だが本人からの声で、先発としてワールドシリーズノーヒットノーランを果たした。

 最初から先発として計算していれば、おそらくあの年も勝てた。

 あの時のプロスペクトの流出が、まだしばらくは響きそうだ。

 ただでさえ優勝したメトロズは、ドラフトで低い順位しか狙えないのだし。


 


 これにて打線の補強は完了した。

 来年のメトロズ打線は、上位の得点力は、数字上かなり高まることになる。

 1 ステベンソン センター

 2 白石大介 ショート

 3 シュミット レフト

 4 グラント DH

 5 坂本天童 キャッチャー

 6 ラッセル サード


 比較的守備負担の少ないレフトとサード、そして守備のないDHに強打者を。

 守備負担が大きいのに、キャッチャー、ショート、センターに好打者や強打者を置いている。

 打線はおそらく、去年よりもパワーアップする。

 あとは投手陣がしっかり機能するかどうかだ。

 グラントは今でも、ある程度ファーストなら守ることが出来る。

 場合によっては誰かをDHで休ませながら運用し、グラントが守備に就くという形もあるだろう。


 打線に関しては全く問題はないだろう。

 あとはピッチャーの中でも、中継ぎからクローザーへの順番である。

 過去には何度かライトマンを、クローザーに使っている。

 そしてライトマンはセットアッパーとしてはともかく、クローザーとしての適性はそれほどでもないと思われる。

 シーズン中にマイナーや若手で必ずすべきことは、リリーフ陣の育成。

 上手くいけばこれで、今年もワールドチャンピオンを狙えるのではないか。


 ビーンズが考えるのは、やはりレノンと今年も契約すべきだったか、ということだ。

 しかしレノンの代理人は、複数年の契約を望んでいた。

 もうあと何年、現役で活躍できるか分からない。

 それに年齢を重ねるごとに、怪我に対する回復も遅くなる。

 一人か二人ぐらい、ピッチャーで若手が飛び出てきてもいいだろう。

 ジュニアにワトソンと、自前で育てている選手もいるのだ。


 ある程度の戦力は揃ってきた。

 あとは細かく、リリーフやベンチ要員など、そういったところに目を向けていく。

 年が明けてからも、まだ所属先の決まっていない選手はいるだろう。

 格安でリリーフピッチャーが取れるなら、そこは動いてもいいだろう。

 それから他のチームの動向にも目を向けていく。


 今年もまた、ア・リーグの本命とされるアナハイム。

 だがその動きには、少し不自然な点が見えた。

 軸となる先発二人のうち、スターンバックは怪我でおそらく来年は全休。

 なので契約を結ばないらしい。

 ならばヴィエラはどうなのかと言うと、これまた再契約はしていない。

 チームとしてはおそらく、ヴィエラの去年の離脱期間が、問題と思われたのであろう。

 ターナーはまだ安い金額で所持できるのだが、長期契約を結ぶという話も出ている。

 あとは直史と、契約を新たに結ばないというのが、メトロズから見れば不思議である。


 アナハイムは確かに、ピッチャーの大型契約は結ぶことが少ないチームである。

 しかしヴィエラとは大型契約を結んでいたし、リリーフ陣にもそういう選手はいる。

 直史と契約を更新するなら、今の契約が切れた来年より、まだ安い契約で投げる今の方が、交渉はしやすいはずなのだ。

 事情を知らない人間であれば、ライバルとなるメトロズからさえ、直史の扱いはおかしい。

 もっともその理由については、どうにも表に出てこないのだが。


 おそらく一番動きが大きいのは、ナ・リーグ西地区であろうか。

 トローリーズ、サンフランシスコ、サンディエゴの3チームが、来年もコンテンダーとして競うことになるだろう。

