【短編】転生騎士とテレパス聖女様

佳奈星

第1話 聖女様からのテレパシーなのです!

 魔王を討伐した勇者一行……その内の一人である俺、騎士コーイチは騎士院の食堂にて一人で静かに夕食を摂っていた。


 他三名に省かれた訳じゃない。戦士のゴローは冒険者として遠征、聖女のミヤコは実家の屋敷でのんびりしている筈だ。

 そして、勇者のシンジはこの近くの宿舎で今頃好きな女達と遊んでいる頃だろう。


 別に寂しくない……俺はあくまで騎士であり、公爵家に仕える身だ。遊んでいる余裕などない。

 それに、前世とそこまで変わらないからな。


 というのも、俺とシンジは異世界から転生してきている。この世界には度々転生者が現れるらしく、その内の二人という訳だ。

 転生者の共通点は全員が日本人の高校生の内に事故死してしまった者であり、似た名前で生まれてくるという事以外わかっていない。


 勇者シンジ・ムカイは前世でもそのまま向井信二という名前で、かつて幼馴染として友人だった男だ。小学校の頃から席が近いお陰で、仲が良かった。

 友人だった……と過去形なのは、中学校の頃から信二が引きこもってしまったせいである。


 まさか事故になっていたなんて知らなかったが、今じゃ勇者として異世界を満喫しているんだから、幸せ者なんだろう……あいつがよく喧嘩していた姉は、悲しんだだろうか。

 俺はあいつが信二だと知っているが、信二は俺が友人だった幸一だと気付いていない……俺は平民上がりの所謂名誉騎士であり、姓がないのだから気付かなくても無理はないのだ。


 まあ俺が名誉騎士になれたのも運が良かったものだ……聖女ミヤコの実家であるシュミオン公爵家の領地内で、偶然幼かったミヤコを盗賊から守った事で、下賜されたものである。

 その点、俺も幸せ者なんだろうな……と、スープを飲みながら休めていると何処からか声が聞こえ始める。


「あーあー、あぁ~! きー! こー! えー! まー! すー! きゃー!? また失敗なのです?」


 咄嗟な声に俺はスプーンを置いて立ち上がり、椅子に置いてあった鉄剣を手に持った。

 まさか領地内に暗殺者が侵入したのかと考えた俺は警戒態勢に入ろうとする。

 周囲を見渡すと、少し離れた位置にいる若い騎士が数人だけ目に入るが、女性は一人も見えない。


「うわわぁ、心は繊細なのです! 警戒されたら、テレパシーが届かないのですぅ~……ってあれ? 心が見えるって事は、成功しているです!?」


 誰だ? どうやら俺の心に直接念話をしてきているようだが、ここはシュミオン公爵領……何者かわからないが、立ち去るがいい!


 そう念話している相手に言い返すと、途端に笑い声が脳内に響き渡る。


「ぷくくぅっ、コーイチさん心の中ですっごいカッコつけてる! ……って、ちょっ待つです! 私です! ミヤコなのです!」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 ミヤコと言えば勇者パーティーの聖女であり、我らが公爵家の令嬢しかいない。


 騎士技能【鷹の目】を使い屋敷の方へと目を向けると、そこにはバルコニーから手を振っている聖女ミヤコの姿があった。


「おおっと、コーイチさんが何かを喋ったところで、私には聞こえないのです。言いたい事は心の中でささやくです!」


 俺が口から声を出そうとすると、咄嗟にミヤコの声が飛んでくる。

 静かに鉄剣を椅子に置いて見渡すと、若手騎士達は俺の挙動不審に何も気付いていない様子だった事を確認出来た。


 良かった……騎士は五感の能力を引き上げる技能を持っている為、離れた若手騎士と言えども気が付かれてしまう可能性があるのだ。


 ミヤコと念話だんて気付かれたら大問題だ……というか、これは密談にあたるんじゃないか? いや待て、そもそも本当にミヤコなのか?

 俺は再度屋敷のバルコニーを見る。


「それにしても~、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔……さては私だって声でわからないのです? っもう、ダメダメですな~コーイチさん」


 中々煽られている気がするが、全く悔しいとかいう気持ちは湧かない……どころか、俺の表情を的確に当てられた軽口に、思わず頷いてしまいそうになるくらいだ。

 そう、だって……気付かないのも仕方ないだろう。

 いつも無口な聖女様がこんな可愛い声だなんて俺は知らなかったから。


「ヤダぁ~、私が可愛い声だなんて、コーイチさんたら口説いているです?」


 あっ、心の声丸聞こえなんだっけ……安心するのは良くないみたいだ。

 でも警戒し過ぎるのも良くないみたいだし、どの程度警戒すればいいのか、塩梅が難しいな。


「ううん、丸聞こえって訳じゃないです。コーイチさんが油断してくれているから、私も心を覗ける訳なのです……ってああっ! 警戒はやめるです! 見えなくなるですぅー!!」


 まあミヤコの反応で調整は容易だった。

 しかし、声もそうだが……こんな騒がしいお嬢様だったか?

