第12話 黄昏の雨

「将軍の地位とは何でしょう? 見た目や家柄で決めて良いものでしょうか? それよりもこの国の命を背負って戦う覚悟ではないでしょうか? この仮面の下に何があれば将軍として認めてくれるというのです? 先程のご説明に『前例のないこと』とありました。これまで通りの基準で将軍を選べない理由は何でしょう? 残念ながら皆様の望むものは仮面の下にありません。ただ醜い傷があるだけです。傷は武官にとって勲章だと仰る方もいますが、私にとっては忌むべきものでしかありません。日の光や風に触れると未だに痛みます。ただそれだけの理由でしかありません。貴族やまして王族との繋がりもなく、ただ己の腕一本で道を切り開きたい一心でここまで腕を磨いて来たというのに……仮面一つでこうも異端扱いを受けるとは。隠されたものを暴きたくなる心理は分からないでもありませんが、あなた方が隠されているものよりずっと取るに足りぬものにこうも興味を持って頂けて、光栄とでも思って頭を垂れれば、納得してくださいますか?」

 問いかけるシンにその場の誰も言葉を発せず、黙した。


 コン将軍は納得したように頷き、ヴォルド副将軍はシンの背中を見つめ、そしてタオ宰相は細い目で見定めるようにシンを見下ろした。


「勘違いするな。我々は仮面だからと騒いでおる訳ではない。確かに将軍の座を約束をしておきながら難癖をつけているように思えるのだろうな。素性も何も問わずに強ければ将軍とするのが玄庁の慣例だ。とはいえ、将軍の裁量で決めかねる者を軍議にかけ、こうして議論するのもまた将軍に与えられた権限でもある。歴代の将軍がそれをして来なかっただけで、ずうっと昔からある権限だ。将軍となるなら軍規も理解せねばならん。顔や家柄など我々も重視はしない。だが、強さだけで就いてもらっては困る。分かるな? 今ここはそなたが上に立つ者としての器か否かの議論の場だ。そなたが今すべきは自身の器を皆に示すことだけだ」

「ならば、将軍の座は辞退します」

 即答するシンに周囲は再び騒めいた。

「それは相応しいと示せないからか?」

「この場で示せるのは剣技くらいでしょう? 口頭で幾ら説明しても軍規を幾らそらんじようと誰も納得しないでしょう。あなた方も自身がその職の器であることを示せと言われて何を以って示すおつもりですか? 盗賊討伐の功を立てようとそれで評価頂けていないのですから、目に見えぬ器を測るものがこれ以上私には思いつきません」