 最終的にア・リーグでメトロズとワールドシリーズで当たりそうなのは、アナハイムを除けばミネソタか。

 ミネソタは長年続けたプロスペクトの育成と、ドラフトの成功によって、安くて強い選手を打線に揃えた。

 去年はピッチャーも確保したが、今年はさらにピッチャーに手を出している。

 それでもおそらく、アナハイムがア・リーグでは最有力だろう。

 直史の30勝というのは、とにかく圧倒的だ。

 ポストシーズンに入れば、その力はさらに大きな意味を持つ。

 メトロズもアナハイムも、さすがに去年のような勝率争いはしないであろう。

 伝説的な一年の次は、その後始末のような一年になるのかもしれない。




 年が明けた。

 日本の佐藤家で世話になっている大介は、毎日の素振りを欠かさない。

 もう、あの時のような、深いゾーンに入ることはない。

 と言うかああいうゾーンというのは、自分でコントロール出来るものでもないのだろう。

 相手が直史で、ワールドシリーズ最終戦という舞台。

 あれほどの血湧き肉踊る対決は、同じ直史相手でも、もうないのではなかろうか。


 一種のやりきった感覚が凄い。

 初めて直史に勝ったので、このまま勝ち逃げというのもあるのだろうか。

 だがネットで見るまでもなく、大介は総合的に言って、まだまだ直史に勝ったとは言いがたい。

 来年が直史と約束した、最後の一年。

 いや、もう今年になってしまったか。


 おそらく直史がいる間は、大介も成長し続ける。

 競い合う存在、もしくは目標とする存在として、そこにいてくれるからだ。

 考えてみればNPB時代も、上杉という明確な目標がいた。

 しかしそういった、前を走る存在がいなくなった時、大介のモチベーションはどうなるのか。


 後ろから迫ってくる相手に、差をつけるために頑張るのか。

 大介はあまり、そういったものに向いた気性ではない。

 常に前にある目標に向かって、何かに挑みかかる。

 それが大介の、人間的な本質。

 競馬で言うなら逃げ馬ではなく、完全な追い込み馬だ。

 大地が弾んでミスターシービーなのである。


 アナハイムがワールドシリーズに進出してこなければ、なんだか他のチーム相手に、あっさりと負けそうな大介である。

 ただそんな大介も、ちゃんとMLBでは一年目から、結果を残している。

 MLBという世界全体が、戦う相手であった、ということもあるのだろう。

 未知の世界での試合というのは、大介にとって新鮮であった。

 そこに上杉と直史がやってきて、またも面白くなってきたものであろう。


 大介が今、一番気にしているのは、直史の不調である。

 オフシーズンでもしっかりと体を動かす大介は、トレーニングはしっかりしている。

 自主キャンプというわけでもないが、武史を含めた三人で、SBC千葉に行っていたりする。

 そこでたまたまでもなく、鬼塚などと会うこともあるのだが。


 直史は自分で、コントロールが上手くいかない、などと言っていた。

 試しにキャッチャーとして入ってみれば、ちゃんと構えたところに投げてくる。

 だがバッターボックスに立ってみると、言っていることが分かった。

 変化球のコンとロール、コースだけではなく変化量やスピードも、いまいちピリッとしない。

 何かが決定的にずれていると、と直史は言っていた。

 そして不調は、大介も同じであった。

 マシンの打球は普通に打てたのだが、直史や武史に投げてもらったボールを、上手く打つことが出来なかった。

「っかし~な~」

 自分のバッティングの不調の原因は分からないが、直史の不調の原因は、一つだけ思いついたことはある。

 大介にホームランを打たれたことが、一種のトラウマになっているのでは、というものだ。

 論理的に考えて、すぐに否定されたが。


 


