第13話 虎穴の奥
「聞いたか、鬼将軍の話」
「ああ、あれだろ? 仮面を着けてるっていう」
「小っさいのに大柄なコン将軍に勝ったって言うじゃねぇか」
昼間から酒を呷り、三人の男達が語るのは今朝方王宮で発表されたという軍の新体制についてだった。
男達は皆、朱庁の官吏だが昼飯は王宮外の酒屋で摂ることが多い。
官吏とはいえ、朱庁の一部の男達は専門職故に貴族以外の登用もある。
そのため、口が悪い者も多い。
「仮面って……玄試でいきなり将軍になったっていう?」
男らに気さくに声を掛けたのはこの酒屋の女将、スウだった。
「そうそう、そいつのことだよ。それがよぉ、軍のことどころか王宮のことを何にも分からねぇうちから、いきなり将軍ってのは流石に駄目だろうってことで、最初は近衛部に配属になったらしいんだよ」
「遠目だったが俺は奴を見たことあるぞ。コン将軍を一撃で倒したって聞いてたからよ、どんな大男かと思ったら小柄でひょろっとしててよ。それなのに恐ろしく強いって噂だ」
「そんなに強いのかい?」
「強いってもんじゃねぇ。たった一人で盗賊百人を殺したって聞いたな。それで付いた字名が『鬼将軍』だ。それも将軍になる前からな」
「まだ玄庁に入って一週間程度じゃなかったか? それがもう将軍だ。副将軍も昇格が早いって騒がれたがそれでも入って二、三年はかかってるからそれ以上だ。そうそう、その副将軍のために何だっけ? 確か……軍師だったか? 新しい職位ができるんだ。今の将軍が副将軍になって副将軍は軍師だ」
「軍師って何をするんだい?」
「戦略を練ったり、軍部内を管理する役だったか? 基本的には今やってることと変わらねぇって聞いたな。知将って名高いお人だったから、副将軍からどっかの部隊長辺りに戻すようなことはしなかったんだろ」
「なるほどねぇ。でもその鬼将軍ってのはなんで仮面を着けてるんだい?」
「それがはっきりしねぇんだ。火傷の痕があるって噂もあるし、貴族や王族の御落胤だって噂もある。俺は御落胤説だと思うな」
「俺もそう思ってたがな、朝議ではっきり火傷痕があるって言ったらしいぞ? それと朝議で軍議を開いて決めたらしい。普通は現将軍か副将軍が任命する方式だろ? 黄庁の高官らの意見を聞くなんて珍しいって黄庁の官吏が噂してたぞ」
「入ってすぐ将軍なんてさすがに周りが納得しないって思ったのかねぇ? で、新しい将軍様は何ていうんだい?」
スウの問いに三人は互いに顔を見合わせ、「そういや、何て名前だっけな?」と一人は頭を掻き、一人は腕組みをし、一人は思い出そうと宙を見上げた。
その数時間後。
スウからその噂を聞いたゼドはしばし考え込むように黙り込み、それから「そいつには直接会った」と口を開いた。
スウの酒屋の裏に小さな家があり、そこにスウ、ゼド、セファの三人で住んでいる。
部屋の奥の壁が隠し扉となっており、地下に義賊として活躍するゼドの黒装束や小道具を隠す衣裳部屋と、スウが怪我人を治療する小部屋がある。
密談をする時はこの部屋を利用する。
「仮面の将軍はシンって名乗っている。シンはセファの本当の名だ」
ゼドの言葉にスウは一瞬目を見開き、それからこれまでのことを反芻するため黙した。
酒屋で聞いたことがある名だ。
最初に聞いたのは玄試の直後、そして二度目が今日。
いや、今日が三度目だ。
二度目はカイと会った時、扉の向こうで「シンが襲われてさ」と誰かが言っていた。
あれはつい最近の出来事だ。
そして、その襲った相手が目の前のゼド。
「セファは何者なの? なぜシン将軍を襲ったの?」
スウの問いにゼドは眉間に皺を寄せ、なぜ襲ったことをスウが知っているのかと言いた気に見やった。