 シンの言葉にタオはなるほど、と納得したように目を細めた。


「それなら仕方ない。辞退の申し出があった以上、こちらもこれ以上議論はできぬ。コン将軍、こういう結果で軍議を締めることになるが良いか?」

「お時間を頂き、ありがとうございました。職位についてはこれから軍部で慎重に決めたいと思います」

 そう一礼し、コン将軍はヴォルド副将軍以下、軍部の者と一緒に退室した。


 広間の扉が開いた瞬間、聞き耳を立てていた官吏らは蜘蛛の子を散らすように扉から少し離れ、頭を垂れながらもシンの様子を伺っていた。

 そして、軍部の一行が玄庁へと戻るのを見送ってから、「結局、仮面は将軍になったのか?」と中の声が聞こえていなかったようで噂し始めた。


「ヴォルドとシンはこのまま俺について来い。少し話をしよう」

 コン将軍はそう言って二人を伴って自室へ戻った。


「で、お前は誰だ? シンではないな?」

 鋭い眼光で睨まれ、シンは「やっぱバレましたか」と笑った。

「お前とほぼ接したことのない者は騙せても俺とヴォルドは騙せないぞ」

 コン将軍の言葉に「ですよねぇ」と笑って仮面を外す。

 そこにはカイの姿があった。


「背はそんなに変わらないし、仮面と甲冑で騙せるかなぁ、とちょびっとだけ思ったんですけど……やっぱりお二人は騙せないですよねぇ」

 道化を演じるカイに「本物はどこです? 何が目的で軍議に潜り込んだのです?」とヴォルド副将軍が剣を抜いて問う。

 が、カイは鋭い剣に動じることなく、「真意を探る為に入れ替わりました」と真顔で答えた。


「ヴォルド副将軍はシンの素性についてその目的も含めて全て本人から聞いたそうですね?」

 カイの言葉にコン将軍がヴォルド副将軍を見やった。

「コン将軍にも詳しくは語っていないが少し話をした、とシンから聞いています。シンを信頼していないにも関わらず、コン将軍は急に軍議を開いてシンを将軍にすると言い出し、ヴォルド副将軍もシンの素性を知った後、軍議を楽しみにしておけと仰ったとか。お二人がそんな状態でしたので、シンの代わりに私がお二人の真意を聞きに参りました。私は綾螺りょうら商団の頭領の息子、カイと申します。シンとは……商人と客の間柄です」

 やはりまだ仲間がいたか、と二人はそれぞれ心の中で納得して目を細めた。


「こちらの意図は明かしました。次はそちらの意図を明かして頂けますか?」

 カイに言われ、コン将軍が口を開きかけたのを制してヴォルド副将軍が先に口を開いた。

「意図を明かす前に一つ確認したいのですが」

「何でしょう?」

「偽物だと我々が気づく可能性が高いのに、我々がその罪を裁かないとは思わなかったのですか?」

「私は商人ですからね、人を見る目にはそれなりに自信がございます。可能性はゼロではありませんでしたが、限りなく低いと判断しました」

「死罪の可能性もあるのに随分と大胆ですね」

「私が扱う商品は物だけではありませんので。その辺の商売人より目や耳も良いのですよ」

 ニッと笑むカイになるほど、とヴォルド副将軍が頷くとコン将軍は「どういうことだ?」と説明を求めてヴォルド副将軍を見た。

「シンの裏にいる策士がこいつの正体って訳ですよ。自ら乗り込んで来るとはやりますね」

 感心するヴォルド副将軍にコン将軍もまた目の前の策士の大胆さに好感を持ち始めていた。


「ヴォルドに話したというシンの事情を私にも話して貰おうか」

「構いませんが、その前にそちらの意図をお話頂くのが先です」

「そうだな。俺はただシンの真意を知りたかっただけだ。将軍になるために来たなら将軍にしてやれば仲間が釣れると思った。レン以外にもいると思ったからな。読み通りお前が釣れた。将軍は譲るが副将軍として側で監視するつもりだったし、不穏な動きをすれば刺し違えてでも俺が殺す覚悟をしていた。俺はヴォルドほど頭は良くない。戦略なんかもよく分からん。単なる勘で動いてよくヴォルドに怒鳴られるが、俺は自分の勘を信じてる。お前が商人としての勘を信じているようにな」

 コン将軍の覚悟に触れ、カイはその気概に感服した。

「何か一人で抱え込んでると思えば……そういうことでしたか。私の意図はもっと単純です。信頼に値するか否か、それを推し量っていただけです。ま、仮面を外して真実を語った時点でそれなりに信用はしていましたが」

「え、仮面の下の顔を見たのか?」

 ヴォルド副将軍の言葉にカイより先にコン将軍が反応した。

「見ましたよ。素性より素顔に驚きました。コン将軍は知らない方が良いと思います」

「どういう意味だ? 俺の知っている者だったのか?」

 二人のやり取りにカイは思わず笑ってしまった。

「確かに話さない方が良いかもしれませんね」

 笑うカイにヴォルド副将軍は「秘密でお願いします」と無表情に言い、コン将軍は「だから何でだよっ」と子供のようにむくれた。


 女に負けたと分かれば今以上に騒ぎ立て、落ち込むとコン将軍を良く知るヴォルド副将軍は分かっていたからだ。

 それを察したカイもまた、シンが女であることとジンの娘であることを伏せるべきだと判断した。

 故にコン将軍にはスウォルがヴォルド副将軍に明かした話から女である部分を伏せて伝えた。


 神妙な面持ちで聞いていたコン将軍はカイの話を聞き終えると、「そういうことなら協力しよう」と即答した。

「即答して良いのですか?」

「怪しいところが多々あった故、その目的如何では殺す覚悟までしたが……初めから真っ直ぐで純粋な奴だとは思っていた。事情が分かったのだから信じて協力するのは当然だろ? それに間違ったことは嫌いだ」