 大介はSBCに通い、自分のバッティングを取り戻そうとしていた。

 大介が指摘したように、逆に直史も指摘していた。

 ゾーンに入ったときの万能感を基準に考えているので、本来の技術と自分の理想が、離れてしまっているのではないか。

「これがスランプか」

 以前にも調子を落としたことはあるが、これほどひどくはなかった。

 それにひどいと言っても、マシンのボールはいくらでも打てる。

 メンタル、集中力、読み。

 そのあたりのバランスが、上手く取れていないのだろう。


 ピッチャーの中にも、ワールドシリーズで燃え尽きて、翌年以降に成績を落とすという者はいる。

 大介にしても故障などはないが、あの対決に全てを注ぎすぎたのだろう。

 これを元に戻すにはどうすればいいのか。

 正道であれば、球団の分析班を利用する。

 だがここは日本で、そんなものはない。

 SBCの施設を使っても、球団のデータ量などには及ばないのだ。


 画期的な方法など、そうそうあるはずもないだろう。

 なので大介は、とにかく素振りをする。

 冬場に屋外でも、素振りは出来る。

 同じように直史も、毎日ピッチングをしている。


 単純に振るだけならば、別にスイングスピードが落ちているわけでもないと思う。

 だが目をつぶって、頭の中でボールをイメージし、それを打つ。

 もちろん実際に手応えがないからというのもあるが、どうしてもイメージとスイングが一致しない。

 昔から目をつぶって想像で打つというのは、よくやっていたことだ。

 むしろ素振りというのは、そういうものだろうと思ってやってきた。

 だからこそ目をつぶっていても、直史のボールを打つことが出来たのかもしれない。

 その成功体験が、むしろ己を縛っている。

「と思うんだが」

 今度は直史が指摘してきて、大介も頭を悩ませる。

 

