第24話 復活
いつもの通学路を外れて、電車で余分に三駅。学校からそこそこ離れた、普段めったに来ないけれども知っている駅に、私は降り立った。背後で電車のドアが閉まり、さらに郊外の方へと発車する。
周りの人の流れに乗って改札へ向かうと、そのすぐ外側に見知った顔があった。
「あ、こっちです! みなとさん!」
私たちは改札を通過する。その際、ほまれの定期を拝借して、ほまれの分も代わりに支払う。
「ごめんなさい、急に呼び出してしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ! それよりもお兄ちゃんは……」
「見てのとおりよ……」
私は、自分の肩に寄りかかっているほまれを見る。
一見すると普通の様子だが、どこか間の抜けたような、力の入っていない表情をしている。当然、電車に乗っても直らなかった。むしろ電車で直ったら私のキスは電車以下だったっていうことになってスッキリしないという別の問題が発生する。もちろん、直ったら嬉しいことには嬉しいけれども、釈然としない気分になるだろう。
一応、事情はひととおりメッセージアプリでみやびちゃんには伝えてある。そのため、みやびちゃんは特に驚くことはなく、ほまれの顔をじーっと見つめる。
「お兄ちゃん、私だよ? みやびだよ? わかる?」
「Φυσικά」
「うー……何語だろう……。日本語でお願い」
「Of course」
「Hey, my brother? Do you understand me?」
「хорошо」
「うーんと……Ты говоришь по японски?」
「แน่นอน」
「わかんない……」
みやびちゃんは首を傾げる。
「私の言っていることはわかっているみたいですけど……。返す言語が完全にランダムになっているようですね。そのうち日本語を話しだすかもしれないですけど、それを待っていると時間がかかりすぎちゃうと思います」
「そうなのね」
それよりも、みやびちゃんがほまれの言っている言語を理解して、流暢な外国語で話しかけていたのがスゴいと思うのだけれど……。天才中学生は伊達じゃないわね。いったい何語だったのかしら……。
私たちはほまれを連れて歩き始める。駅から徒歩数分の住宅街、赤い屋根の住宅が立ち並ぶ中、一件だけポツンと青い屋根をしているのが、ほまれの家だった。
「さ、上がってください」
「お邪魔します」
ほまれの腕を肩にかけたまま靴を脱ぎ、家にお邪魔する。
前に訪ねたときも、家の雰囲気はこんな感じだった。
ほまれの靴を脱がせると、私とみやびちゃんの二人がかりで、ほまれを二階まで引き上げる。そのままみやびちゃんの部屋まで運び込んだ。
みやびちゃんの部屋にはたくさんの機械があった。机の上には勉強道具ではなく、六つのモニターが併設されているパソコンが設置してある。壁には用途不明の謎の機械が立てかけてあった。本当に女子中学生とは思えない部屋だ。
ほまれを部屋の真ん中に寝かせると、みやびちゃんはハンカチで額の汗を拭う。
「それじゃあ、ちょっとお兄ちゃんの体の検査をするので、申し訳ないんですけど、みなとさんはリビングで待っていてください。見られてはマズいものがこちらにもあるので……」
「わかったわ。お願いします」
「直ったらお呼びしますね。あ、テレビを見ていても大丈夫ですからね」
みやびちゃんにもいろいろと事情があるのだろう。それに、ほまれを直す、ということは……つまり、ほまれの体をどうにかして開いて、中の機械を直すということ……。
「あまり想像したくないわね……」
ほまれの体が機械だということは、わかっているつもりではあるけれど、いざその現場を見てしまうと、これまでどおりにほまれと接することができなくなってしまうかもしれない。そんな恐怖心が、私の中にあった。
私は階段を下りて、リビングに行くと、ソファーに座ってひたすら待機する。みやびちゃんはテレビを見ていてもいい、と言っていたが、そんな気には到底なれなかった。
待っていると、どこからかやってきた黒猫が、私の膝の上に乗ってきた。ほまれの家の飼い猫のあずさちゃんだ。確か、ほまれはこの子をナデナデできないのよね……。
そう思いながら私はあずさちゃんをナデナデする。あずさちゃんはゴロゴロと喉を鳴らして、私の上で気持ちよさそうに寝っ転がった。その様子に、少しだけ心が落ち着く。
「みなとさん!」
「今行くわ!」
どのくらい時間が経っただろうか。みやびちゃんの声がした。気がつくと、あずさちゃんもどこかに行っていた。私は階上へ急ぐ。
そして、彼女の部屋に入ると、みやびちゃんが私の方を見ていた。
「できたの⁉」
「はい。これで、たぶん、大丈夫なはずです」
そう言うと、みやびちゃんはほまれに目を落とす。