「私の針を使ったでしょ。カイが私に訊いて来たわ」
ゼドの表情を読み取ってスウが答えると「ああ」と納得した様子で頷いた。
「セファも俺達と同じだ。父親を自殺に見せかけて殺されてる。その現場を偶然見てしまって刺客に襲われてるところを俺が助けた」
「それで記憶を失ってても手放さないのね。今も刺客に狙われているから名前を変えて匿ってるって訳?」
「それもあるが、これはカイの提案だった。死を偽装したから表向きにはシンは死んだことになってる。セファってのは死んだ者の戸籍を買った。だから刺客に襲われる心配はない」
「じゃあ、なんで……」
「セファの父親は青庁の官吏で死の間際、書簡を持っていた。一見、近況を伝える内容だったが、カイが暗号だって見抜いた。青庁は他の庁を監査するところだ。だからよく文に暗号を隠す慣習がある。青庁の暗号は書物を用いたものだ。三つの数字が頁、行、文字数を表していて、同じ書物を持つ者同士で暗号が解けるって代物だ。その書物が何か、未だに分かっていない。希少本かもしれんってことで解読が難航している」
「どの書物かセファが知ってると思っているの? それで記憶が戻るのを待ってるっていうの?」
「それもあるが、そんな僅かな望みに掛けている訳じゃない。俺はカイがセファの死を偽装して俺に預けた理由を未だに知らないんだ。それを探っているところにセファの本当の名を騙る仮面を着けた奴が現れた。仮面の下を覗きたいって思うのは当然だろ?」
「だからってカイに内緒で接触するだけじゃなくて、私の針を使うなんて……」
「少しの間、体が痺れるだけだ。それに動きが尋常じゃなかった。針が無かったら俺が殺されてた」
ゼドは義賊という危険な活動をしているため、捕まらないように逃げ切る脚力といざとなったら戦う武芸を日々磨いている。
それをスウも知っているし、実際ゼドが戦う姿を見たこともある。
そのゼドが『尋常じゃない』と評する動きとは一体どんなものなのか。
スウも仮面のシン将軍に興味を抱き始めていた。
一方、その頃。
ヨンは自身の護衛剣士であるアルと共に玄庁内の書庫の一つにいた。
二人共、軍部の衣を纏って変装してコン将軍の手引きで中にいる。
今朝の朝議にはヨンは参列していない。
入りたくとも朝議は王か第一皇子のヨウしか入る権限がないのだ。
そのため、コン将軍に様子を訊くために来た。
朝議で軍議を開くのはコン将軍の申し出であったこと。
それは
それからヴォルド副将軍がシンに将軍としての器を示すよう促したが、シンは結局は将軍職を辞退したこと。
タオ宰相も他の高官達も将軍として強さは認めるが、その職に就くことにはやや否定的であるようにコン将軍には見えたこと。
そのため、シンが辞退して安堵したようにも見えたこと。
それらをコン将軍はヨンに報告し、続けてシンを将軍にしたこと、コン将軍は副将軍に、ヴォルド副将軍は軍師となることを報告した。
「軍師の新設には反発があると思ったのですが、黄庁の吏司部も書司部もすんなり通って拍子抜けしました。青庁での審査と央司部での決議がまだ残っておりますが、既に決定したように宮中で伝えられております」
コン将軍がそう付け加えるとヨンは「私の耳にも既にそう届いている」と笑った。
「こういう噂は広がるのが早い。他の情報もこうであれば良いのにな」
ヨンがそう言うと、コン将軍も苦笑した。
「朝議で黄庁側の反応は他に無かったか?」
「特に怪しい動きをする者は見受けられませんでした。ただ、宰相のタオ様が目立った発言をなさらなかったのが意外に思いました。シンが将軍になってもならなくてもどちらでも良いような……決定打となる言葉を避けておられたのです」
ヨンは顎に手を添え、目を細めた。