 いつもはもっとクールな子だった気がするような……?


「ふふん、それはギャップ萌えって言ってほしいのです!」


 マジか……幻滅した。

 頑張ってクールを装いながらも本当は内気な性格で無口なんだと思ったら、イメージと真逆じゃないか!


「ひどっ……まっ、まあ仕方ないのです。本性を隠していたのはあの男がいたからなのですから、一緒に行動していたコーイチさんも知らなくて当然なのです。と言いますか、本性を晒すのはこれが初なのです」


 それは素直に凄いな。


「へへんっ、見たか~!」


 いや本当に……ミヤコの心の騒がしさが表に出てこないのは、凄いとしか言いようがない。


「……まっ、演技が得意なだけなのです」


 しゅんっと、皮肉を言われた事を誤魔化すように言い訳をする。

 中々良い性格をしているみたいだけど、何で隠していたんだろう。

 いい意味で言えば、賑やかな奴で済むのに……って、一応ミヤコは由緒あるシュミオン公爵家の令嬢だった。こんな腕白な内面は好まれないだろう。


 まあ性格面はさておき、この念話は冗談抜きに凄い……こんな魔法だろうか、聞いたことがない。


「それは当然! これは聖女魔法【ハートキャッチ】なのです」


 えっ、何その魔法名……怖い。

 本当は【ハートキャッチ(物理)】じゃないのか?


「そんな訳ないのです。あなたの心を掴んで離さない神聖な魔法なのです! 大体、聖女は暴力的な魔法を使える訳ないのです」


 何? 俺の心、今ミヤコが握っているの? 充分怖いじゃないか!

 まあ冗談は置いておいて、一概に聖女が物理魔法を使えないとは限らないと思うけど……まあこの世界ではそういうものなのかな。


「な~んで、疑うですか! 聖女舐めてるです?」


 まっさか~、騎士がそんな不遜な事考える訳ないじゃないですか。


「ならば良し、なのです」


 チョロいなぁ。


「……あれ、少し警戒心が上がったのです! どうかしたのです?」


 あっ、いや何でもない。

 それよりも、一体俺に何か用なのか? こんな密談みたいな……みたいなじゃなくて密談か。


「そうなのです! 緊急事態なのです! どれくらい緊急なのかと言いますと、明日台風がやってくるのです!」


 おお、それは大変だ……ってこの世界じゃ台風なんて概念ないだろうが!


 一応、転生者が多いので文献に名前だけは残されているが、物理法則が異なる世界なので、台風なんて発生しないのだ。

 ……って、そういやミヤコって母親が転生者だったんだっけ。

 だから転生者でもないのに元日本人っぽい名前を付けられたんだと聞いた覚えがある。

 その盗聴能力があれば母親の記憶を見たい放題だった訳か。


「まるで私が盗み聞き犯みたいな……ですが、流石名探偵コーイチさん! 正解なのです! 騎士なんてやめて、今すぐ探偵に転職するのです!」


 いやいや、探偵だなんて概念もないだろう。

 物知りなのを自慢したいのかわからないが、やたらテンションが高くてついていくのが大変だ。


「でも、今まさに私が必要としているのは、名探偵なのです! この領内に探偵騎士様はいらっしゃいませんか~?」


 色々混ざり過ぎだろ……なんだよ、探偵騎士って。

 この領内って……ミヤコの声が聞こえる人、俺以外にいるの? いるなら教えてほしい。

 という訳で、他の候補者が名乗りを上げる事を信じて俺はだんまりを決め込む事にした。


「いませんか~?」


 …………はぁ、はい。いますよ~。


「助けてくれませんか?」


 ……はい。何でございますか? 何でもお申し付けください。ミヤコお嬢様。

 不憫そうなミヤコの声に流されて、つい騎士としてミヤコに話しかけるように、返事を返してしまった。


「助けて騎士様! 婚約予定の勇者様の中身がキモオタだと知って絶望中なのです!」


 なんじゃそりゃ?

 勇者……ってシンジの事じゃないか。えっ、婚約するの? 俺、名誉騎士なのに初耳なんだけど。


 シンジの前世がそれなりにオタクなのは知っているが、とりあえず詳しい話を訊くとしよう。

 何故、探偵が必要なのか……そこから知る必要がある。


 気付けば俺の手は震えていた……騎士として守るべきお嬢様の恐怖が直接伝わってきたからだ。これは、魔王討伐よりもずっと緊張してしまうな。


 果たして、俺は生きてシュミオン公爵領に帰れるだろうか…………ここだったわ。

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