先ほどとは違い、ほまれは目を閉じて横たわっていた。電源を落としているのだろうか、ピクリとも動かない。
「それでは、起動しますね……」
みやびちゃんは傍らのパソコンを操作する。ほまれは、遠隔操作式で電源が入るのね。
はたして、ほまれは本当に直っているのか。私たち二人は、ほまれの一挙手一投足に注目する。
心臓がバクバクしているのを感じる。緊張で心が落ち着かない。
お願い……いつものほまれに戻って……。
祈るような気持ちで、ほまれを見つめること、数秒間。
ほまれの右手が震えた、ように見えた。そして……。
※
「……そして俺が起きたのか」
「そういうことよ」
なるほど、俺が気を失っている間、いろんなことが起きていたんだな……。
その間、状況をよくしようと頑張ってくれたのも、俺を家に運んできてくれたのも、みなとのおかげなんだな……。
「なんかいろいろとお世話になったな……。みなと、ありがとう」
「……どういたしまして」
「それに、みやびも直してくれてありがとう」
「どういたしまして」
しかし、俺が気を失っている間も、この体は活動していたんだな。わけのわからない外国語を話したり、外からの呼びかけに対して反応したり……。この体にはスゴい機能がついているようだ。もしかしてこれも、みやびが前に言っていた、『解放していない残りの九十五パーセントの機能』のうちの一つなのかな? いやいや、気絶していると俺が思っていた間にも、直った衝撃で忘れているだけで、実は俺に意識があって、その時に外国語をペラペラと話す才能が発揮されていたのかもしれないぞ⁉ ……まあ、それはないか。
すると、パソコンを片付けていたみやびが、少しニヤニヤしながらみなとに言う。
「それにしてもみなとさん、お兄ちゃんにけっこう大胆なことしてますね。おっぱい触ったりとか、キスしたりとか」
「んなっ……あ、あれは仕方なかったのよ! 状況が状況だから……!」
途端にみなとは顔を赤くして、ブンブンと腕を振って言い訳を始める。
そういえば俺、まったく覚えていないけど、みなとに胸を揉まれたんだよな……。これまで妹を含む女子からセクハラを受けてきたけど、みなとからはまだ一度も受けたことがなかった。
「みなとだけはやらないと信じていたのに……」
「ちょっ、あれは……仕方ないでしょ!」
モウ、オレ、ダレモシンジナイ。胸ガード機とかほしい。みやび、作ってくれ。
それと、さり気なくキスもされているんだったよな。確か、俺が気を失う前にもキスをしようと迫ってきていたが、まさか本当にするとは……。
俺は思わず唇を指でなぞる。もちろん、これだけでみなとが俺にキスした証拠がわかるはずもないが、この唇に知らぬ間にキスされたと思うと、嬉しいような、知らぬ間にやられてちょっと残念なような、複雑な心境になる。
それに、この体になってから初めてのキスだ。肉体的なファーストキスをこのような形で済まされてるのはなんだか納得がいかない。
みなとは、この行動で俺が何を考えているのかわかったようで、赤面して俯く。
「その……今、する?」
「……こ、今度にしよう、ほら、みやびもいるし」
「あ、私にはお構いなく~」
「できるか!」
やるんだったら、二人きりのところでやりたい。見世物じゃないんだぞ!
「ま、何がともあれ、直って本当によかったよ、お兄ちゃん」
「そうだな。ちなみに原因は何だったの?」
「えっとね、地球儀が当たった衝撃で、頭の中の配線が二本外れていたの」
マジか……。二本外れただけでこんなことになってしまうのか。恐ろしいな……。
すると、みなとがこちらを向いて頭を下げる。
「直接の原因は私だから……二人とも、迷惑をかけて本当にごめんなさい」
「みなとが謝ることじゃないよ……あれは仕方がない事故だから」
「そうですよ。不慮の事故です」
俺も、今度からは周りの環境にもっと注意を払うようにしよう。何が引き金になって今回みたいな事態になるかわからないからな。
「それに、この事故がきっかけで、お兄ちゃんの体の改善点がたくさん見つかったので、結果オーライですよ」
「そ、そうなんだ……」
まあ、改善点が見つかるのはいいことだ。どんどん改善されていけば、それだけ俺が快適に過ごせるようになる。
ともかく、今回の事件はこれで一件落着だ。俺はホッと一息をつく。
すると、そういえば、と唐突にみやびがみなとに尋ねる。
「ところで、今週の週末、みなとさんは予定空いてますか?」
「え……? 空いてはいるけど……」
「それなら好都合です。みなとさんにお願いがあったので」
みやびは笑顔のまま言った。
「みなとさん、お兄ちゃんとデートしてくれませんか?」
「「うぇ⁉」」
今ここで、新たな事件が発生した。
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