「それは既にシンについて何か知っていたからなのか……違うな。将軍になると分かっていたからではないか?」
「あの場でシン本人が自ら辞退を申し入れたのですよ? それを将軍にしたのは私の考えであって……」
「だからそれだよ。お前の行動が見透かされてたんだ。それに玄試の時に将軍にすると口約束だがしていただろ? 遅かれ早かれ、シンを将軍にせねばお前の立場も危うくなっただろう。約束を反故にするのは軍人らしくない、と。実際、軍部内で今回の件はどう噂になってる?」
「軍部に留まらず、玄庁内でも意見は割れています。強さを基準に考える者達には受け入れられていますが、出自や資質に重きを置く者達も一定数おりますので、そういった者達からは反発が起こっています。特に彼らが問題視するのは仮面です。一度も公の場で外していないため、素性の憶測がいろいろと飛び交っていまして……」
「お前は素顔を知っているのだろう? 確か入庁の際に身体検査があったはずだ。唯一の基準が『健康な男』だからな」
「それなのですが……素顔を見ているのはヴォルドのみです。身体検査は問診のみで行っておりません」
「行っていない? どういうことだ?」
「私が玄試で将軍にすると発言したことが影響したようで、即将軍になると判断され、身上書の提出と問診だけで入庁となりました。そのことを私とヴォルドが知ったのは近衛部配属後です。故に将軍昇進時に改めて身体検査をと思っておりましたが、なぜかヴォルドが不要だと……」
言いかけてコン将軍は口を閉ざした。
ヴォルドは真の素顔を見ている。
そのことを話さねばならなくなった。
ヨンには素性をまだ明かさないつもりだったのだが、失言してしまった以上、報告せねばならない。
そう覚悟を決め、再度口を開きかけた瞬間。
「何か……起きたようです」
外の慌ただしい気配にアルがそう二人に報告した。
一方、コン将軍の執務室を退室したカイはスウォルと再度入れ替わるため、予め待ち合わせていた玄庁の一角にいた。
朝議の前。
当初は朝議の間の外から様子を伺うつもりでいたカイだったが、朱庁に商団として物資を届けに入った後、気が変わった。
玄庁は王宮の北に、朱庁は南に位置している。
朝議の間があるのは黄庁だが、黄庁は王宮の中央、ちょうど玄庁と朱庁に挟まれる形で位置している。
朱庁の官吏に金を持たせて言葉巧みに口説き、黄庁に現れたレンを朱庁へ呼んで貰い、レンの手引きでスウォルと玄庁の倉庫で落ち合った。
そこでスウォルと入れ替わって朝議に参加した。
また同じ場所で入れ替わる予定だったが、そこにスウォルどころかレンの姿もなかった。
コン将軍らとの話が長引いてこの場所に長く留まれなかったのか、もしくは何か突発的な出来事が起こったのか。
少し心配ではあったが、官吏でもないカイがこの場に留まって二人を待つのは危険だ。
それに仮面と甲冑姿は目立ち過ぎる。
故にカイは仕方なく甲冑だけを脱いで倉庫の奥に隠し、仮面はスウォルに会えればすぐに渡せるよう懐に忍ばせて倉庫を出た。
周囲を伺い、人目を避けつつ、スウォルの姿を探す。
が、警備の厳しい玄庁内で官服でないカイは目立った。
甲冑の下は平民の衣だった。
急遽入れ替わりを計画したため、官服までは用意できなかったのだ。
「そこで何してるっ」
倉庫を出て数分で見つかってしまったカイは「ちょっと道に迷いまして……朱庁はどちらでしたっけ?」と
そんな二人を見かけた兵が一人、また一人と増え、カイを囲んだ。
兵達の様子にカイは軽く溜息を吐き、観念した風にゆっくりと両手を上げた。
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