元社畜、異世界転移来たりて好機 ~裁縫スキルが世界を救う!?~
夏木
第0話 プロローグ
「できたっ!」
爽やかな風が吹き込む部屋で、
今回作ったのは夏にちょうどいい、男性用の浴衣。
夜空のような深い色に琥珀色の紋様が入っている。初めて生地を作るところから行い、かなりの時間をかけて完成させた。
今まで以上の出来栄えに満足して、千春は鼻息を荒くする。
「これはまた随分手の込んだものを作ったものだな」
「レクサさん! おかえりなさい!」
白と青の装飾がされた鎧のままやって来たレクサに、千春のトーンが上がる。
一週間ぶりの再会なのだ。
王子として遠方に出向いていたレクサには疲れが見え、千春は話したいという気持ちを押さえて口を閉ざした。しかし。
「どうした? それは俺のために作ったのではないのか?」
千春の肩に手を回すと、レクサは低く落ち着いた声で耳元で囁く。
レクサの言葉は合っている。
遠征疲れを癒すために、ゆったりとした着心地の浴衣を作った。彼に似合うデザインを考えた。サイズだって、事前に調べてピッタリになるよう作っている。体力気力の回復に効果のある魔法もかかっている。それを全て見透かしたかのように言うのだ。千春の耳は真っ赤になっていく。
「……なんだ、違うのか……」
「ち、違わないですっ! その、勝手にこんなものを作っていて、気持ち悪がられないかと……」
手作りなんて気持ち悪い。そう言われないかという不安があった。だが。
「そんなことあるはずがなかろう? 命の恩人でもあり、愛する大切な妻が丹精込めて作ったんだぞ? 俺は嬉しいんだ」
肩に回した手を千春の頭に乗せる。大きな手から伝わるぬくもりが、不安をかき消した。さらにレクサは、千春の髪にキスを落として顔を肩にうずめた。
その行為にどんな意味があるのか理解している千春は、安堵の息をこぼす。
「ふふっ、私もです。あなたを支えになれるのなら、いくらでも作ります」
心の底から思う気持ちを口にする。だが、それに対する反応が返ってこない。
不思議に思い、レクサの頭に手を触れてみるが反応がない。耳を澄ませば、すやすやと寝息を立てていた。
器用なことに頭だけ千春の肩を借り、あとは千春が座る椅子にもたれかかるようにして眠っていたのだ。
王子として恥じぬよう振る舞う姿はとても格好いい。千春の前で見せる、どこか抜けている姿はとても愛おしい。自然と千春の顔はほころんでいく。子供を寝かしつけるように、レクサの頭をポンポンと叩く。
「これはしばらく動けないなぁ」
疲れていたのだろう。無理矢理起こすのも悪い。かつては社畜だった千春には、疲れからくる深い眠りがどんなものかよくわかっている。途中で起こされるのは、拷問にも等しいと。だから千春は動かずにいながら、かつての仕事に追われる生活から一変した幸せを噛みしめた。
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