 将軍に相応しい性格と判断にカイは安堵した。

 同時に玄庁に情報網が広がったことに思わず笑みが漏れそうになるのを堪える。

「コン将軍がそう判断するなら副将軍として私も付き従うのみです。では、シンはこれより将軍、コン将軍は副将軍ということで。シンも将軍となれば個室が与えられますので心配事が減るでしょう」

 ヴォルド副将軍は女である事情も汲み、早速手続きをして参ります、と部屋を出て行った。

「ところで、ヴォルド副将軍は職位はどうなるのでしょう?」

 カイがコン将軍に問うと、コン将軍も「あ」とそこまで考えていなかった、と頭を抱えた。

 その様子にどこかレンを思い出し、カイは急にコン将軍に親近感を抱いた。


「では、軍師というのはどうでしょう? 他国には戦略を立てる専門の職位があり、副将軍と同等の地位の場合もあります。職位の新設は黄庁で審議され、許可が下りれば可能だと聞いております」

「そうか。ならばヴォルドを軍師としてこれまで通り支えてもらおう」

 そう言ってコン将軍は子供のように目を輝かせた。

 早速行動に移そうと踏み出した足を「おっと」と何かを思い出したように止める。


「策士だってヴォルドは言ったが、シンに協力してるのか単に『駒』として利用してるのか……どっちだ?」

「『駒』のためにこんな危険を冒しませんよ」

 カイは「協力している」と明言はしなかった。

「他に仲間は何人いる? どんな人間だ?」

「私は商売人です。客は星の数ほどいます」

 またも明言しないカイにコン将軍は眉間に皺を寄せた。

 その表情にカイは補足するようにさらに続けた。

「ただ、自殺や事故に見せかけた偽装死は過去に私が知る限り二件ありました。そして、その殺されたと思しき者の子らがシンと同じように真相を探っております。彼らもまた私の客ですが、シンとは面識がございません。なので、シンに仲間は……あと一人、シンの元使用人だった男がいるだけです」

「元使用人って男は今はどこで何をしてる?」

「シンが玄庁に入るまでは二人で暮らしてましたが、今は一人で暮らしてるんじゃないでしょうか? 時々うちの商団を手伝ってくれますが、普段は何をして生計を立てているのか……そう言えば聞いておりませんね」

「シンの武術はその使用人が仕込んだのか? それともお前が誰か手配したのか?」

「……使用人が仕込んだようです」

 返答にやや間があった。

 シンの武術は並外れている。

 型に嵌った上品な貴族の剣でもゴロツキの粗野な剣でもない。

 人体を正確に把握し、的確に急所を狙い、無駄な動きがなく、とにかく効率が良い動きはまるで。

 想像しかけてコン将軍は止め、近い内にその使用人と会おうと密かに決意した。

「で、お前はシンや他の客に協力しながら同じ真相を追ってるって訳か。お前が真相を追う理由は? シンのような過去がある、とか?」

「私はただ王宮で何が起きているのか知りたいだけです。不穏な動き程、知っておいて損はありませんから。あとは……王宮内に私の顧客を作りたいと思っただけです。王宮外にはたくさんいますが、王宮内に顧客が皆無なもので」

 カイの説明は納得できるものだったが、カイが全てを語っているとは思えなかった。


「喰えない奴だ。ま、お前はともかく、シンに協力はしよう。仮面と鎧はシンに返して行け。着替える場が必要であればこの部屋を使っても良い」

「お心遣いありがとうございます。では、今後私に話がある場合はレンをお使いください。アレが連絡係を務めております。あと人事に関しては常にシンの側にいられるようご配慮頂けると助かります」

 そう言ってカイは深々と一礼して退室した。


 一人残されたコン将軍は室内をゆっくりと見回し、「片付けないとな」とぽつり呟いた。

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