 大介にとってはおそらく、直史から打ったホームランは、人生でも最大の成功体験だ。

 打たれた直史の言葉に、説得力を感じてしまった。

 ならばどうやって、元に戻したらいいのか。

 おそらく実際に、人の投げたボールをどんどん打つしかない。

 だが直史も武史も、そうそう大介の相手をしているわけにはいかない。

 ただピッチャーとしても、実際にバッターに向けて投げた方が良かったりはする。

 もっとも問題は、直史の変化球や、武史の速球を捕れるようなキャッチャーは、そうそういないということだ。

 ネットに向かって投げるというのは、いまいち感覚が違う。

「しょうがないなあ」

 そう言ってサクラがキャッチャーをしたりするのだが、さすがに武史のボールの威力には、顔を歪めたりもする。


 大介がキャッチャーをやって、ツインズにバッターボックスに立ってもらう。

 そんな組み合わせでも練習をしたりした。

 キャッチャーをやってみると、大介も色々と考えることが出てくる。

 特に直史の場合は、変化球の配球が、バッターからはとても打ちにくいものになっている。

 分かっていても打てない。そういう組み合わせだ。

 もっとも大介なら、本来は打てる。

 今の大介には打てないだろう。




 やがて正月休みも終わる。

 今はまだいいが、就学年齢になれば、子供たちの都合に合わせなくてはいけなくもなるだろう。

 大介はアメリカのフロリダにある、自分の別荘で自主トレを開始することにする。

 武史は東京の恵美理の実家へ、そして直史はまだしばらくここで。

 やがては二人とも、別荘で合流することになるだろう。

 子供たちも連れて。今だからこそ出来ることだ。


 一番年齢が上の武史のところの長男は、来年には小学生になる。

 しかしそれは日本の数え方で、アメリカの場合は就学年齢は今年からだ。

 来年からは少し、集まれる期間も短くなるか。

 だが野球と、血縁でつながっていれば、いつでも集まることは出来る。

 単純に教育を受けるだけならば、家庭教師などでもいいのだ。

 アメリカは既に、ネットなどでの教育環境も整備されている。

 もっとも大介の子供となれば、いくらでも環境は用意できるのだ。


 大人たちがしっかりトレーニングをしている間に、子供たちもゴムボールを使って野球をしたりしていた。

 真琴と昇馬はピッチャーをやるのが好きなようで、ちょっと意外かなとは感じた。

「それは大介君が、大人気なく昇馬のボールもホームランにしちゃうから、昇馬もムキになってるんだと思うけど」

 どうやら昇馬の性格は、負けず嫌いであるらしい。

 真琴もまた、ピッチャーをやろうとしている。

 この年齢では男女の運動能力の差もないので、どちらかが一方的にということはない。

 むしろ真琴の方が早く生まれているので、まだその差が埋まっていないように感じる。


 ただその中で、武史の長男である司朗は、バッティングの方が好きであるらしい。

 この年齢でゴムボールを投げていて、肩の強さなどはさほど問題にならない。

 ただバットコントロールやミートのセンスは、この年齢からでもなんとなく感じられる。

 元々武史は、高校時代はクリーンナップを打つことも多かった。

 ホームランを打つこともあったし、身体能力的には、投打のどちらも出来るのかもしれない。

 ただまだ、子供のやっていることである。

 才能だのどうだのと言うのは、早すぎるだろう。


 千葉の片田舎にて行われる、三人の義兄弟による練習。

 桃園での誓いでもすれば、ちょっと面白かったかもしれない。

 結局大介は、まだ調子を完全に取り戻すことはなく、アメリカに戻ることになる。

 大介にとっては、どこが本当の故郷なのか。

 東京で中学までは育ち、高校は母親の実家。

 プロ入り後は関西であり、そしてニューヨークへと。

 キャンプ中はフロリダで、あちこちに移動することが多い。

 それでも大家族がいるので、寂しさを感じることはない。


 今はネットで世界中がつながっている時代だ。

 同時に大介は、様々な人と野球でつながっている。

「お前らは正月、どうしてたんだ?」

 ツインズは実家に子供を預けて、そのままお出かけすることもあった年末年始である。

「女子野球時代の子達と、久しぶりに会ったりしてたよ」

 なるほど、そういうつながりもあるのか。


 日本は日本で、色々なことが起こっている。

 大介や直史がアメリカに行ったことで、日本での物語がなくなるわけでもないのだ。

 とりあえず去年のNPBは、セはライガース、パは福岡が優勝した。

 そして日本シリーズでも対決し、福岡が久しぶりの日本一となっている。

 大介がプロ入りして以来、四年目意外はずっと、セが日本シリーズでは勝っていた。

 埼玉が勝って以来、久しぶりのパの日本一というわけである。


 復帰した上杉はまた、投手成績では無双していた。

 だがそれでも上杉一人では勝てず、ライガースがペナントレースを制したわけだ。

 スターズは二位であり、レックスはBクラス。

 やはりクライマックスシリーズは、ペナントレースを制している方が有利ということか。

 だがライガースが大介を失っても、それなりに強いというのはいいことだ。


 レックスが成績を落とすのは、さすがに順当と言えた。

 正捕手である樋口に、絶対的エースが二年連続で消えたのだ。

 それでも四位であるあたり、まだどうにかなっていると言っていいのか。

 またMLBを目指して、ポスティングをしてくる者がそのうちいるだろう。

 ライガースだと西郷などは、本当ならMLB級のスラッガーだったと思う。

 だが西郷もまた、上杉と似たようなところがある。

 最初から別にMLBになど、感心はないというところだ。


 全体的なレベルは、やはりMLBの方が高い。

 そもそもMLBは、上澄みであるので当然であろう。

 だがNPBにも、MLBで通用する選手はいる。

 西郷などは鈍足なため、そのあたりがあまり評価が高くならなかった原因かもしれないが。

 それはそれで、日本でホームラン王になり続ければいい。

 そしてNPBの強者は、またMLBにやってくればいい。

 そしたらそれを、大介は打ち砕くことが出来るであろう。


 とりあえず今年、メトロズはインターリーグで、ア・リーグ東地区のチームと対戦することになる。

 三年もアメリカにいるが、まだまだ大介の対戦していない、ピッチャーというのは多いのだ。

 まだ見ぬピッチャーとの対戦。

 それが一つの、大介のモチベーションにつながる。

 そしてもう一つは、大介のまだ先にある。

 MLBの長い歴史に刻まれてきた、数々の記録への挑戦だ。


 大介がせめて、25歳ぐらいでアメリカに来ていたなら。

 ならばMLBのバッターの通算記録を、たくさん更新していただろう。

 シーズン記録はともかく、通算記録を更新するのは、大介にとっても難しい。

 だが絶対に不可能というわけでもない。

 何歳まで全力でプレイ出来るか。

 自分よりも長いキャリアを持つ選手でも、大介はどんどんと追い抜いてきていた。

 その目指す先に、大介を待っている光景は。

 それは大介にとって、素晴らしい光景となるのだろうか。

 フロリダの青い空の下で、今年も大介の野球が始まる。



×××



 トラウト選手の選手生命の危機、エンゼルスの身売りの発表、また仙台育英による東北勢の初優勝と、現実の野球の方は色々起こっておりますが、引き続きこちらはワシントンもアナハイムも、身売りなどしない世界線でお送りします。

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